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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
116/227

27 浸食

「じゃあ、とりあえず入ってみる?」

「ああ。行くぞ」


 ヘルマンが門に手をかけ、ゆっくりと押す。押すが、開かない。どうやら門には結界か封印の類いがしかけられているようだ。


「今までこういった妨害がなかっただけに、益々確証が持てるな。……さっさと開けるか」


 ヘルマンが右の手袋をとる。現れた白く光るその手で再び門を握ると、門は音を立てて何の抵抗もなく開いた。ヘルマンは三人へ親指を立ててみせ、屋敷の敷地内へと足を踏み入れる。門の外と同じように庭園内も赤い液体に浸っていたが、それを気にすることもなく青々と茂る庭木が底気味悪い。一行は庭園を突っ切り、屋敷の入り口へと向かう。そんな中ヘルマンの視界に、庭園の一画を占める花壇が映り込んだ。そこには、濃い鮮やかな赤い花弁の花が燃えるように咲き誇っている。


「あの花、なんて花だったか。サーラが気に入って植えていたな………」

「あの花は確かサルビアですね。サーラ様のお気に入りなのでしたら、お目覚めらになられたら植えて差し上げましょうか。お喜びになるとよいのですが」

「そうだな、きっと喜ぶ」


 ライラの提案にヘルマンは笑顔で答える。そういえば、今の現実の庭園にサルビアの赤い花弁は見えなかったと彼は思い出した。サーラが眠りについてから植えることはなくなったのだろう。ヘルマンも密かにこの赤い花が気に入っていた。帰ったら必ず植えようと心に決める。そんな小さな目的ができたところで、ついに彼らは屋敷の目の前までやってきた。その窓という窓から血のような赤い液体が流れ出る光景はかなりグロテスクである。それと同じように下から赤い液体が染み出す正面入り口の扉、そのノブをダレイオスが握った。


「とにかく屋敷を探索だ。『深淵術式』の根源を探る。この屋敷が現実のものと全く同じであるなら、サーラの部屋が一番怪しいと思うんだが、どう思う?」

「俺もそれに同意だ。屋敷は広い。可能性のある場所からあたるべきだ」

「そうだね。それがいいと思う」

「私も、えっと、ダレイオス様のご意見に賛成です」


 ダレイオスは全員の賛成を聞き届けてから扉を開いた。そこに広がるは当然見覚えるのある玄関ホールだ。四人は記憶の通りの道を辿り、サーラの部屋へ向かう。とは言ってもアレシャとダレイオスは屋敷の構造を未だ把握できていないので、ヘルマンとライラに黙ってついていった。内装も何もかも現実と同じ。違うのは浸水した赤い液体だけ。ザバザバと長い廊下を歩く中、アレシャが一つのことに気づいた。


「この液体、わたしたちが進んでいる先から流れてきてるよ。これの発生源も、もしかしたらサーラさんの部屋なのかも……」

「大いにあり得る可能性だな。ここが精神世界である以上、この赤い液体にも何かしらの意味があるのだと思う。もしこれがアレシャの言う通りサーラの部屋から流れているのだとすれば、そこへ行けば何か分かるはずだ」


 ヘルマンがそう答え廊下の角を曲がる。真っ直ぐに伸びる道を行くと、突き当たりに一つのドアを見つけた。それが探していたサーラの部屋だ。その部屋のドアは僅かに開いていたが、そこから確かに赤い液体が流れ出ているのが見える。どうやらアレシャの考えは正しかったらしい。

 先頭を行くヘルマンが振り返り後方へ視線を送ると三人は頷きを返し、神経を張り詰めながらそこへ歩みを進める。そして、ヘルマンはそのドアをゆっくりと押し開いた。部屋の中をのぞき込んだ彼らの目にその姿が飛び込む。


「サーラ!」

「サーラ様!」


 ヘルマンとライラが叫んだ。部屋の中に立っていたのは長い髪の可愛らしい少女。アレシャが知っているよりもかなり幼いが、面影の残るこの少女は間違いなくサーラであった。しかし、その身は例の赤い液体によって形成された球体の中に閉じ込められていた。いや、少し違う。この赤い液体はサーラの身体から止めどなく湧き出していたのだ。


「これはどういうことだ、なぜサーラから……」

「わ、分からないけど、とにかく助けるべきだよ!」

「ああ、そうだな」


 ヘルマンは頷き、サーラへ駆けよって球体の中へその手を突っ込んだ。しかしその瞬間、何か強い反発する力によってヘルマンの手は弾き出されてしまった。ヘルマンは舌打ちし、サーラへと呼びかける。


「おい、サーラ!聞こえるか!俺だ、ヘルマン兄様だ!助けに来たぞ、目を覚ますんだ!」


 必死に叫ぶ。しかし球体の中でサーラは虚ろな目のまま、ただ虚空を見つめていた。ヘルマンの声など、その耳にはまるで届いていない。ライラも同じようにヘルマンの横で呼びかけるが、やはり効果はない。二人は更に声を張り上げる。


「おい、落ち着け。私たちはそんな力任せな方策をとるためにここへ来たんじゃないだろう」

「そうだよ、一旦冷静に!」


 ダレイオスとアレシャは、サーラにしがみつくヘルマンとライラをひっぺがした。それで少しばかり冷静になったヘルマンは「すまない」と謝罪する。ライラは冷静では無かったのでアレシャが羽交い締めにしておく。大きく深呼吸してから、ヘルマンはダレイオスへ一つ提案した。


「ダレイオス、とにかく一度やってみよう。この赤い液体こそ禁術なのだとしたら……」

「ああ。試してみる価値はあるな」


 ダレイオスの返答を聞き、ヘルマンは白い右手に魔力を流し込むと、彼の右腕は眩い光を纏った。ダレイオスは右手に魔法陣を展開する。そこからは白い閃光が放たれた。それぞれ、二人が生み出した対禁術用の魔術だ。別の禁術、『冥界術式』には効果てきめんなのだが、『深淵術式』に通用するかどうかは分からない。だが、ダレイオスの言う通り試してみる価値はある。二人は魔力の籠もった手でサーラを包む球体へ触れた。先ほどヘルマンが手を突っ込んだときと同じように激しく抗う力が巻き起こる。しかし、二人の発する白い輝きはそれに真っ向から刃向かっていた。両者の力は拮抗し、紅白の閃光が部屋中に反射する。アレシャとライラは固唾を飲んでそれを見守る。そして何かが弾け飛ぶような甲高い音が鳴り響いた。


「うおっ!」

「っと、大丈夫かヘルマン」


 衝撃ではじき飛ばされたヘルマンをダレイオスが片手で受け止め、ヘルマンは礼を言って立ち上がる。アレシャとライラも二人の元へ駆けより、四人はサーラの立っていた場所へと視線を向けた。サーラは変わらずそこに立ちすくんでいたが、彼女を包んでいた赤い液体は綺麗さっぱり消し飛んでいた。


「サーラ!」

「お兄様……?」


 ヘルマンが呼びかけると、サーラは未だ虚ろな目でヘルマンのことを見つめていた。ヘルマンは慌てて妹へ駆けより、大望へ向けて必死に手を伸ばす。


「ヘルマン様!お待ち下さい!」


 突如ライラが叫んだ。その声によってヘルマンの足が一瞬だけ止まる。刹那、サーラから強烈な衝撃波が発された。ヘルマンは咄嗟に身体を庇うも吹っ飛ばされてしまい、ダレイオスがヘルマンを再び受け止める。


「くそ、何が……。サーラ……!」


 ヘルマンが呻きサーラを見やると、彼女の身体からはまたしても赤い液体が溢れ出し、彼女の周囲で激しく渦巻き始めていた。サーラは頭を抱えると苦しそうに呻き始め、その場に蹲ってしまう。


「うぅ、うう……!」

「サーラ、大丈夫か!」

「いや……来ないで!」


 ヘルマンが心配の言葉を投げるが、サーラは拒絶し絶叫する。その声が形を成すように、逆巻く赤い液体は更に勢いを増していく。そのとき、アレシャたちの頭に激痛が走った。まるで万力で頭を挟まれているかのような、頭を割り潰そうとするような痛みに耐えきれず彼らは膝をつく。苦痛で視界が歪んでいく。


「く、そ、サー、ラ……!」

『君がサーラだな。素晴らしい力を持っていると聞いた。どうだ、私に預けてみないか?』

「いや、やめて……!」


 聞き覚えの無い、性別も判別できない声がアレシャたちの頭に響く。サーラの悲鳴が耳にこだまする中、ダレイオスは痛みを堪え立ち上がった。


『素晴らしい、本当に傷一つ付かないのか!聞いたとおり伝承の魔物と同じだ。これで私は更なる力を得られる……』

「やめて、怖い、怖いよ……」


 ダレイオスに次ぎ、他の三人も何とか立ち上がる。形を変え続ける部屋に猛烈な吐き気を催すが、何とか堪える。脳内に直接響くようなサーラの声は、どうやらこの何者かの声に対して発しているものであるらしい。


「この会話は、まさか、サーラが襲われたときの記憶、か……?」

『何だ、何を泣いている。痛みは無いはずだろう?目障りだ。私を余り苛つかせるな』

「助けて、怖い、助けて、お、お兄様……。ヘルマンお兄様!お兄様あああああ!」

「サーラ!」


 ヘルマンが声を張り上げる。歯を食いしばり、助けを求める妹へ向けて苦悶の表情を浮かべる。

 なおも頭痛が病まぬ中、ダレイオスは気がついた。ずっと頭痛のせいで部屋の景色が歪んでいるのだと思っていた。しかし、違った。部屋は実際にぐにゃぐにゃと曲がりながら形を変えていっていたのだ。それから部屋は更に大きく変形していき、ついに部屋としての姿を失ってしまった。部屋の天井、壁がどろどろに溶け、固体から液体へと変容する。暗く赤い液体に。アレシャは周囲を見回しながら困惑する。


「な、何、何が起きてるの?」

「分からん。だが、どうやらこの部屋、というよりもこの屋敷があの赤い液体でできていたようだ」

「いや、そんなはずはない。この屋敷は精神世界の核のはずだ。明らかにイレギュラーな存在である赤い液体が核を構成しているなど——」


 ヘルマンがそう口にしたとき、彼は自分でその言葉の意味に気づいた。サーラの精神世界は『深淵術式』の影響を受けている、なんてレベルではなかったのだ。すでにサーラの精神世界は『深淵術式』に浸食されきっていた。この世界全てが、ダレイオスたちが取り除かなければならない禁術そのものであるのだ。

 屋敷を構成していた赤い液体はどろどろと流れ出し、頭を抑え絶叫するサーラへと集約していく。そしてそれは先ほどと同じような球体を生み出し、サーラをその中へ閉じ込めてしまった。球体はそのまま地面に飲み込まれるように引きずり込まれる。ヘルマンは再び手を伸ばす。


「サーラ、おい!目を覚ませ!……くそっ!」


 サーラに再び手が届かなくなってしまい、ヘルマンは歯がみする。しかし、サーラが球体に飲み込まれたときにダレイオスたちの頭痛は自然と治まっていた。彼らは荒い息をしながらも体勢を持ち直す。


「はぁ、はぁ……。みんな、大丈夫?」

「はい、何とか……。ですが今はそれよりもサーラ様です」


 ライラはアレシャに返事をしてから両目を見開き、赤い液体と化しグニャグニャと変容を続ける周囲を観察する。その右目は先ほどと同じ『ナザル』特有の水晶の目。しかし左の眼球はそれとはまた違い、黒く変容しているのにアレシャは気づいた。その目が何なのかアレシャは気になるが、今は正確な状況把握が優先だ。アレシャはヘルマンに何が起きているのかを尋ねると、彼は先ほど気づいたこの世界についての推測を話した。それを聞いたアレシャは表情に焦りを浮かべる。


「そ、それって、どうすればいいの?もう封印を解くとかいうスケールの話じゃないじゃん!」

「そうだな。だが、一度請け負った頼みを投げ出すつもりはない」


 ダレイオスが冷静に答える。彼の態度でアレシャも平静を取り戻し、ダレイオスの言葉へ同意を返した。

 その間も周囲の景色はどろどろと溶け続けていく。そしてついに部屋だけではなく屋敷全てが溶けてなくなってしまい、彼らは庭園のど真ん中に立ち尽くす。だが、その庭園の様子も先ほどは変わっていた。青々と茂っていた庭木も、立派な噴水も、すべて同様に赤く液状化し始めていた。


「やっぱりヘルマンさんの言う通りみたいだね。全部消えて行ってる……うわっ」


 そのときアレシャは自分の顔に何か冷たいものが当たったのを感じた。思わず空を見上げると、ぽつぽつと降り始めたそれは、雨だった。上空に浮かぶ可愛らしい雲。今やそれすらも真っ赤に染まり紅の雨を降らせていた。


「あれ、建物が……消えていきます……」


 ライラの呟きで彼らは周囲を見回す。気づけば、ここにくるまでに見てきた数々の建造物も全て溶けて消滅していた。彼らの視界から形あるものは消え失せ、どこまでも広がる赤い液体の湖だけが残された。四人はその中に立ちつくす。嫌な予感がする。それぞれが警戒体勢をとり、何が起きるのかと待ち構える。

 そしてライラが何かにぴくりと反応した。彼女の視線は一点に注がれている。他の三人がその視線の先を注視すると、そこの水面に愛らしいウサギのぬいぐるみが浮上してきた。


「あれは、昔サーラが父上に買って貰ったぬいぐるみだな。ずっと大事にしていたはずだ」

「そうなのか?それがどうして……?」


 ダレイオスが首をかしげるが、サーラが大きく目を見開いた。


「皆様、それから離れて下さい!」

「え、なにが……」


 アレシャが疑問に思うまでもなく、ウサギのぬいぐるみは変化を見せる。ぬいぐるみの腹が大きく膨らむと、その顔、手足もぼこぼこと膨張し始めたのだ。その面妖な光景から嫌な気配を感じ、彼らはライラの警告通り距離をとる。ぬいぐるみは膨らむどころかどんどん巨大化していき、その愛らしさは微塵も残らず消え去った。ボタンでできた目はギョロリとした目玉に変わり、ぷにぷにとした手足からは凶悪な爪が生える。大きく裂けた口からは唾液で濡れた鋭利な牙が見えた。ウサギのぬいぐるみはついに人間の数倍はある大きさにまでなり、ダレイオスたちを飛び出した目玉で見つめる。その姿は紛れもない、純度百パーセントの魔物であった。それも、相当凶悪な。


「な、なんでこんなのが出てくるの!?それに、こんな魔物本に載ってなかったよ!」

「今更そんなことを言うか?集中しろ、来るぞ!」


 ウサギが低いうなり声を上げ、ダレイオスは腰を落とし構える。

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