28 襲い来るウサギ
大ウサギは後ろ足で立ち上がり、ダレイオスに向けて前足を振り上げた。ダレイオスはそれへ向けて正面から拳を打ち抜く。ウサギの攻撃は魔物のランクでいうならばAランクオーバーの破壊力があった。しかしダレイオスの一撃はそれを上回り、鈍い音とともに大ウサギの前足は吹き飛んでいった。
「ふぅ、この程度なら厄介ではあるが問題ではないな」
「お、おおう。さすが……」
小さく拍手するアレシャにダレイオスは親指を立ててみせる。大ウサギは血か例の赤い液体か分からぬものをまき散らしながら藻掻き苦しむが、なおもダレイオスへ敵意を向け続ける。ダレイオスもそれに受けて立とうとするが、そのとき大ウサギの周囲の水面に幾つもの波紋が広がり始めた。そしてそこから次々とウサギのぬいぐるみが浮かんでいく。
マズい、そう思うまでもなく、ぬいぐるみたちは次々と巨大化していき、皆巨大ウサギへと変貌した。あっという間に大量生産された大ウサギに、ダレイオスもさすがに絶句してしまう。
「ちょ、ちょっと、この数はヤバいって!」
「本当にやりたい放題だな。さっさと根源を叩かないとキリがなさそうだ!」
ヘルマンは右腕の袖をまくって更に強い白光を纏わせると、右手は形を変え大きな剣を模した。それに合わせてアレシャも両手に魔法陣を展開させる。
ライラも戦いの意志を見せるが、一体どういった戦法をとるのかアレシャは気になった。ライラへちらりと視線を移すと、彼女は自分のロングスカートの中へ手を入れ、そこから何か長いものを引きずり出す。ジャラリと音をたてて地面に落ちたそれは、金属で作られた長い鎖であった。先端には銛のように返しがついた金属器が取り付けてある。これまで見たことのない得物にアレシャは驚くが、今はそれよりも大ウサギ軍団を何とかしなければならない。
先制、ヘルマンが踏み込み自分の正面で吠える大ウサギへ飛びかかった。ウサギは極太の腕を薙ぐが、ヘルマンの剣はそれをはじいて切り飛ばす。しかしそのとき、
『やめて、来ないでください!痛い……。痛いよ……!』
少女の苦しむ声が彼らの頭に響いた。先ほど聞いた、幼いサーラの声だ。ヘルマンはそれを耳にすると咄嗟に動きが止まってしまう。その一瞬の隙を狙い、もう一羽の大ウサギが飛び込んできた。
「ヘルマン様!危ない!」
ライラがウサギへ向けて鎖を投擲し、正確に大ウサギの首へ突き刺した。そのまま大ウサギのぐらついた頭に鎖を巻き付け、引きちぎる。その間にアレシャがヘルマンのフォローに入り、続いて飛び込んできた別の大ウサギを炎の魔術の連射で燃やし尽くした。
『やめて、やめてください!何で、ひどいことするのですか?やめてください!』
再び彼らの頭にサーラの声が届く。それで彼らは気づいた。サーラの声はウサギへ攻撃を仕掛けたときに聞こえている。サーラの声は、ダレイオスたちが大ウサギへ手をだすことを拒んでいるのだ。なら一先ず考える時間が欲しいと思ったダレイオスは、両手で魔法陣を展開すると魔力を一気に流し込む。
「じっとしていろ!『アルブスメルム』!」
魔術で多量に放出された極低温の冷気によって大ウサギ軍団は身体の半分を凍らされ、身動きがとれなくなる。短い間ではあるが時間稼ぎだ。ダレイオスは油汗を浮かべているヘルマンへ話しかける。
「ヘルマン。精神世界について私より知っているお前に聞いておきたいんだが、この声はサーラのものに間違いないのか」
「……ああ。これはサーラの拒絶の声だ。だがこの声はおそらく、俺たちへ向けられたものではない」
ヘルマンの言葉にアレシャたちは首をかしげる。大ウサギへ攻撃することで拒絶の言葉を発しているというのに、どういうことなのか。そう疑問を口にする前にヘルマンが手早く説明を加える。
「この声はサーラが襲われたとき、その襲撃者へ向けて発せられたものだと思う。『深淵術式』によって、サーラの魂の時間はその恐怖の瞬間で止まっているんだ。このウサギたちも、サーラのその恐怖へ対する拒絶を表しているんだろう。」
「え、えっと、それってつまり、このウサギたちってもしかしてサーラさんが作り出しているってこと!?」
ヘルマンの説明を頭で整理したアレシャが驚きを見せる。しかし、ダレイオスはそれを踏まえて思い返してみると納得できるところがあった。このウサギたちは全て赤い液体から生み出されている。しかし、その赤い液体がサーラの身体から流れ出ていたのは先ほど確認した。ならこの化け物をサーラが生み出しているというのは当然帰結する答えだ。
もしかするとこの大量の赤い液体は膨大なサーラの魔力を表しているのかもしれない、ともダレイオスは口にする。これまで魔力感知が上手く働かなかったのは、足元に魔力が溢れていたからだと考えれば辻褄が合う、とアレシャも同意していた。
「『深淵術式』の影響によってその恐怖と拒絶が暴走しているのだろう。私たちを襲ってきているのもそれが理由と考えられる。だから、サーラが私たちを襲ってきているというのには私も同意だ」
もしかするとこの大量の赤い液体は膨大なサーラの魔力を表しているのかもしれない、ともダレイオスは口にする。これまで魔力感知が上手く働かなかったのは、足元に魔力が溢れていたからだと考えれば辻褄が合う、とアレシャも同意していた。
「なら、どうやってサーラ様をお助けするのですか?サーラ様が私たちを拒絶しているというのに……」
ライラが不安を顔に浮かべながらヘルマンとダレイオスの顔を交互に見やる。誰かその答えを教えてくれと懇願するような眼差しだ。二人はその回答を探して考え込むが、そこに獣の咆哮が聞こえた。大ウサギたちがついに氷を砕いてしまったのだ。
「ウサギ!ウサギが来るよ!」
「ええ、見えています!」
アレシャが焦り魔法陣を展開する横でライラが鎖を放ち、大ウサギの一匹の額へ突き刺した。そしてその鎖を勢いよく引くと、大ウサギは空中へ投げ出される。すると、そのウサギをめがけて他のウサギが飛び込んできた。いや、それをめがけてというワケではなく、他のウサギが来る場所をあらかじめ知っていてライラがウサギを投げ飛ばしたようにアレシャには見えた。それは未来を予見できでもしなければ成せない芸当である。その真相が気になるところだが、アレシャは目の前のウサギへ集中する。ライラによって飛びかかってきたウサギの何羽かははね飛ばされたが、間髪入れず次が襲いかかってくる。
「とにかく今は時間稼ぎ……!『零凍鳥』!」
アレシャが両手に開いた魔法陣から冷気を纏った鳥が幾羽も生み出され、ウサギへの群れへと殺到する。鳥たちはウサギの豪腕によってうち捨てられるが、彼らの身体は鳥が触れた場所からみるみる凍結していっていた。一部分だけであるが自由がきかなくなり、ウサギは地面へと伏せていくが、それでも敵の数はまだまだ多い。むしろ、最初よりも増えているようだ。アレシャとライラは苦悶の表情を浮かべるが、そこにお呼びがかかる。
「二人とも、来てくれ。話がまとまった」
「待ってました!」
アレシャはジリジリと近づいてくるウサギたちに牽制の魔術を一発放つと、ダレイオスの元へと駆けよる。切迫した状況。ダレイオスは手早く話し始める。
「私たちを襲ってくるものはサーラの恐怖心から生み出されているものだ。それはいいな?」
「うん」
「だったら、その恐怖心を取り除いてやることができれば、危機は去る。今から、それを目的とする」
凶悪な魔物の集団に襲われている今の状況では、『深淵術式』の解除どころでは無い。だからまずはその危険を取り除いてしまおう、というわけだ。そこに口を挟むところはないが、ライラは一つ当然の疑問を持つ。
「では、サーラ様の恐怖心を取り除くのはどのように……?何か策がお有りということでしょうか」
「ああ、俺に考えがある。サーラの心へ訴えかけるための手がな」
ヘルマンが自信を持ってそう答えた。ダレイオスもそれに頷く。どうやら『魔王』お墨付きの策らしい。サーラは苦しみながらもヘルマンの名を呼んでいた。そんなサーラの恐怖心を払えるのはヘルマン以外にはいるまい。ライラとアレシャもヘルマンを信頼し、任せることにした。
「となると、役割分担だが——」
「危ない、ダレイオス様!」
ライラが叫んだ。しかし、ライラに言われるまでもない。ダレイオスは背後を振り向きもせず、裏拳で飛びかかってきたウサギの頭を叩き砕いた。そしてもう一方の手に魔法陣を展開する。
「『クララアルマ』!」
ダレイオスの声と共に現れた数多の光の剣は、ウサギの四肢を両断していった。だが、ウサギはそれでも執念の眼差しを絶やさず、ダレイオスへ食らいかかる。
「『烈風鳥』!」
そこに一陣の風が吹く。それは破壊的な衝撃波を生み出し、ウサギたちの頭を次々と潰していった。ウサギたちはその連撃にひるみ、攻めに二の足を踏んだ。息の合った連携に、アレシャとダレイオスは互いのこぶしを付き合わせる。
「こいつらの相手は私とアレシャが請け負った。お前ら二人はさっさとサーラを救ってくるといい」
「頼んだよ、ヘルマンさん!」
アレシャが微笑み、景気づけるようにヘルマンの背中をバチンと叩く。ライラは二人で大丈夫なのかという不安を浮かべていたが、ヘルマンにはそんな思いは皆無であった。
「よろしく頼んだ、団長殿!」
「「おう!」」
ヘルマンは戸惑うライラを連れて走り出し、戦線を離脱した。獲物が逃げるのを良しとしなかったウサギたちが四つ足で駆け出す。だが、そこへアレシャとダレイオスが立ちふさがった。アレシャの蹴りがウサギの足を払い、巨体が中に浮かび上がったところへダレイオスの拳がめり込む。その一撃をモロにくらったウサギはゴロゴロと地面を転がり、ぴくりとも動かなくなった。
「まさか、こんな風に共闘する機会が訪れるとはな。だが不思議だ。初めてという気がまるでしない」
「わたしもだよ。ま、伊達にずっと一緒に過ごしてきたわけじゃないもんね」
足下の赤い液体からは、未だ次々とウサギが生み出されていっている。きっと、無限に生み出され続けるのだろう。つまり、この戦いに勝ちは存在しない。ヘルマンたちがなんとかしてくれない限りは。だが、その可能性を疑う気は二人には毛頭無かった。仲間がなんとかしてくれるまでのほんの少しの間、戦えば良いのだ。二人はさも当然であるようにそう考えていた。ただ目の前の魔物の群れへ意識を注ぎ、掲げた魔法陣に惜しみなく魔力を流し込む。




