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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
106/227

17 大勝利

 お祭り気分であったモロクの街は、それはもう大騒ぎであった。勿論楽しくて騒いでいるのでは無い。街の中心街に現れた黒い蛇の怪物と建造物の破壊。それが原因である。

 その原因の原因である少女二人は、気を失ったレイヴンを連れて人気の少ない場所まで移動していた。クリームヒルデが彼を拘束し、ダレイオスが魔術で水をぶっかける。レイヴンは咳き込みながらも意識を取り戻した。


「えほっ、げほっ……」

「目を覚ましたな。状況は理解できているな?」

「……ああ。少しでも動けば全身がひどく痛む。魔力も枯渇した。抵抗したくても無理だな」


 レイヴンは横たわる自分を見下ろす少女二人を忌々しげに睨みつける。ダレイオスはその場にしゃがみ込むと、その視線を正面から見返した。


「さて、色々聞きたいことがあるわけだが。とりあえず『アンブラ』の本拠地の場所、構成人数、その他諸々話せ」

「……当然、話すわけが無いだろう」

「だよな……」


 ダレイオスが頭を垂れてため息をこぼす。彼は拷問に掛けるような気はなく、穏便に口を割らせる方法も持ち合わせていなかった。ならば、ここは最初に考えていた通り、商会に引き渡してランドルフに任せるのが一番だろう。そうダレイオスが結論づけると、クリームヒルデがレイヴンの前へ進み出た。


「一つだけお尋ねしたいのですが、“あのお方”とは何者でしょうか?」

「……?なんだ、それは」


 ダレイオスが首をかしげると、クリームヒルデが説明を加える。


「先ほどの戦いの中で、この男は“あのお方”という言葉を口にしたのです。口を滑らせたという方が正しいかもしれませんが」

「“あのお方”ねえ。普通に考えればお前のバックにいる人物ということだろうが、どうなんだ?」


 ダレイオスが睨みつけつつそう問いかける。しかし、レイヴンは舌打ちをするだけで答えようとはしなかった。それもまた当然のことだ。それは間違いなく『アンブラ』にとっての核心である。クリームヒルデもまたため息をつき、レイヴンへ手をかざす。彼の周囲にゆらゆらと影が伸び始め、レイヴンは緊張した面持ちでゴクリと喉を鳴らした。そして彼の身体は更に強固に拘束され、口にも猿ぐつわがされた。全くもって身動きのとれなくなったレイヴンをダレイオスが担ぎ上げる。


「よし、ギンジロウたちと合流するぞ。この騒ぎについての弁明もしなきゃいけないしな……」

「そうですわね。行きましょうか」


 二人が西へ向けて駆け出そうとしたとき、ダレイオスの肩のレイヴンがビクンと大きく痙攣した。ダレイオスが何事かと目をむけると、レイヴンは額から尋常じゃない量の汗を流していた。明らかに異常事態だ。ダレイオスはその場にレイヴンを置き、クリームヒルデへ呼びかける。


「ヒルデ!猿ぐつわを解け!」

「は、はい!」


 クリームヒルデが言われたとおりにすると、レイヴンは呻き越えをあげながら、満身創痍の身体をのたうち回らせた。胸をかきむしろうとするが、縛られているせいでそれも叶わずただ転げ回っていた。


「おい、大丈夫か!どうした、何があった!」

「ぅうぐああっ!……は、ははっ!俺は、“あのお方”の、ために、死を選ぶ!だが、これで終わりでは、ない!」

「何……?」


 死が終わりではない。レイヴンの言葉が指し示すもの。それをダレイオスは知っていた。彼とは切っても切れない因縁のある禁術。それによって生み出される存在。それをダレイオスは知っていた。それが彼の頭によぎる。

 そして彼の察しは正しかったことはすぐに証明された。レイヴンの身体が少しずつ黒い何かに覆われていったのだ。


「これは、『冥界術式』!まさか、お前の言う“あのお方”は……!」

「っぅうぐ!きぃ、気ぃてねえぞ、こんな、苦しいなんてよ……!」


 ダレイオスの問いも耳に入っていないのか、レイヴンはただ苦しみ続けていた。ダレイオスは急ぎ魔法陣を展開していく。白い光を放つ魔法陣。対禁術の魔術だ。レイヴンから吸収したので魔力も余力も発動には十分。しかし、レイヴンの身はみるみる黒に染まっていく。たまらずクリームヒルデは素の自分のままに声を荒げる。


「レイヴン!てめえ、逃げるつもりかよ!潔く負けを認めやがれ!」

「ク、ソガキが、次は、必ずぶっ殺す、クリィムヒルデェ!は、はは、は!」


 レイヴンはついに捨て台詞を吐き始めた。彼の身体は既にほとんどが黒に飲まれていた。もはや顔の一部分しか生身の部分が残っていなかった。アレシャはその姿に焦りを覚える。


『ダレイオスさん、急いで!』

「分かっている!のけ、ヒルデ!」


 その言葉のままにクリームヒルデが飛び退くと、ダレイオスは展開した魔法陣をレイヴンへ向ける。レイヴンはついに全身が黒に飲み込まれてしまっていた。ダレイオスの魔法陣が光を発する。透き通った白光がレイヴンを包み込んでいく。やがてその光が収束し、そこに残ったのは、


「くそっ!」


 クリームヒルデは力任せに自分の足下を殴りつけた。ダレイオスも苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。レイヴンが倒れていた場所には、何者も存在していなかった。レイヴンは『冥界術式』に自ら飲み込まれ、死亡した。



「——つまり、『アンブラ』へ近づく直接的な手がかりは得られなかったということか」

「そういうことだな。お互い失態を犯したというわけだ」


 アステリオスの言葉にダレイオスが自嘲気味な言葉を返す。彼らが集まっているのはモロクでの拠点である宿の一室だ。先ほどの戦いに関する報告会の最中である。


「しかし、あれが話に聞く『冥界術式』か。目の前で人間が黒に飲まれていく光景は、何とも不気味だったぜ」


 ギンジロウの言葉にヤスケも頷く。二人とアステリオスが引っ捕らえた『アンブラ』の構成員十二人。その全員が、レイヴンと同じように『冥界術式』に飲まれ死亡した。彼らは結局『アンブラ』の構成員を一人も捕らえられなかったのだ。クリームヒルデは不快感を露わにする。『アンブラ』に所属し続けていればいずれ彼女も同じ運命を辿っていたかもしれないのだから、自死を選ぶ彼らのことは他人事では無いのだ。


「ともかく、やつらが『冥界術式』で死んだ。それも普通のものではなく、“死人”どもの研究によって開発された、『物質化された冥界術式』だった。“死人”どもの組織が壊滅した今、そんな代物を持っているのは“死人”を操っていた黒幕以外にはいない」


 ダレイオスが静かに自らの推理を口にすると、クリームヒルデとアステリオスは同意を示した。

 『物質化された冥界術式』は、アングイスという人物によって生み出されたものだ。人体に侵入すれば体内から自動的に『冥界術式』を発動させる、言わば致死率百パーセントの毒物である。『アンブラ』は口内に仕込んでいたこれを隙を見て服用したのだ。そしてこの『冥界術式』の厄介なところは、死亡した人間を“死人”として蘇らせることができるところにある。つまり、レイヴンは死にはしたが、彼が口にしていた“あるお方”の手によって復活するということだ。

 ダレイオスは“死人”に関する知識を持っていないヤスケとギンジロウにも理解できるようにそう説明した。


「……その話とお前の推理を総合して考えると、一年前の“死人”事件の黒幕と、『アンブラ』のバックにいる“あのお方”というのは同一人物ということか?」

「ああ。私はそう考えている」


 ヤスケの問いをダレイオスは肯定した。非道な組織の存在を暴くだけのつもりであったが、ずいぶんと大きな獲物が連れることになってしまった。だが、ダレイオスにとってそれはこの上ない僥倖であった。


「私はその黒幕を追っている。そいつは私の身に起きたことの真相を知る者かもしれないからだ。今回の件で、その黒幕への調査の幅が広がるかもしれない」


 少しばかり興奮気味のダレイオスだったが、そこへアレシャが水を差す。


『でもさ。結局『アンブラ』へ近づく情報はゲットできなかったじゃん。それじゃあ『アンブラ』から黒幕まで辿っていくのは無理でしょ?手がかりのしようもないと思うんだけど』

「…………それは、そうかもしれんな」


 ダレイオスはみるみる内にしょげてしまった。アレシャが何か余計なことを言ったのだろうとアステリオスは察した。話題を変える意味でも、アステリオスは一つの警告を発する。


「今回の件で『アンブラ』という組織は間違いなく大きな痛手を被った。そしてレイヴンが蘇る以上、その原因がわたしたちだということは黒幕へ伝わるはずだ。あれから一年近く動きを見せていなかったが、これを機にわたしたちを狙ってくる可能性は大いにある。そもそも、その黒幕の狙いはダレイオスだったはずだ。十分に警戒しなくてはならないだろう」


 アステリオスの言葉にダレイオスは気を持ち直し力強く頷く。だが、相手が長い間何も仕掛けてこなかったのは何かしらの理由があるはずだ。『アンブラ』の件だけを理由に攻めてくることはないだろう、とダレイオスは踏んでいた。仕掛けてくるなら、相手の準備が終わったときだ。それまでに相手の手がかりを掴みたい。ダレイオスはそう考える。

 しかし、結局アレシャの言った通りだ。『アンブラ』から情報を引き出せなかった以上、今できることはランドルフへ情報を渡してダメ元で調査を頼むことだけである。

 ただ、もし本当に相手が手を出してくるなら、それはダレイオスにとってはチャンスになる。黒幕の情報を得るためのだ。どちらにせよ、ただ脳天気に過ごしているわけにはいかないとダレイオスは心の内に留めておく。

 浮かれた話しも無く、だんだんと空気が部屋の空気が重くなってきたその時、ギンジロウが大きくあくびをした。


「ふぁ〜あ——っと、すまねえな」

「……さすが親父だな。緊張感がまるでない」

「緊張感だ?」


 ギンジロウはヤスケの言葉に首をかしげる。そして彼は自分の胸を力強く叩いた。


「確かに相手は何やら厄介な連中のようだ。これからのことが気になるのも当然だろうが、今回の件については大勝利だって胸を張って良いんじゃねえか?なんてったって、あんたらはあんなとんでもない連中から俺を守ってくれたんだ。お前達のおかげで、俺はこうして生きている。それで十分だろ」


 そしてギンジロウは陽気に笑った。それは少々楽観的な考えにも思えた。しかし、皆それに一様に笑みをこぼした。そう。彼らは今夜、暗殺者集団から依頼人の命を守り抜いたのだ。『アンブラ』の情報こそ得られなかったものの、これ以上ない成果であった。どうやら今夜はゆっくりと眠ることができそうだ。


「よし!それじゃあ祝杯でも挙げるか!酒をもってこい!」

「それも良いですわね。では私も——」

「ヒルデは座ってろ。ていうか寝ろ」


 ダレイオスに諭され、クリームヒルデは不服そうに頬を膨らませた。

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