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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
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23 サーラ

 あまりダミアンの体力を使わせるわけにもいかないので、アルノーはダミアンにアレシャを紹介しつつ簡単にヘルマンの事情を伝えた。ダミアンは静かにそれを聞いていたが、彼が予想していたこととそれほど相違なかったようだ。聞き終えた彼は納得したように頷き、アレシャの方へ視線を向ける。


「アレシャさん、もしサーラを目覚めさせてくれるなら私はどんな対価でも払いましょう。もう一度だけでいい。私はあの子の花のような笑顔を見てみたいのです。あの子の私の呼ぶ声を耳にしたいのです。何より、あの子がこのまま大切な一生を失ってゆくのは耐えられない。どうか、よろしくお願いいたします」

『……持てる全てを出し切ろう。約束する』


 ダレイオスの言葉をアレシャが代弁すると、ダミアンは微笑み頭を下げた。アルノーも同様に頭を下げる。


「さて、久しぶりに息子と話もできて満足だ。だが、少し疲れたな」

「父上はお休みください。アルフレッド、頼む」

「かしこまりました」


 アルフレッドが介抱しダミアンは再びベッドに横たわると、すぐに寝息を立て始めた。それを見届けてから、後のことはアルフレッドに任せアレシャたちは部屋を後にした。向かうのは、サーラの部屋だ。ヘルマンの顔は険しい。いよいよ正念場というわけだ。そのヘルマンの緊張がアレシャにまで伝わってくる。そして程なくして彼らは目的の部屋へ到着した。


「部屋の場所も、十年前と変わっていないんですね」

「ああ、そうだ。サーラは十年前からずっとこの部屋で、ここのベッドで、眠り続けている」


 十年。サーラはこれまでの人生の半分以上をここで消費していることになる。そんなことがまかり通っていいわけがない。なんとしても助けなければ。アレシャはそう強く思った。深呼吸し心を落ち着けているヘルマンに代わりアルノーがドアをノックすると、ドアが開きメイドが顔を出す。先ほど出会った、ライラというメイドだ。


「アルノー様、どうなされましたか」

「サーラにお客人でな。お前は書庫へ行ってリーンを呼んできてくれないか」

「サーラ様に……?かしこまりました、それではリーンハルト様をお呼びして参ります」

「よろしく頼む」


 ライラは一礼すると部屋を出て指示の通り書庫へと向かった。ふう、と一息吐いてからアルノーとアレシャは部屋の中へ足を踏み入れる。そんな中、ヘルマンの心臓は尋常でないほどに躍動していた。いつの間にかひどく汗をかいている。だが、進まなければならない。彼は固く拳を作り、続いて部屋へと入った。

 うららかな陽光が差し込む部屋の窓際のベッドで、彼女は眠っていた。何ということもなく、透き通るような長いブロンドの髪の少女はただ眠っているようにしか見えなかった。


「十年たったんだ。美しく成長しただろう。だが、一番綺麗な時期をサーラは眠ったまま過ごしているんだ」

「…………」


 アレシャは痛ましい表情でサーラを見つめる。ヘルマンも同じように黙ったままであった。いや、彼は絶句しているというようであった。それがあり得ないものであるかのようにサーラのことを見つめていた。


「これが、サーラ、なのか……?」

「子どもが十年経てばさすがに容姿は変わるだろう。……どうした?」


 アルノーが不思議そうにヘルマンの表情を窺う。ヘルマンはふらふらとベッドへ近づき、サーラの顔をのぞき込んだ。何やら様子がおかしい。アレシャとアルノーは何事かとヘルマンへ尋ねる。


「えっと、ヘルマンさん、何かおかしいことでもあるの?」

「……ああ。俺は『深淵術式』という禁術がサーラを眠らせているのだと確信していた。だが、これはおかしい」

「ヘルマン、どういうことか教えてくれ」

「はい」


 アルノーに返事をしたヘルマンは、自分の気持ちを落ち着けるためにも説明し始める。


「『深淵術式』は、対象を深い眠りへ誘う封印魔術の一種です。しかし、その最大の特徴はその封印の完成度の高さ。それ故、あらゆるものの干渉を受けることはありません。……時間の経過さえも」

「え、それじゃあ……!」

「ああ。なら何故、サーラは成長しているんだ」


 僅かな戸惑いの表情を浮かべアルノーは尋ねるが、ヘルマンは分からないと首を横に振った。そして視線を再びサーラへと向ける。


「俺が調べてみます。そのためにムセイオンで研究していたのですから」


 ヘルマンは右手にはめた手袋を外す。手袋の下から現れたヘルマンの右手を見たアルノーは驚きの声を上げた。ヘルマンの右手は、とても人間の肌とは思えない純粋な白に染まっていたからだ。


「ヘルマン、どうしたんだ、その右手……!」

「実は少し前にしくじってしまって右腕が無いんですよ。これは俺の魔術を使った義手のようなものです。それでも全く不自由はしてないですよ」


 ヘルマンはケロリと答えるも、アルノーはショックを受けている様子だった。家出していた弟が片腕持って行かれて帰ってきたのだからそれも当然ではある。ヘルマンはそれに苦笑いをこぼしつつ、眠るサーラの上へ右手をかざした。すると、その手が淡い光を放ち始めた。


『あの光……。確か、あの腕は前に見た対禁術の魔術で作られていたんだったな。あれで禁術の反応があるかどうか確かめているんだろう』

「なるほど。何かいい手立てが見つかればいいんだけど……」


 二人が見守る中、ヘルマンは瞑目して右手に意識を集中する。それから数分経ったころ、ヘルマンの右手の光が静まり、彼は立ち上がる。その顔には未だ疑問が張り付いていたが、顎に手を当てながら考え込んでいた。どうやら、何か手がかりは掴めたようだ。


「どう、分かった?」

「ああ。どうやらサーラに禁術、『深淵術式』が使われているのは間違いないようだ」

「……?どういうことだ、先ほどは『深淵術式』では時間が止まるはずだと」

「それが、『深淵術式』はサーラの肉体にかけられたものではなく、一部分だけを狙ってかけられたものだったようです」


 ヘルマンがそう言うものの、それだけで理解するのは難しい。二人は更に詳しい説明を欲する。しかし、ヘルマンはその前に別の話があると言う。それはアレシャとダレイオスに向けての言葉だった。


「兄上はご存じのことですが、アレシャには知っていて貰わねばならないことがある。それは、サーラという一人の人間についてだ」

「サーラさんについて……?」


 アレシャが首をかしげると、ヘルマンはアルノーに許可を求めるような視線を送った。アルノーがそれに頷きを返すと、ヘルマンはアレシャに椅子へ座るよう促してから語り始める。


「サーラは、俺とは十ほど年の離れた妹だ。さっき言った弟のリーンハルトとは双子だな。ただ、サーラには大きく他と変わっていることがあった。それは、尋常ではない量の魔力を生まれつき持っていることだ」

「じ、尋常じゃないって……どれくらい?」

「人間の範疇を超えているレベルだった。とても人間の身では管理しきれないほどの量だ。だが、サーラは無意識ではあるが、その魔力量を見事に制御しきっていた。そして、サーラの身体には、魔力を制御したことによる大きな特徴が一つある」


 膨大な魔力とはいうが、アレシャにはそれがどのような作用を生むのか見当もつかなかった。ダレイオスも考えるがこれといって思い当たるものはないようだ。アレシャが首を捻るので、ヘルマンがその答えを告げる。


「サーラの身体は魔力を体内にただため込むのでは無く、それを活用させているんだ。膨大な魔力を体中に循環させることで、サーラの身には常に強力な魔術の障壁が張られている。……例えるなら、あの『七色の魔物』と同じくらいのな」


 それにはダレイオスもアレシャも驚きをみせた。『七色の魔物』、フンババ。全身に七重にもなる強度な障壁を張っている魔物だ。彼らにとってかなり因縁のある相手であり、その防御力の前には苦戦を強いられた。それと同等の障壁を人間が纏っているなど、信じられなかったのだ。その驚きも当然のものだとヘルマンも思うが、事実だと彼は言う。


「俺も『七色の魔物』の存在を知ったときは驚いた。サーラと同じような障壁を持っていたんだからな」

「ああ。サーラはこれまで怪我というものをしたことはタダの一度も無い。外で遊んでいて派手に転んだこともあったが、擦り傷一つなかった」


 アルノーがヘルマンの言葉に補足を加える。他にも、厨房で料理を手伝おうとして包丁を取り落としたことがあったが、包丁が弾かれた。燃えている暖炉に手を突っ込んでも、ある程度の熱さこそ感じるものの怪我は全くなかった、なんて話もあるらしい。どうやらその障壁の話は事実のようだ。


「で、その障壁が一体……?」

「ああ、ここからが本題だ。兄上にも聞いていただきたい」


 アレシャとアルノーは背筋を伸ばし、ヘルマンの言葉へ集中する。ヘルマンは順を追って説明していく。


「まず、何者かは分からないがサーラを今のような状態にした人間がいる。それが如何様な人物か俺にもいくつか推測があるが、それは後に話そう。それで、その人物は目的があって『深淵術式』を使ってサーラを眠らせようとした。しかし、それは叶わなかったんだろう」

「叶わなかった?何故だ?」

「簡単なことですよ。サーラの障壁がそれを拒んだんです」


 アルノーの問いにヘルマンが答える。サーラの障壁は禁術すら跳ね返すほどの強度を持っているという彼は言うのだ。アレシャは少しばかり信じられなかったが、ダレイオスはそうは思わなかった。ヘリオスの作った模造品では無く、ダレイオスの知るオリジナルの『七色の魔物』は、それほどに強度な障壁を持っていたのだ。ダレイオスはサーラの持つ障壁の程を知らないが、ヘルマンの言うこともあり得ない話ではないと感じる。

 ただ、それならば余計にサーラが眠っているワケが分からない。しかも、ヘルマンは先ほど、サーラには『深淵術式』がかけられているという発言をしていた。それは結局、障壁は禁術を通してしまったということだ。ダレイオスがその疑問を口にする前に、ヘルマンが話を続ける。


「サーラを狙った人物は『深淵術式』が効かないと知り、別の策を取った。それは、サーラの身ではなく、別の場所を狙って『深淵術式』を用いることだ。そしてその人物が狙ったのは、サーラの魂だよ」


 魂。とは言うが、アルノーとアレシャはピンときていなかった。ダレイオスはその言葉なんとなく察せられたようだが、それでは意味が無いのでヘルマンは図を描いて説明することにした。まず、取り出した紙片に円を書き込む。そしてその周囲に更に大きな円を描いた。


「この大きな円がサーラの身体、その内にある小さな円がサーラの魂だ。サーラの結界はこの二つの内、大きな円、身体を守るもの。肉体に干渉する一切のものを遮断するものだ。だから、サーラを狙ったヤツはこの肉体を無視して直接魂へ干渉したんだろう。魂の中へと潜り込み、魂だけを対象にして『深淵術式』を発動したんだ」

『だからサーラの肉体は『深淵術式』の影響を受けず成長した。しかし、魂は『深淵術式』によって封印され目覚めることはない、か』


 ダレイオスは納得している様子だ。アレシャは少しばかり首をひねっていたが、ダレイオスの言葉である程度理解できたようだ。しかし、魔術に対してそれほど知識を持っていないアルノーはそうはいかず、腕を組み理解に努めていたが、諸手を挙げて降参を示した。


「すまない、私には少し難しい話だった。私は気にせずに話を進めてくれ」

「もう少し分かりやすく説明できたらよかったのですが、すみません」


 ヘルマンは小さく頭を下げ、アルノーは面目なさそうに頬をかいた。というわけでアルノーを気にしなくてよくなったので、アレシャが挙手しヘルマンへ質問をぶつける。


「さっきヘルマンさんは、『直接魂に干渉した』って言ってたけど、それがよく分からないんだよね。サーラさんをどうやって助けるのかもよく分からないし……」

「悪いが、俺の専門は禁術だ。理解できるように教えてやれる自信は無い。そしてサーラを助ける方法だが、魂に関してそこまで知識の深くない俺たちでは手が出せない領域にある」


 ヘルマンがいたって冷静にそう告げるも、アルノーもアレシャもヘルマンの言葉を聞いてオロオロとし始めた。というか、手を出せないなんて公言されて焦らないわけがない。


「そんな、だったらどうするというんだ!サーラは、サーラは……!」

「そうだよ!どうするっていうんだよ!」

「落ち着け。俺たちでは無理だというなら、それができる人間に助力を仰げば良い。そして、俺にはその伝手がある。俺に任せて欲しい」


 ヘルマンはあくまでも冷静に答える。彼はじっとアルノーとアレシャの眼を見据えた。ヘルマンは家を飛び出し、十年の歳月をかけてまで妹を助ける方策を探していた。サーラを助けたいという気持ちは彼が誰よりも強く持っている。そんなヘルマンが冷静に状況を理解し策を立てているのだ。というのに、いつまでも落ち着きを失っているわけにはいかない。アレシャたちも少しずつ冷静さを取り戻していく。


「すまない。一番心中穏やかでないのはお前だったな。……任せて良いんだな?」

「はい。勿論です。その人物の助力を得られれば、必ずサーラを救うと約束します」


 ヘルマンの力強い誓いにアルノーはしかと頷き、信頼をこめてヘルマンの肩を叩いた。

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