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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
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24 お屋敷でのひととき

 それからすぐに、ヘルマンは手紙をしたため始めた。ヘルマンの言う人物の協力を得るためだ。アレシャとアルノーはそれを見守りつつ、先ほどリーンハルトを呼びに行かせたライラが戻ってくるのを待っていた。


「ライラは五年ほど前から雇っているサーラ専属のメイドでな。ほとんどつきっきりで面倒を見てくれている、年も近いし、ライラも進んでやってくれているよ」

「そうなんですか。でも、お世話している相手が何も反応を返してくれないっていうのも辛いことかもしれないですね」

「……かもしれないな。ライラには本当に感謝しているよ」


 アルノーが小さく笑みをこぼすと、丁度そこにノックの音が響いた。アルノーが返事をするとドアが開き、ライラが一礼する。


「アルノー様、リーンハルト様をお連れしいたしました」

「アルノー兄様、僕にお話があるって何ですか?」


 ライラの後ろからひょこっと姿を見せたのは、丸眼鏡をかけた、くせっ毛の少年だ。ブロンドの髪は少し茶に近い色だったが、アルノーやヘルマンと似た色合いで、この三人は間違いなく兄弟だろうと察せられた。この少年がリーンハルトなのだろう。二人の兄とは違ってどこか小動物的なものを思わせる。そのとき、ヘルマンが椅子から立ち上がった。


「兄上、手紙が書けました。すぐにでも出さなくては」

「ああ、ありがとう。リーン、用というのは他でもない。こいつのことだよ」


 アルノーが自分の隣に立つヘルマンの肩を叩いた。手紙に集中していてリーンハルトに気づいていなかったヘルマンは少し驚きを見せる。しかし、リーンハルトの驚きはそれとは比にならないものだった。


「ああ、あああ!ヘルマン兄様!お久しぶりです!お戻りになったんですね!」


 リーンは駆けより、ヘルマンに抱きついた。ヘルマンは柔和な笑みをみせ、その頭を撫でる。


「心配掛けてごめんな。でも、兄様はどうしてもやらなきゃいけないことがあったんだよ」

「いえ、分かっています。サーラのためですよね。……でも、ご無事で良かった」


 ヘルマンに甘えるリーンハルトの姿をアレシャには犬みたいだと思った。目をこらせば尻尾も見えるのでは無いかとさえ思った。リーンハルトは「突然すみません」と謝り、ヘルマンから離れる。感動の再会であるが、まだ一人驚き済んでいない人がいた。


「え、この方がヘルマン様なのですか!?そ、そうとは知らず、これといったご挨拶もせず、申し訳ございません!」


 リーンハルトの影で目を丸くしていたライラが深々と頭を下げた。そういえば玄関で会ったとき、彼女にヘルマンを紹介していなかった。だが、ライラが失礼なことをしたとは全くもって思っていなかったので、ヘルマンはとにかく頭をあげるように言う。


「ライラ、だったな。ずっとサーラの面倒をみてくれていると聞いてる。ありがとう」

「そんな、もったいないお言葉……。恐れ入ります」


 また深々と頭を下げてしまったライラに、ヘルマンは少しばかり困った顔をする。家から十年離れて、誰かに仕えられる感覚というもののを忘れてしまったようだ。しかし相変わらずライラは畏まった態度のままなので、ヘルマンは代わりに一つ頼み事をすることにした。


「ではライラ、この手紙を出してきてくれないか?急ぎの用事なんだ」

「はい。かしこまりました。お任せ下さい!」


 ライラは張り切った様子で手紙を受け取ると、一礼して部屋を後にした。それを見送ってから、ヘルマンはリーンハルトへ視線を移す。


「えっと、ヘルマン兄様。これまで何があったのかお話をお聞かせいただけますか?」

「ああ、俺もそのつもりだ。座ってくれ」


 リーンハルトに椅子に座るように促し、ヘルマンはサーラの眠るベッドに腰掛けた。そしてサーラの頭を優しく撫でながらリーンハルトへ話をしていく。

リーンハルトはそれを静かに聞いていたが、途中からは拳を握りしめきらきらした目で興奮した様子であった。


「す、すごいです兄様!まさか、兄様があの“死人”事件を解決したなんて!さすがヘルマン兄様です!」

「お、おう、そうか。ありがとうな」


 その純粋な視線にヘルマンはたじろぐが、リーンハルトが十年前と変わっていなくて安心していた。十年経てばもう少し大人になってもいいものだろうとも思ったが、変わらず自分を受け入れてくれることがヘルマンはたまらなく嬉しかった。兄を慕う弟の頭を撫でヘルマンが立ち上がると、リーンハルトはヘルマンへ一つの心配事を問いかける。


「それで、サーラの助かる見込みはあるんですか?」

「大丈夫だ、兄様を信じろ。本格的に始めるのは数日後になるが、絶対に助けてみせる」

「……はい!」

「よし。それじゃあ、お前は勉強があるだろ?もう戻りなさい」


 リーンハルトは元気よく返事をすると一礼して書庫へと引き返していった。その後ろ姿を見つめながらアルノーは感心したように唸る。


「さすがのヘルマン兄様だな。リーンもサーラもお前によく懐いていた」

「兄上はお忙しかったですから、俺の方が一緒に過ごす時間が長かったというだけですよ」

「いや、私ではああはいかんよ。……さて、到着してからまだ一息すらついてないだろう。お前の言う協力者が来るまで手立てがないのなら、今は休め。アレシャさんも部屋を用意させる。ゆっくり休んでくれ」

「あ、はい。ありがとうございます!」


 三兄弟の心暖まる光景を眺めていたアレシャが立ち上がって返事をすると、アルノーが使用人を呼びつけ、アレシャを案内するように言いつけた。使用人の男は恭しく一礼すると、アレシャとヘルマンを連れて部屋を出た。


「アルフレッドからお話は伺っております。旦那様の指示でヘルマン様の部屋は以前のままにしてあります。どうぞ、ごゆるりと」

「父様が……。分かった。それじゃあアレシャ、また後で」

「あ、うん。また」


 長い廊下の交差点でヘルマンと別れると、アレシャはメイドにつれられ一つの部屋に通される。そこは、はっきり言って凄まじく広かった。鎮座する巨大な天蓋付きのベッドがゴージャスという言葉を全力で体現していた。メイドは「ごゆっくり」という言葉を残して部屋を後にする。

 その足音が聞こえなくなってから、アレシャは走り出す。そしてその勢いのままベッドにアサルトダイブした。しかし、高級ベッドはその衝撃を見事に受け止め、アレシャの身体を大きくバウンドさせる。そして天蓋に激突してベッドに落下した。鈍い呻き越えを漏らして腹から着地すると、アレシャはそのままベッドでゴロゴロし始める。


「で、ダレイオスさん。あの『深淵術式』っていうのは解けそうな感じ?結構前からチョコチョコ調べてたみたいだけど」

『そうだな。禁術という括りでは『冥界術式』と同じだが、全くもって別物の術だ。実際に検分して試してみないことには何とも言えんが、そういった封印の類いに効果的、かもしれないものに一つだけ心当たりがあってな』

「え、そうなの?」


 アレシャには初耳だったが、ダレイオスには確信と言えないまでもある程度の自身はあるようだった。ただ、それは最終手段というものであり、ヘルマンやダレイオスの術を使って解決できるに超したことはない、とダレイオスは言う。アレシャは禁術に対抗する術にさっぱり心当たりがないので彼らに任せる他なく、素直に了解を返した。ダレイオスにもヘルマンにもサーラを助ける手立てがあるのだと確認できて安心したのか、そのままアレシャの瞼はだんだんと落ちていった。



「——様——アレシャ様……」

「……ん?」


 耳に届いた自分を呼ぶ声でアレシャはゆっくりと目を覚ます。。むくりと起き上がりキョロキョロと部屋の中を見回すと、すでに日は落ちたようで、部屋は暗がりの中にあった。そして寝ぼけた頭で自分を呼ぶ声の主を探すと、それはベッドの隣に立っているメイド、ライラだった。どうやら彼女がアレシャのことを起こしに来たらしい。


「あれ、ライラさん。どうしたんですか?」

「まだもう少しお時間がありますが、直にお食事の用意ができますのでお呼びに上がりました」

「すいません、ありがとうございます」


 アレシャはベッドからモソモソと這い出すが、自分が存外汗をかいてしまっていることに気づいた。外行きの服装のまま寝てしまったのが原因らしい。さすがにベタベタして心地が悪い。それを見かねてライラが声をかける。


「お食事の前に汗を流されてはいかがでしょうか。よろしければご案内いたしますが……」

「えっと、じゃあ折角なのでお願いします」

「かしこまりました」


 アレシャとライラは揃って部屋を出て、ライラの案内に従い相変わらず長い廊下を歩いていくと、ライラが一つの扉の中へアレシャを通した。そろりと中へ入ったアレシャは絶句する。


「うわ、うーわっ。うわ……」

『ほう、これは中々……』


 予想はしていた。しかしそれ以上に浴場は大浴場であった。ものすごく広いのだ。その気になれば中隊から大隊くらいを収められるくらいの広さである。その広さには感心するものの、正直無駄な広さであると思ったが口にしはしなかった。

 アレシャがとりあえず服を脱ごうとするとライラがそれを手伝おうとしてきたので丁重に断り、ぱっぱと服を脱ぎ捨て浴場へ足を踏み入れる。その後についてライラも浴場へ——


「あれ!?なんでライラさんまで入ってきてるんですか!?」

「お背中をお流しいたします。お気になさらず」


 濡れないようにメイド服のスカートをたくし上げたライラがさも当然というようにアレシャの後ろに立っていた。メイドを仕えさせた経験など当然ないアレシャはさすがに畏まってしまう。


「い、いや、こっちこそお気になさらず」

「いえ、メイドとしての職務ですから。さ、どうぞ」

『いいんじゃないか?別に悪いことではないだろう』

「……じゃあ、よろしくお願いします」


 ライラは譲りそうに無かったので、アレシャは仕方なく了承し、ライラが用意した椅子に腰掛けた。ライラはアレシャの長い髪にお湯をかけてゆっくりととかしていく。中々に手慣れた手つきだ。


「アレシャ様の髪はお綺麗ですね。まるで絹糸のようです」

「ありがとうございます。もしかして、サーラさんもこうやってお風呂に入れてあげてるんですか?」

「はい。毎日という訳には参りませんが、他のメイドと協力して入れて差し上げております」

「……その、大変じゃ無いんですか?もう五年もお世話してるって聞きました。それでもサーラさんはずっと何の反応も無いまま……」


 アレシャはそう尋ねるが、ライラは特に考え込むこともなく黙って首を横に振る。


「辛い、苦しい、なんて感情は全くございません。私は、ただ恩返しをさせていただいてるだけですから」

「恩返し?」


 アレシャが首をかしげると、ライラは頷きを返す。そして少しばかり照れくさそうに、しかし嬉しそうに話し始めた。


「実は、私は幼い頃にサーラ様に助けて頂いたことがあるのです。私の家はとても貧しい上に少しばかり特殊だったので、私は近くに住んでいる他の子どもたちから虐められていました。そんなある日、馬車に乗られていたサーラ様が、私が虐められているところに偶然通りかかられたのです。サーラ様は礫をぶつけられていた私の前に突然飛び出し、私をかばわれたのですよ」

「へえ、サーラさんってそんなにアグレッシブな人だったんですね。しかもすごい勇気……」


 アレシャがぽつりと驚きの言葉をこぼすと、ライラの顔にぱあっと花が咲いた。


「ですよね!私の前に飛び出したサーラ様は腕を大きく開いて私をその背に隠して下さいました!私は何が起きたのか分かりませんでしたが、虐めていた子ども達はサーラ様の勇気の前に恐れをなし、逃げ去っていったのです!あ、勿論サーラ様にお怪我はありませんでした。サーラ様には障壁がございましたから」


 突然テンションが上がったライラにアレシャは少しばかり驚く。サーラのことを褒められたのが嬉しかったようだ。それほどに彼女はサーラのことを慕っているのだろう。ライラはアレシャの髪を素早くとかしながら更に話を続ける。


「サーラ様は地面にへたり込む私に笑って手を差し出して下さいました。『だいじょうぶですか?立てますか?』その言葉がどれだけ嬉しかったか……!そして、それから虐めもぱったりなくなりました。それもこれも全てサーラ様のおかげです。そして、そのとき私は決めたのです。私は将来、サーラ様にお仕えするのだと!」


 ライラは最早アレシャの方を見ていなかった。アレシャの髪を勢いよくとかしていく。


「あ、あの、ライラさん?ちょっと、髪が……」

「そして私は十五になった次の日、家を出てこの家の住み込みのメイドとして雇ってもらうよう頼み込みました。そして頂いた返事は採用!しかもサーラ様の専属メイドとしてです!これ以上の幸せがありましょうか!」


 ライラの力の入った拳はアレシャの髪を握りしめ、ガシガシととかしていく。


「えっと、ライラさん!ちょっと、髪が!」

「しかしその時既に、私がお慕いするサーラ様は自由を奪われてしまった眠り姫に……。ですが、お目覚めするその時まで、いや、永劫不変に私はサーラ様のお側にお仕えするのです!誰が何と言おうとも!」


 力一杯の誓いの言葉とともにライラはバッと立ち上がった。アレシャの髪を掴んだまま。なので、それを力一杯引っ張ることになった。そうなれば当然——


「あ、いった——」


 アレシャが小さく呻き越えを出したその瞬間、ブチッという嫌な音が聞こえた。ライラの手には綺麗な白い綺麗な糸の束が。いや、毛髪だった。

 ライラの顔がみるみる内に青くなり、彼女はただその場にひれ伏してアレシャに許しを請うた。大事な客人の髪の毛を引っこ抜いたのだから、その必死さも当然のことだ。その悲しい姿にアレシャはいたたまれなくなり、気にしていないとライラを慰める。汗を流しにきたのに、変な汗をかいていた。

 全裸の少女とそれにひれ伏すメイド。極めて異質な状況にダレイオスは何かこみ上げてくるものがあった。が、さすがに自重した。

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