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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
105/227

16 ライトアップ

 未だ明かりの消えているモロクの街。その裏路地で物陰に潜む黒い衣装の男たち。『アンブラ』の構成員らだ。作戦行動開始時は八人だった彼らだが、今はサポートメンバーを加えて全員で十二人いる。彼らは得意の術を使わず、息を潜めていた。彼らの警戒の対象は他でもない、暗殺のターゲットである鍛冶屋のギンジロウだ。彼の存在が目障りだという名の知れた別の鍛冶師からの依頼である。「醜聞が立つことだけは絶対に避けろ」という依頼人からの面倒な要求に、リーダーが悪態をついていたのは彼らの記憶に新しい。

 今になってこんなことを考えているのは、一種の現実逃避というものだろう。彼らは今、想像だにしていなかった劣勢に立たされているのだ。彼らは得意の術を使っていないのではない。術を使うことができないのだ。全幅の信頼を置いていた最高の暗殺道具の使用を封じられ、まだ年若く経験の浅い彼らは内心戸惑いを覚えていた。

 つい数十分前。彼らは消えたと思っていたターゲットを発見し、仕事を終わらせようとしていた。ターゲットの護衛は二人。腕は立つようだが、『アンブラ』は十二人。更に闇の中に潜んでいて常人に捉えることは不可能である。彼らの頭に失敗の可能性は存在していなかった。ただ冷静に任務を遂行することだけを考えていた。しかし彼らの目の前に居た白髪の少女は余りにその想定を上回った存在だったのだ。

 集結した『アンブラ』構成員が影から飛び出し襲撃しようとしたその瞬間、ターゲットのすぐそばまで移動していた『アンブラ』の一人が突然胸倉を掴まれたのだ。別空間に潜むはずの彼らの術を無効化し、少女の左手がその男を引きずり出す。


「『デートラヘレ』」


 その言葉で『アンブラ』の男はがくりと膝をついた。彼は咄嗟の判断で再び影へ潜もうとするが、術の発動が上手くできない。戸惑いつつも慌てて少女からの追撃に警戒するが、少女は男を無視し、またしても見えないはずの他のアンブラを影から引きずり出していた。そこからはまさに無双。次から次へと『アンブラ』を引きずり出しては地面へ投げ捨てていく。ちぎっては投げ、ちぎっては投げとはこういう状況のことを言うのだろう。彼らにそれほど外傷はなかったが、皆一様に術を使うことができなくなっていた。それもそのはず、『デートラヘレ』は相手の魔力を吸収する術。それによって自身の持つ魔力量が急激に変化すれば、それを管理するのが難しくなり魔力を練り上げにくくなるのだ。もっとも、魔術を使いこなしている人間ならばそれに対応することも当然できるのだが、ただ魔術を与えられた道具として用いているだけの彼らにそれは不可能であった。結果彼らは術を封じられることとなり、ただ物陰に潜むしかなくなってしまったのだ。


「あの白髪の女がどこかへ行ってくれたのは運がよかった。仲間からの通信を聞いていたから、リーダーのところへ向かったんだろう」

「ああ、だろうな。しかし俺たちの姿を見抜くとは、どんな術を使ったんだ」


 ターゲットから離れたところに潜む『アンブラ』の男二人が小声で会話する。ただ、どんな術と言われてもダレイオスはそんなもの使っていなかった。ダレイオスが頼りにしていたのは、殺気。『アンブラ』たちが放っていた強い殺気を彼は敏感に感じ取り、その居場所を察知したのだ。日頃の鍛錬を怠り殺気のコントロールができていないのか、それとも二度目の失敗は絶対にしてはならないというプレッシャー故か。どちらにせよ、歴戦の『魔王』たるダレイオスにとってはその垂れ流しの殺気を感じ取るのは難しいことでは無かった。

 そうした会話で状況の確認をしていると、彼らの背後から声がかかる。


「全員配置に着いた。準備完了だ」

「了解」


 二人は会話を止め、仕事へ集中する。今、ターゲットであるギンジロウはアステリオスの甲冑を着て路地の壁を背にして立っている。その前で槍を構えているのはヤスケだ。その目からは強い殺気が見て取れる。『アンブラ』たちはなんとか任務を遂行しようと、術なしでの暗殺を決行しようとしていた。十二人の構成員は既に所定の位置に控えている。ギンジロウとヤスケは周囲をすっかり包囲された状況にあるわけだ。術が無くとも二対十二。ダレイオスがいなくなった今なら勝機は十二分にあると踏んでいた。

 そして、全員の位置が確認できる場所にいる『アンブラ』の一人が手で小さく振る。襲撃の合図だ。彼らは得物を手に、一斉にターゲットへ飛びかかる。ある者は正面から、ある者は側方から、ある者は頭上から。彼らの狙いはギンジロウ、ではなくヤスケだ。将を射んと欲すればまず馬を射よ理論である。護衛さえ始末してしまえばターゲットを殺るのは難しくない。しかし、その馬は相当な暴れ馬であった。


「やっと来たか。お前達から仕掛けてくるのを俺はずっと待っていたぞ!」


 ヤスケが手にした槍を放り投げた。それは『アンブラ』の一人へ突き刺さろうとしていたが、短剣で弾かれる。『アンブラ』はその攻撃に失笑するが、勿論それで終わりではない。


「『妙技・武乱神楽』!」


 ヤスケが両手を開いて突き出すと、その掌の魔法陣が強い光を放った。そしてそこから剣、槍、斧、鉈、槌、棍棒、鍋、鎌、針、あらゆる武器が大量に出現し、自らに迫る『アンブラ』たちへ掃射された。まさに荒れ狂う武具の雨。襲撃者たちを狙い澄ましたものではなく、無差別な大規模攻撃だ。彼らはそれぞれの得物で迫りくる武器をはじいていくが、容赦なく襲いくる暴力に彼らは巻き込まれ次々と地に伏せていった。


「クソ、退避だ!身を隠せ!」


 ヤスケから距離があったために攻撃から逃れた構成員は再び隠れ様子を窺うしかなかった。彼らは警告を呼びかけるための襲撃の際、ヤスケと軽く手合わせをしていた。それで彼の実力の程を知った気になっていたのだろう。能あるヤスケは爪を隠していたのだ。ヤスケの技は全方向への殲滅攻撃。壁に背を向けているせいで唯一の死角である背後を狙うこともできない。術を使えない『アンブラ』に攻め手は無いに等しかった。


「相変わらず凄えな。さすが俺の息子だ」

「ひい、ふう、みぃ……ちっ、七人か。残りは確か、五人だったか?さっさと来いよ」


 倒れる『アンブラ』の人数を数え、ヤスケは挑発の言葉を投げる。『アンブラ』は舌打して憤りを見せるが、それに乗ることは無かった。


「どうする、攻め込むのは無謀だぞ」

「……俺たちではもう無理だ。リーダーの手を借りるしか無い。俺たちも無事ではすまないだろうがな」


 一人の提案に他の四人は賛同するしかなかった。すでに任務に成功はない。待つのはリーダーからの粛正。だが、逃げるという選択肢は彼らには存在しなかった。そんなことは不可能だと彼らは教え込まれていたからだ。彼らにとってリーダーであるレイヴンはそれほどに絶対的な存在であった。

 故に彼らは与えられた任務のためにできる最良の選択をとる。撤退だ。彼らはヤスケに気づかれないように暗がりへ足を向ける。


「どこへ行く気だ」


 突然聞こえた低い声。彼らはその声の出所を探すが、そんな時間すら与えられはしなかった。上方から飛び込んできた黒い巨体が彼らに直撃し、壁へと叩きつけた。


「あ、がはっ!」


 呻き越えを漏らして、彼らは意識を失い地面へと崩れ落ちた。その巨体の持ち主、アステリオスは柔らかに地面に着地して周囲を見渡す。すると、近くにギンジロウとヤスケの姿を見つけた。軽く手を挙げて声をかけようとする。


「ああ、よかった。無事みた——」


 アステリオスの顔を飛んできた斧が掠め背後の壁に突き刺さった。無論、ヤスケが投げたものである。


「お前、何だ、何者だ!その手を下ろせ!」


 敵意むき出しのヤスケの言葉にアステリオスは少し落ち込みつつも納得し、身体強化を解く。彼の身体は徐々に萎んでいき、元の人間サイズへと戻った。それでヤスケはようやく理解したようだ。


「あ、アステリオスか!悪い、てっきり魔物の類いか何かかと……」

「気にするな、無理もない。それよりダレイオスに頼まれて応援に来たのだが、どうなっているんだ?」


 さすがに人が集まってくる気配があったので、三人は急いで気絶した『アンブラ』をふん縛る。そして一度場所を変えてからそれぞれの状況を簡潔に説明し合った。ヤスケはダレイオスと違ってクリームヒルデからの通信を聞いていなかったので、アステリオスから聞いたレイヴンの能力には驚きを隠せなかった。


「おいおい、そいつだけあまりにも別格すぎるだろ。大丈夫なのか?」

「どうやら対抗の術はあるようだった。わたしたちの自慢の団長様だ。必ず何とかしてくれるはずだ」

「おう、そうだな。俺の最高傑作を預けてるんだ。それくらいしてくれねえと困るぜ!」


 笑いながら口にしたギンジロウの言葉に、二人とも頷きを返した。



「……なるほど、その術ならば確かに行けるかもしれんな」

「ですが未だ試作段階の術でして、必要する魔力がべらぼうに多いのですわ。今の私の魔力量ではとてもではありませんが発動するのは——敵、右ですわ!」


 クリームヒルデの警告と同時にレイヴンが二人へ向けて飛び出してきた。なんとか避けることができたが、ダレイオスのすぐ横の屋根が大きくえぐり取られていた。


「よく動くな!だが、そう何度も避けられるほど俺は甘くないぞ!」


 そうあざ笑い、レイヴンは再び闇の中へと消え去った。彼の言う通り、余力はそれほどない。先ほど参戦したダレイオスと違い、ずっと戦っているクリームヒルデはかなり消耗していた。


「もうヒルデの言う術しかないか。だが、魔力の供給をどうするか……」


 ダレイオスとクリームヒルデは頭を悩ませていると、そこへアレシャが手を差し出した。


『そうだ、魔力灯だよ!街中の魔力灯を点灯させてるんだから、そのエネルギー源になるものがあるはず。たぶん魔力を溜めたタンクみたいなのが……』

「それはどこにある!」

『市街地のど真ん中!ヒルデちゃんなら場所を知っているはずだよ!』


 ダレイオスがすぐにそれを伝えると、クリームヒルデはその手があったという驚きを見せ、すぐさま走り出した。街の魔力灯の多くは未だ消えたままだが、その魔力灯を消したのはクリームヒルデだ。彼女はそのエネルギー源と街中へ渡る魔力を供給する管の根元を断つことで街中の明かりを一斉に消したのだ。だから、彼女はその魔力タンクの存在と在処を知っていた。真っ直ぐに目的地へと屋根を伝って駆け抜ける。

 市街地は既に明かりが戻りつつあったが、明かりの下で享楽する民衆は屋根の上の暗闇を行く彼らに気づきはしなかった。レイヴンは闇に潜んだままダレイオスらの後を追う。しかし飛行している彼の移動速度はダレイオスたちよりも遥かに速かった。


「ダレイオス、後ろから突っ込んできますわ!」

「くそ!」


 クリームヒルデは一旦闇の中へ逃げ込み、ダレイオスは上体を反らしてその突進をなんとか退けるが、アレシャの長い髪が僅かに巻き込まれて消滅した。


「うあっと、すまんアレシャ!」

『は、禿げなきゃいいから今は急いで!』


 ダレイオスはその言葉に返事する間もなく隣の屋根へ飛び移る。その隣に再びクリームヒルデが姿を現した。二人揃って魔力タンクの元へ駆ける。


「魔力灯を灯す気か……?俺の逃げ込み先を減らす気かも知れないが、その程度では無駄だぞ!」


 そしてレイヴンは高度をぐんぐん上げていき、闇の中へ姿を消した。次の瞬間、クリームヒルデが焦りを見せ警告を発する。


「急降下してきていますわ!凄いスピード、避けきれない……!」

「だったら、避けなければいい!」


 ダレイオスがぐりんと振り返り足を踏み込んだ。直後、その眼前に巨大な烏の影が姿を現した。


「消し飛べ!」

「馬鹿言うな!『デートラヘレ』!」


 ダレイオスが大きく振りかぶり、レイヴンの嘴にストレートをぶつけた。勢いの乗った両者の一撃は拮抗するが、ダレイオスのパワーが僅かに上回った。拳を振り抜き、レイヴンは後方へはじき飛ばされる。


「ぬおっ!」

「私を舐めるなよ!行くぞ、もうすぐだ!」


 焦るダレイオスはクリームヒルデを小脇に抱え、大きく跳躍した。そして街に張られた魔力灯のぶら下がった管に着地し、その上を器用に駆けぬける。体勢を持ち直したレイヴンは再び高度を上げ、走るダレイオスに狙いを定めた。


『ダレイオスさん、アレだ!』


 アレシャの言葉でダレイオスも気づく。彼の目の前には、広場の中央にそびえる数多くの管が集まる背の高い塔があった。彼の走る管もそこへ繋がっている。


「あれに間違いないか、ヒルデ!」

「はい、あそこに魔力が——っ!レイヴン、上から来ますわ!」


 ダレイオスは踏みだした足に力を振り絞ると、それを頼りに力一杯跳んだ。間一髪回避に成功し、レイヴンの突進は市街地の建物の一部を削りとるもダレイオスたちを仕留めることはできなかった。夜の闇に溶け込むレイヴンの姿に人々は気づかなかったが、さすがに異変を感じて少しずつざわめきが起こり始める。


「くそ、少しやらかしたか。だがもう逃げ場は与えんぞ!」


 空中に滞空したレイヴンは再びダレイオスと対峙する。彼は塔の頂上で腕を組んでレイヴンを見据えていた。しかし、クリームヒルデの姿はそこに無かった。どこへ行ったのかとレイヴンが疑問に思っていると、塔の足下から黒い何かが姿を現した。それは塔の壁を這い上り、ダレイオスの元へと向かう。その正体は小さな羽を持った蛇だった。それはダレイオスの左腕へ巻き付くと、自らの尾に噛みつく。


「私の開発した魔術、『ウロボロス』ですわ」


 塔の内部から聞こえていたその声の主は、影を伝って移動しダレイオスの隣に姿を現した。レイピアを携え強い敵意をレイヴンへ浴びせる。


「ヒルデ、成功か?」

「はい。この塔まるごと魔力のタンクになっていました。魔力は十二分に供給できましたわ」


 レイヴンは相手の思惑通りに事が進んでしまったと察し苛立つ。だが、そこまでして発動したクリームヒルデの術、『ウロボロス』は全く動きを見せなかった。


「その術がお前達の秘策のようだが、俺にはいつもの影の実体化と何の違いも無いように見えるがな」

「それは当然でしょう。これは単体では意味をなさない術なのですから。焦らずともすぐにお見せいたしますわ!」


 クリームヒルデがレイピアを掲げると、塔の周囲に落ちる影がゆっくりと起き上がった。長く伸びた影は八つに分かれ、それぞれから鋭い眼光を持つ蛇の頭が現れる。圧倒的な威圧感を持った大蛇だ。ダレイオスとクリームヒルデはその蛇の頭に飛び乗った。


「これはまた大がかりな術だな」

「『ヤマタノオロチ』。私の実体化できる影では最高のものですわ」


 街の人々は突如現れた塔と同じ程の大蛇に驚き戸惑い逃げ惑う。祭りに浮かれる街に突然現れた非常によって、少しずつ周囲に混乱が波及し始めていた。アレシャはその自体を穏やかでなく思う。


『ダレイオスさん、これ以上騒ぎになる前にケリをつけなきゃ!』

「ああ、行くぞ!『デートラヘレ』!」


 ダレイオスの左のガントレットが光を放ち、魔術が発動する。するとそれに共鳴するように、かれの腕に巻き付いた蛇が光を放ち始めた。


「何をする気か知らないが、馬鹿でかい影も俺の前では無力だ!」


 レイヴンが翼を大きく広げダレイオスへめがけてまっすぐに突進してくると、ダレイオスは『ヤマタノオロチ』の頭に左の手をついた。すると彼の左腕の『ウロボロス』の頭が『ヤマタノオロチ』へカプリと噛みつき、ガントレットの光が『ヤマタノオロチ』への頭から身体へと伝播する。そして『ヤマタノオロチ』の全身は紫の光を纏った。


「今度こそ消し飛ばしてくれる!『ニヒル』!」


 レイヴンはダレイオスの元へ到達し、その漆黒の身がダレイオスへ触れようとする。しかし、ダレイオスはレイヴンへ反撃しようという動きを見せなかった。にもかかわらず、レイヴンは何かによって大きくはね飛ばされる。それは他でもない、『ヤマタノオロチ』の頭突きによるものであった。


「何……?何故、ただの実体化した影が俺に触れることができるんだ!」


 レイヴンが困惑を言葉にすると、クリームヒルデは得意げにレイピアの切っ先を突きつけた。


「『ウロボロス』は魔術の及ぼす効果を増幅し、別の対象と共有する魔術ですわ。他者へ力を分け与えるなど、人を人とも思わないあなたには思いつきもしないものでしょうね。『アンブラ』から離れ、独力で術を研究したからこそ生み出せた私だけの魔術です」

「なめた口をききやがって……。それは俺がお前に劣ると言いたいわけか?」

「滅相も無い。“私”だけならあなたには到底及ばないでしょう。ですが、“私たち”ならば話は別ですわ」


 クリームヒルデがニッコリと笑うと、『ヤマタノオロチ』は彼女とダレイオスが乗る以外の六つの首をレイヴンの方へ向けた。その一つ一つが巨鳥の姿をしたレイヴンと同じ程の大きさがある。しかし、レイヴンの目には絶望は映らない。彼はギャアッと大きな声で鳴いた。


「これだけの失態は『アンブラ』が活動して以来、初めてのことだよ。これまで派手なことは抑えてきたが、こうなりゃもう話は別だ!あの人も分かってくれるだろう」


 そう口にすると、彼の翼に白い炎が灯った。それはやがて彼の全身を覆いレイヴンは影とは真反対の、太陽とも言える姿へと変化した。そして次の瞬間、彼の姿がダレイオスの視界から消失した。


「消えた!速い!」

「逃がしませんわ!」


 クリームヒルデが『ヤマタノオロチ』を操り、その六つの首がレイヴンを捉えんと伸びる。その頭はレイヴンへ向けて次々と食らいつくが、レイヴンの高い飛行速度を捉えるのは難しい。猛攻の間をすり抜け、レイヴンはダレイオスへと接近していく。


「どうした!万策尽きたか!」

「まさか!アレシャ、交代するぞ!」

『オーケー!』


 レイヴンがダレイオスの周囲を旋回しつつ彼の背後から突進してくると、『ヤマタノオロチ』の纏う光が消えた。それをレイヴンが不穏に思うと、ダレイオス、いや、アレシャが左手に素早く魔法陣を展開した。


「『烈風鳥(ゲイルクリロ)』!連射!」


 彼女の魔法陣から風を纏った鳥が幾羽も出現し、レイヴンへ一斉に飛びかかる。しかし彼は上昇してそれを悠々と回避した。


「こんなもの食らうものか!」

「余裕こいてると、はい後ろ!」


 レイヴンが反射的に後方へ意識を向けると、そこには何もなかった。アレシャのブラフだ。レイヴンもそれにすぐさま気づくが一瞬の隙があれば十分だ。彼の上方、下方あらゆる場所からアレシャの放った鳥が音速でせまっていた。レイヴンは羽ばたきでそれらをかき消そうとしたが、効果は無い。


「くそ、こいつも魔力吸収の効果があるのか!」

「そういうこと!威力には結構自信があるよ?」


 レイヴンは何とかその包囲を抜けようとするが、一羽の鳥が右の翼へ直撃した。強い衝撃波が発生し、彼の身体は吹き飛ばされる。残った翼で体勢を戻そうと努め、急いでもげた翼の再生にかかる。が、『ヤマタノオロチ』がその隙を逃さなかった。


「さあ、食いちぎっておしまいなさい!」


 レイヴンの再生と体勢の立て直し。それよりも大蛇が襲いかかる方が遥かに早い。レイヴンの残った翼、頭、身体、至る処が『ヤマタノオロチ』に食いちぎられた。彼の姿は巨大な烏から元の人の形をした影へと戻り落下する。しかし、形態変化が解けただけでレイヴン本人への致命傷にはなり得なかった。レイヴンは屋根へ着地するとその手に魔法陣を展開し始める。


「この俺をここまで……。だが、まだ俺にも手が——」

「いや、ここで終わりだ!」


 レイヴンがその声のする方へ視線を向けると、『ヤマタノオロチ』の首に乗り急接近する白髪の少女の姿があった。彼女はそこから大きく跳躍すると、レイヴンへ真っ直ぐに向かう。レイヴンは急ぎ展開していた魔法陣を向けるが、ダレイオスは右の拳でその魔法陣を叩き割った。


「ば、馬鹿な!」

「私の前で悠長に魔法陣を展開することはできんぞ。さあ、歯を食いしばれ!」


 ダレイオスがレイヴンの目の前へ着地し、足をギリッと踏みしめる。レイヴンは咄嗟に腕を交差してガードの体勢をとるが、そんなもので防ぎきれるほど『魔王』の一撃は甘くは無い。文字通り魂の籠もったダレイオスの左拳はレイヴンの腕をへし折り、彼の胸へ深くえぐりこまれた。


「ぬおおおらあっ!」

「っっっっっっっぁあ!」


 声にならない悲鳴とともにレイヴンの身体は吹き飛ばされ、そして市街地中央の塔へと突き刺さった。魔力タンクから魔力が漏出し、魔力を供給する管に大量の魔力が注がれていく。街中の魔力灯が凄まじいまでの光を発し、街を、ダレイオスらを、レイヴンの意識と共に崩れゆく塔を、眩く、明るく照らし出した。


「『アンブラ』、か。影に生きる者にしてはずいぶんと派手な結末じゃないか」


 ダレイオスがそう呟くと、クリームヒルデは微笑み同意を示した。

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