30 さよなら『深淵術式』
大ウサギが三羽、というよりも三頭。ウサギらしくジャンプしてアレシャへ飛びかかる。アレシャは先陣を切った一頭のパンチを、相手の力を利用して右へ受け流した。その先に待ち構えていたダレイオスがウサギの腹にボディーブローをかまし、巨体を宙に浮かせる。そこに次の二頭のウサギがダイブしてくるが、ダレイオスは浮かせたウサギを蹴り飛ばし、その内の一頭にぶつけて無力化させる。残りのもう一頭はアレシャに狙いを定めて腕を振りかぶっていた。
「うわっとぉ!」
その人の身ほどもある腕による一撃を、アレシャは姿勢を低くしてよける。そのまま地面に手をついて足を振り上げ、ウサギの顎を強く蹴り上げた。が、アレシャの蹴りではウサギの体重をどうにかできるわけもなく。強靱な肉体のウサギさんはアレシャ蹴りをものともせず、彼女のことをギロリと睨みつけた。
「……あれ?」
「お前の身体強化はまだまだだと言っただろう。のいてろ!」
ダレイオスの警告を受け、アレシャは素早くウサギから飛び退く。そこに入れ替わりでダレイオスが飛び込み、ウサギの頭を殴りたたき伏せた。ウサギは地面に頭からめり込むが、その背後からはまた別のウサギが殴り込みに来ていた。ダレイオスはすぐさま拳を構え直す。
「『紅蓮鳥』!燃えろぉ!」
ダレイオスか攻撃に転じる前に、彼の背後から燃えさかる鳥の軍勢がウサギへと飛びかかった。激突した鳥は爆裂してウサギの身体を轟々と炎上させる。この巨大ウサギは元々ぬいぐるみだ。故に、それはもうよく燃える。火はあっという間にウサギの身を焼き尽くした。
「お?意図せず効果テキメン?」
「いい攻撃だ、アレシャ!そのまま援護を頼む!」
「了解!」
大ウサギはまだまだ沢山残っている。ダレイオスは残りのウサギを殲滅しにかかる。ダレイオスは手に魔法陣を掲げ魔力を一気に流し込む。魔法陣は眩い黄金の輝きを放ち、ダレイオスはそれを自分の身体と同化させた。光の帯が彼の身体に巻き付いていき、自身の身体に力が湧き上がるのをダレイオスは感じる。
「究極の身体強化魔術『メギンギョルズ』!ふははは!この身体で殴り合うのも千九百年ぶりだ。思う存分やらせてもらうぞ!」
ダレイオスは拳を握り、ウサギの群れに正面から突っ込んでいった。ウサギたちもそれを迎え撃ち、ダレイオス一人へ四方から飛びかかって八つ裂きにせんとする。しかし、ダレイオスは微塵もひるみはしない。地面を踏みしめジャンプすると両手に一匹ずつウサギの耳を掴み、勢いよく振り回し始めた。それはさながら風車の如し。「ふははは!」と笑いながら楽しそうにぐるぐると回転するダレイオスによって、ウサギは次々と叩き飛ばされていった。しかし、ウサギさんの耳が自身の超重量と遠心力を受けきれるはずもなく、すぐに耳は千切れウサギは彼方へすっ飛んでいった。
「おっと、しまった。はしゃぎすぎたか」
ダレイオスが、ウサギが遥か向こうへ消えた方を眺めていると、彼の背後から別のウサギが跳びかかってきた。死角からの一撃に思えたが、ダレイオスは振り向きざまにラリアットをかます。圧倒的な破壊力のある一撃は打撃攻撃の域を超え、ウサギの身体を真っ二つにした。眼前でこんな光景を見せられれば、まともな生物ならば立ち向かおうとは思わないだろう。しかし、このウサギはまともではなかった。全く躊躇う様子も無く、次々とダレイオスへと飛びかかっていく。
「『紅蓮隼』!」
アレシャが放った一羽の隼が高速、いや光速で接近した。それは数羽のウサギの身体をまとめて貫き、消し炭へ変える。敵の数が減ったことでダレイオスも対処がしやすくなった。ウサギの頭を掴み別の一頭に投げつけ、その二頭をまとめて蹴り飛ばす。背後から迫るウサギの顔には肘をめり込ませ、頭上から飛びかかるウサギは耳を掴んで地面に叩きつけた。そして正面から突進するウサギへ右ストレートが華麗に叩き込まれる。その衝撃を余すことなく身に受けたウサギは粉微塵に吹き飛び、華麗にはじけ飛んだ。
ウサギたちはダレイオスのこの強さの前に単独で挑んでも無駄だと判断した。幾匹もの大ウサギがタイミングを合わせて同時に襲いかかる。
「ダレイオスさん、ちょっとのいて!『雷撃鷲』!」
少し離れたところでいつの間にか特大の魔法陣を展開していたアレシャの手から、大きく翼を広げた雷の大鷲が飛び立った。怪鳥はウサギたちと真っ向から衝突しようとする。が、のけとアレシャが言ったにも関わらずダレイオスはのかなかった。
「ちょっとダレイオスさん、のいてって!邪魔!」
「いい魔術だな。ちょっと借りるぞ、アレシャ!」
ダレイオスはガントレットをはめた右腕を振り上げ、アレシャの放った魔術へと手を伸ばした。危ないと思ったアレシャはつい目を瞑りそうになるも、そんなことは杞憂であった。ダレイオスの手に触れた瞬間、大鷲はガントレットに同化するようにして巨大な握り拳へと変貌したのだ。電撃弾ける巨大な右腕を、ダレイオスは大きく振りかぶる。
「戦神の大槌が全てを粉砕する!雷震圧殺、轟け『ミョルニル』!」
ウサギたちの頭上から振り下ろされた拳は、まさに神の鉄槌。迸る雷が巨大な光の柱を生みだし、巨大な赤い水しぶきを巻き上げた。アレシャはその一撃に呆然としつつも、黒煙の上る地面を見て目を見開く。そこには深く巨大なクレーターが形成されていたからだ。地形を変えるほどの一撃。紛れもない『魔王』の所行にアレシャは戦慄と興奮を覚えた。
「どうだ、驚いたか?昔ヘリオスと考案した合体攻撃というやつを、お前の術で試させて貰った。私が身体強化魔術『メギンギョルズ』を用いていたせいで、想定以上の威力が出てしまったようだがな」
「いや、凄いというか、何というか、もう何がなんだか……。もう、いいや」
アレシャは諦念のため息をついた。しかし、今の一撃で大方のウサギは倒しきった。一区切りつき、ダレイオスは軽く脱力する。
「ともかく、ナイスフォローだったぞ、アレシャ」
「それはどうも。ま、これでもAランク冒険者ですから?これくらいは?」
アレシャが得意げに無い胸を張る。しかし、すぐに二人の足元の赤い液体からいくつもの波紋が浮かび始め、そこから再びウサギのぬいぐるみがわき出してきた。そしてまたしても巨大化していく。やはり、サーラを何とかしない限り魔物は無限に生み出されるようだ。
「アレシャ、まだ行けるか」
「当然!」
ダレイオスが拳を握って足を踏み込み、アレシャは燃えさかる鳥を自分の周囲に浮かばせる。二人の姿を捉えたウサギたちは力強く吠え、駆け出そうと四つ足で立つ。二人もそれを迎え撃たんと構える。
その刹那、どこからか発せられた光の波動が地面を瞬く間に覆った。地を覆っている赤い液体は白く染まる。その白光を浴びたアレシャは、どこか自分の心が穏やかになっていくのを感じる。それはウサギたちも同じだったのか、ウサギはいつの間にか攻撃姿勢を解いてピコピコと耳を動かしていた。それで二人は何が起きたのか察する。
「ダレイオスさん、これって……!」
「ああ。どうやら、やってくれたようだな」
いつの間にか足元一面には白いサルビアの花畑が広がっていた。花々からはふわふわと光が散らばり、大ウサギたちの身体へ溶け込んでいく。するとウサギの身体からも光の粒が散り始め、彼らの身体も空へ溶けいくように消えていった。そこで緊張の糸が切れたアレシャは、大きく行きを吐いてその場に仰向けに寝っ転がった。既に赤い雨は上がっていた。
「疲れたか?」
「そりゃ勿論……。強くなった自信はあるけど、やっぱり戦いはびびっちゃうよね」
「そうか。だが実際、お前はよくやっていると思うぞ。私ほどではないがな」
「……最後の一言がいらないんだよなぁ」
アレシャが口をとがらせ、ダレイオスは楽しそうに笑った。すると、ダレイオスは誰かがこっちへ向かって歩いてきているのに気づいた。目をこらして見てみると、それは黒いエプロンドレスの女性、ライラだと分かった。彼女はヘルマンを背負い、眠っている少女をお姫様抱っこしていた。意外にパワフルなライラに驚きつつも、アレシャとダレイオスは彼女へ駆けよる。
「ライラさん!ヘルマンさん!大丈夫?」
「はい。ご心配おかけいたしました。ヘルマン様が全て上手くやってくださいました」
「そうか。さすが、元ムセイオン戦術魔術……なんだったか」
「元ムセイオン戦術魔術研究塔防御魔術第三研究室副室長だ」
ライラに負ぶわれたままヘルマンがそう答える。かなり弱っているようだが、意識ははっきりしていた。とりあえずヘルマンをその場に下ろし、ライラの抱える少女、サーラをそっと花畑に横たえる。
「で、サーラさんは大丈夫なの?眠ったままだけど……」
「ああ。もうサーラの心から恐怖はぬぐい去られたはずだ。俺たちへ降りかかる危機は去った。だが、肝心の『深淵術式』の反応はまだ残っているようだ。俺の術で封印の強度はかなり下げたはずだが」
ヘルマンはそう説明するも、話しているのも辛そうに荒い息をしていた。これから封印を解かなくてはならないが、ヘルマンの助力は受けられそうに無い。とりあえずダレイオスが魔術で水を生み出し、ヘルマンに飲ませる。人心地ついたヘルマンは礼を言い、ライラが自分の口を拭おうとするのを丁重に断ってからダレイオスへことわる。
「生憎と、今は魔力がすっからかんでな。まあ、休めば多少は回復するはずだ。悪いが少し待ってくれないか」
「まあ、ダレイオスさんもいるし大丈夫だよ。ゆっくり休んで」
アレシャがそう言ってヘルマンはその言葉に甘えて休もうとするが、ダレイオスがそこに口を挟んだ。
「休む前に一つ試させてくれ。少しやってみたいことがある」
ダレイオスはそう言ってアレシャの方へ、じっと視線を向ける。しかし、アレシャはダレイオスの視線の意味が分からず首をかしげた。ヘルマンとライラも同じく首をかしげる中、ダレイオスがアレシャの腕を掴みサーラの前へ連れて行った。
「アレシャ、サーラに手を触れてみてくれ。……そうだな、『封印解けろ!』とでも思いながらな」
「は?」
アレシャは「何を言っているんだこいつ」という顔でダレイオスを見つめる。人を小馬鹿にしたようなその表情に苛つきを覚えたダレイオスは、アレシャの手を掴んだままサーラに押し当てた。アレシャは相変わらず困惑しているが、別に減るもんでもないので言われた通りにしてみる。
すると次の瞬間、アレシャの髪がふわりと浮かび、僅かに青い光を帯びる。そして、サーラの全身に赤黒い膜のようなものが浮き上がった。禍々しい光を放つそれが『深淵術式』であるのだと彼らは察する。しかしそれを認識するが早いか、膜はどろりと溶け始め、やがて跡形もなく消え去ってしまった。そのほんの数秒の出来事に、ヘルマンとライラは目を丸くする。アレシャも信じられないものを見ている表情だ。ただダレイオスは一人、腕を組んで頷いている。全員が説明を求める視線をダレイオスへ送り、彼はそれに応え話し始めた。
「私は、私の魂の封印を解いた人物は誰なのかずっと考えていた。封印を解いて私の魂をアレシャの身に宿らせた人間をな。当時、アレシャは魔術を使えなかった。だから私は、私のガントレットが保管されていたムセイオンの研究室の扉の封印、ガントレットに封じられていた私の魂、あとついでに私が戦ったあの黒い大蛇にかかっていた封印。それらを解き放ったのは別の第三者だと考えていたんだ。が、考えても考えてもアレシャ以外に封印を解く機会があった人物がいない。だったらやっぱりアレシャが封印を解いたんだ、そう思ったわけだ」
ダレイオスは一気にそう話す。しかし、アレシャとヘルマンの顔から疑問は全く消えていない。
「……いや、ごめん。やっぱりワケ分かんないや」
「悪いが、俺もだ。俺が初めて自分の目的を話したとき、アレシャは『自分には封印を解けない』とはっきり否定したはずだが」
「だろうな。アレシャは知らないんだろう。無意識に発動してしまう類いの能力、というところか」
アレシャはその言葉で更に首を捻る。もはやねじ切れるのでは無いかという程に首を捻っていた。しかし、ヘルマンはその話を冷静に吟味していた。
「無意識下で発動する能力、か。あり得ない話では無いか」
「え、ええ?いや、でもわたしはあの黒い大蛇なんて、見ても触ってもいないよ?」
「アレシャが無意識の力で扉の封印を解いたとき、近くの研究室に居た大蛇がその影響を受けたのだろう。もしかしたら、そのとき私の魂の封印も解けたのかもしれんな」
アレシャの反論にもダレイオスがするりと答えた。そもそも、アレシャは現に『深淵術式』を解いているのだから、アレシャにその類いの力があるというのは疑いようがないことだ。アレシャは、何故そんな力が自分にあるのかとか色々と聞きたいことあり、まだ納得がいっていないようだったがそれ以上何も言わなかった。それはきっとダレイオスも分かっていないだろうからだ。この間、ライラは訳が分からず黙って笑顔を浮かべ続けていたが、
「ううん……」
僅かに聞こえたその声に彼女は凄まじい速度で反応した。サルビアの花畑で眠っていたサーラが声を漏らしたのだ。ライラはサーラの元へばたばたと駆けよる。
「サーラ様!サーラ様が、お、お、お、お目覚めに!」
「落ち着け、ライラ。まだ眠っている。といっても本当にただ睡眠しているだけだがな。直にこのサーラも、現実のサーラも目を覚ますだろう」
ヘルマンの言葉でライラは心から安心したらしく、大きく息を吐き出した。三人は彼女の様子に思わず笑みをこぼす。その時、空から何かがヒラリと降ってきたのにアレシャは気づいた。アレシャは思わずそれを手に取る。
「……これって、花びら?」
「赤い花びら……サルビアだな」
彼らが空を見上げると、空から沢山のサルビアの花弁が舞い落ちていた。アレシャはぼんやりとそれを眺めていたが、それらはただ落ちているだけではないことに気づく。花びらはいくつかの場所にどんどんと集まっていっていたのだ。その花びらは一枚一枚組み合わさっていき、建物の壁のようなものを形作っていく。それらが何を作ろうとしているのか、ヘルマンはすぐに悟った。この壁は彼らの大切な思い出、ダミアンの屋敷の壁だ。他の花びらも同様にサーラの思い出を作り出していっていた。サーラの大切な思い出が蘇る。サーラの精神世界が、少しずつ元の形を取り戻していっているのだ。
「これなら、もう本当に心配いらなさそうだな。……俺たちも帰ろうか」
ヘルマンはそう言ってダリラから受け取った紙を取り出した。しかし、魔力切れのせいで信号が送れないのでダレイオスに手渡して代わりにやってもらう。ダレイオスが聞いていた通り魔力を流し込むと、そこから発せられた光が天へと真っ直ぐに上っていった。するとすぐにアレシャたちの身体はふわりと浮き上がり、そのまま空へ吸い込まれていくような感覚を得る。
アレシャは最後に、花畑の中で幸せそうな顔で眠るサーラにちらりと視線を向けてから、手の中にあるサルビアの花びらを眺める。サルビアの花言葉は何だっただろうか。そんなことを思いながら、彼女は空へと消えていった。




