20 そしてギルド事務所
「おい、帰ったぞ——っと、客が来てたか」
『アルケーソーン』の事務所に入ってきたヤスケがそう言葉を切る。事務所のソファにはボサボサの頭をしただらしない男と、銀髪の凜とした居姿の女性が腰掛けていたからだ。だが、アレシャは構わないと手を振って示す。
「お客はお客だけど依頼人じゃないよ。こっちが商会長のランドルフおじさん。で、こっちがおじさんの秘書、っていうかわたしのお母さん」
「おう、お前が新入りか。よろしく頼むぜ」
「娘がお世話になったようで」
「ヤスケと申します。寧ろお嬢さんにはこっちが世話になりました」
客人二人とヤスケは互いに挨拶を交わした。アレシャの口ぶりから親しい仲なのだろうと察したヤスケは特に気兼ねする必要もないのだと判断し、アレシャの元へ報告に行く。
「ほら、冒険者の登録証だ。Cランクってのが気に食わないが、問題ないだろう?」
「おお、さすが!じゃあこれでヤスケさんも正式なギルドメンバーってことだね!」
アレシャがヤスケの手を取りぶんぶんと振って、喜びを表す。アレシャの隣で黙って紅茶を飲んでいたクリームヒルデも、ヤスケへ微笑みを向けた。
「俺も、今回の試験官だったヴェロニカから聞いてるぜ。一人で森中の魔物を狩りまくった受験者がいたってな。Cランク以上をあげたいところだが、規則なんでな。そこから頑張ってくれ」
「はい。すぐにでも昇格してみせますよ」
ヤスケはランドルフに自信一杯の言葉を返した。ランドルフはそれに満足げに頷く。
「で、えっと、どこまで話したっけ」
『レイヴンが『冥界術式』で自殺したところまでだ』
「ああ、そうだった。で、まあ『アンブラ』には逃げおおされてしまったというわけで……」
大方予想はついていたが、その報告にランドルフは落胆する。職務と平行して調べていた組織の足を掴む絶好の機会を棒にふってしまったと聞いたのだから、仕方が無いことだ。しかし、自分の娘同然といえる少女二人が無事に帰ってきたのだ。それ以上に嬉しいことも無かった。その思いを笑みに変え、ランドルフは話す。
「『アンブラ』については継続して俺も調べておく。“死人”の大本に繋がっている可能性があるなら、今まで以上に調査に人員をさくことができるはずだ。ま、手がかりくらいなら何とか掴んでやるさ」
「あ、まだ話は終わってないよ。一つだけあるんだよ。『アンブラ』についての情報」
「なにぃ?」
その言葉にランドルフは驚くが、ヤスケもまた目を丸くしていた。彼もそのような話は初耳であったからだ。どういうことか気になるヤスケがアレシャへ問いかける。
「おい、『アンブラ』は確かに全員死んだはずだ。俺の目の前でな。いったいどこから……」
「そりゃ実行犯が消えちゃったんだから、依頼人から聞くしか無いでしょ。ね?ヒルデ」
「ええ。ギンジロウ様の品評会が終了した後、私は品評会の参加者の同行を文字通り影から観察していました。するとお一人だけ、それはもう怒り狂った男性がいらっしゃるのに気がつきまして。私が拘束し、ダレイオスと二人で“お話し”させていただきましたわ」
クリームヒルデが“お話し”の部分で何故かニッコリと笑った。アレシャは今回の一件の前と後でクリームヒルデの性格がどこか変わっているような気がしていたが、言葉にすることは無かった。
「で、その“お話し”とやらで成果は得られたのか?」
「確かな裏付けがあるものではありませんが、手がかりとしては十分なものを」
「ほう、面白いじゃねえか」
ランドルフらがその言葉に耳を傾けるのを待ってから、クリームヒルデは話し始める。
「まず依頼人は予想通りギンジロウ様の同業者の方でした。理由も大方の予想通り……なのでここは割愛いたします。それで、彼が『アンブラ』の存在を知ったのは偶然だったようです。とある上流階級の方の家へ武具を納品しに行ったところ、『アンブラ』への依頼に関する会話を聞いてしまったようですわ」
「あんな物騒な殺し屋を雇うなんて金持ちくらいしかしないだろうしね。『アンブラ』の存在を知るには、そういった連中からの口伝しかなかったみたい」
その話にランドルフは納得する。『アンブラ』が一般には知られていないのは、上流階級の人間たちによってその存在が秘匿されていたからなのだろう。便利な存在は身内で独占したいと考えるだろうし、『アンブラ』のことが露見すればただではすまないのだから当然だ。『アンブラ』からすれば、これほどに都合のいい顧客もいないだろう。
「だが、その存在を知ったとしてもどうやってコンタクトを取るんだ。その方法には興味がある」
「ええ。私たちもそう思いお尋ねしましたわ。すると、上流階級の間でのみ貸し借りされている通信魔法陣を用いるのだとの回答をいただきましたわ。その鍛冶職人は、その魔法陣の描かれた紙片をこっそり拝借して仕事を取り付けたのだそうです。その後遣いの者が訪れ、正式に契約を交わしたと」
「なるほどな。知られたくなきゃ外に出さなきゃいんだから、分かりやすい手法だな。で、結局手がかりってのは何なんだ?」
ランドルフが少しばかり身を乗り出して尋ねる。それへの返答として、クリームヒルデは一枚の紙片を取り出しテーブルの上に置いた。
「彼は腐っても職人。デザイン性のある物への関心は強く、その魔法陣がどんな紋様であったか大方の形は覚えていましたわ。それで描いて頂いたのが、これです」
クリームヒルデが指し示したのは、紙片に黒いインクで書かれた魔法陣だ。確かに紋様やマークは中々正確に描かれているようだが、とても魔法陣として成り立っているものではなかった。
「これがねえ……。だが、こんな曖昧な図じゃ魔法陣を再現するのは無理だろ。通信先を特定しようがない」
ランドルフは肩をすくめ、フェオドラもそれに同意する。しかし、この図において重要なのは魔法陣の再現ではない。クリームヒルデが指で示したのは魔法陣の中央にこめられたマークである。
「ここに描かれているもの、おわかりですか?多くの記号や文字でカモフラージュされていますが、確かに獅子が描かれているのです。これに気づいたのはダレイオスなのですが」
クリームヒルデの言葉でアレシャとダレイオスが交代し、説明役を請け負う。
「このマークの周囲に描かれているのは古代魔術に用いられている紋様や文字だ。古代魔術をよく知る者でなければ、そられを取り除いて獅子の姿を見つけることは難しい。それで、ここに描かれていた獅子のマークを分かりやすく書き直したのがこれだ」
ダレイオスが差し出したもう一枚の紙片。それを見たランドルフとフェオドラ、ヤスケの三人は驚愕する。そこに描かれていた獅子は、数多くの人が知るものだったからだ。
「これは、デカン帝国のマークじゃないか……!なんでこんなものが……」
ヤスケの言葉にダレイオスもクリームヒルデも頷く。
「私も、つい最近見たことが無ければ気づかなかったかもしれない。だが、これはデカン帝国のものに間違いない」
「デカン帝国……。そういえば、ロマノフ王国の式典にも皇帝が出席していたのよね?」
「ああ。それが偶然かどうなのか、正直見当もつかねえな。だが、下手をすれば中々やばい話だぞ」
フェオドラへ向けてランドルフがそう返す。皇帝まで噛んでいる話かは分からないが、この魔法陣にはデカン帝国の紋章が態々組み込まれている。デカン帝国の権力側にいる人間が『アンブラ』に絡んでいるのは間違いないだろう。加えて、ダレイオスにはまだ思い当たることがあった。
「この魔法陣には古代魔術が使われている。それは、『アンブラ』と“死人”の黒幕との関係を決定づけるものだ。“死人”の黒幕は、私と同じく千九百年前に実在していた人間だと私は踏んでいる。つまり、そいつは古代魔術を使える人間のはずだからな」
「はぁ……それはもう、素晴らしいくらい繋がるな。この魔法陣のスケッチがえらい価値になったもんだ」
ランドルフが半ば呆れたようにため息をついた。それには全員が同意するところである。『アンブラ』を逃がしたところで諦めずに僅かな可能性に当たってみてよかったとダレイオスは心から思った。
「で、その情報提供してくれた親切なクソ野郎はどうしたんだ?親父がロマノフ王国のお墨付きになった以上、手を出してくることはないとは思うが……」
「あの方なら、『口封じのためにあなたは殺されるかもしれない』と助言してさしあげたので、既に姿を隠したのではないでしょうか。放って置いて問題ないでしょう」
クリームヒルデがさして興味もなさそうに告げると、ヤスケは少し安心した風だった。ギンジロウに危険が及ぶ可能性がゼロではなかったので、少しばかり心配していたのだろう。
一通り語り終えたところで、ランドルフは魔法陣のスケッチが描かれた紙片を手に取る。
「それじゃあ、こっちで早速調べてみる。……しかし、調査対象が国ってなると一筋縄じゃあいかねえだろうな。悪いが、成果が出るまで時間がかかる」
「それで構わない。よろしく頼んだ」
ダレイオスとクリームヒルデ小さく頭を下げる。ダレイオスは任せろと二人の娘の頭を撫でた。一人は娘の姿をしたおっさんであるが。
ランドルフが手がかりを自分の手帳に挟むと、丁度そこで事務所のドアが開け放たれた。
「今帰った。おや、商会長。どうしたんですか?」
そこから入ってきたのは、腰に反りのある剣——最近カタナという名称だと知った——を下げたベテランの貫禄がある冒険者だ。その声の方にランドルフは振り返る。
「おーうセイフか。まあ、こっちの方に用事があったんで、ついでにアレシャに会いに来たんだよ。こないだの報告も兼ねてな」
「お帰り、セイフさん。今日はお休みのはずだけど、どこ行ってたの?」
ダレイオスと交代し直しアレシャがそう問いかけると、セイフはアレシャに一枚の書類を手渡した。
「これだ。次の事務所の権利書。放棄された場所だから簡単に手に入った」
「……次、事務所?……うん?」
アレシャが上手く理解できずに笑顔で首をかしげる。セイフもそれに対して首をかしげた。
「なんだ、もしかしてヤスケ君から聞いていないのか?……ああ、そういえばヤスケ君は冒険者の認定試験に行ってたんだったな」
「そういえば言うの忘れてたな。悪い」
「いや、それはいいけど、説明してくれる?」
アレシャがヤスケにそう頼むと、彼は胸をはって答える。
「ここに来て帳簿なりなんなりを見せて貰ったが、このまま放置しておくわけにもいかない経営状況だった。だから、俺がこのギルドに加わるからにはそこに口出しさせて貰う。で、経営難の元凶はこの事務所の残念な立地が原因だと俺は思うわけだ。だから、引っ越す」
「ちなみに、私は知っていましたわ。今朝セイフさんからお聞きしました」
「あ、へえ、そうなんだ」
アレシャはなんとも間の抜けた返事を漏らす。まだ脳内で言葉が巡っている段階のようだ。そして少し遅れてようやく理解が完了すると、アレシャはカッと目を見開いた。
「え、ひ、引っ越すんだ!?どこに!?」
「そうタイミングをずらされると調子が狂うんだが……。場所はラインデルク帝国内にある捨てられた屋敷だ。覚えてるか?“死人“事件のときに一度隠れ家にした場所だ。少し喧嘩になりかけた……」
「ああ、覚えてるよ!ランドルフおじさんが言葉足らずなせいで、いいように振り回されたあの時の!」
『覚えてるぞ。ランドルフが無神経な発言で私の神経を逆なでさせたあのときの』
その無遠慮な言葉にランドルフは項垂れ、慰める意味をこめてフェオドラが紅茶を淹れた。ランドルフは香りを楽しみつつそれを飲み干すと、これ以上余計なことを言われる前に立ち上がる。
「さて、俺たちはお暇するかな。その引っ越しとやらが終わったらまたお邪魔するとするぜ」
「アレシャ、また来るわね」
ランドルフが上着を羽織りフェオドラがアレシャへ手を振る。するとアレシャは椅子から立ち上がった。そしてフェオドラに駆けより、ひしっと抱きついた。
「……?どうかしたの、アレシャ」
「ううん、別に。ちょっと、なんとなく……」
「なに?変な子ね。……しっかりやるのよ」
フェオドラはアレシャの頭を優しく撫でる。アレシャはそれで満足したようで母から離れると、そのまま二人を見送った。
『なんだ、母親に甘えたくなってしまったか?』
「……べ、別に?」
『恥ずかしがることはないぞ?』
「そ、それより!そうと決まれば早速引っ越しの準備だよ!他のみんなが仕事から帰ってくるまでに進めとこうよ!」
団長の言葉にメンバーの皆が了解を返し、彼らはそれぞれの準備に取りかかっていった。




