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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
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15 烏

 腹を押さえながらレイヴンはよろよろと立ち上がる。ダレイオスの一撃が加えられたその場所だけは黒い影が晴れ、彼の生身の肉体が見えていた。


「俺の身体に何をした……!いや、それよりも他の『アンブラ』はどうしたんだ!」

「さっき言っただろう、『期待外れだった』と。どいつもこいつも便利な術に固執して鍛錬を疎かにした若輩ばかりだった。私の敵にはなり得ないな」

「……元々使えない奴らだったが、ここまでだったとはな。まあ、元々粛正するつもりだった。手間が省けたよ」


 レイヴンの言葉をダレイオスは聞き流しつつ、片方の拳を解いてクリームヒルデへ差し出した。クリームヒルデはぽかんとした顔でそれを見つめていた。


「何を呆けている。ここからが正念場だぞ。あいつと戦うにはお前の力が必要だ。やってくれるよな?」


 この『魔王』は、再び戦いを放棄しようとしていた自分をまだ見捨てようとしていないのか。自分を信じてくれているのか。クリームヒルデはそう思う。当然のように差し出されたその手を見て、彼女は無様にへたり込む自分の姿に怒りすら覚えた。その手をとって勢いよく立ち上がる。


「勿論ですわ。あのクソ野郎を叩きのめすまで私は負けるわけにはいきませんもの」

「よし、その意気だ」

『頑張ろうね、ヒルデちゃん!』


 クリームヒルデが再びレイピアを構えると、そこにアステリオスがダレイオスの隣にズシンと着地した。いきなり現れた巨体にダレイオスは少しだけ驚きつつ、彼に状況を確認する。


「あいつの能力についてはある程度把握している。ヒルデが通信を入れたままにしてくれていたからな。アステリオスはあとどれくらい戦えそうだ?」

「もう限界が近いな。それほど長くは持たんだろう」

「よし、ならお前はヤスケの応援に向かってくれ」


 小声でそう告げたダレイオスに、アステリオスは驚きの表情を見せる。先ほど、『アンブラ』は全員倒したという旨の発言をしていたからだ。アステリオスの疑問に答えず、ダレイオスはアステリオスに早く行くように促す。


「状況は行けば分かる。それほど切羽詰まっているわけではないが、適材適所というやつだ。頼んだぞ」

「……分かった。任せたぞ」


 アステリオスはそう残し、闇夜の中へ消えていった。レイヴンはそれを追いかけもせず、簡単に見逃した。


「こちらとしては有り難いが、見逃していいのか?」

「俺にとって脅威となり得るのはお前だけだ。お前を消せば、後はどうにでもなる」

「それもそうか」


 ダレイオスが納得の呟きをこぼすと、レイヴンとダレイオスは再び対面し互いに臨戦態勢をとる。その隣でクリームヒルデも剣の柄を強く握りしめる。その顔に緊張の色は見えるものの、戦いの意志は確かに宿っていた。

 二人の少女と対峙しながら、レイヴンは考える。先ほどの打撃は確かに自分の姿を捉えていた。だがそれは実体のない敵に攻撃しているというわけではなく、自分の実体を引き戻して攻撃しているようであった。攻撃を食らった場所だけ肉体が戻ってきていたからだ。つまり相手が持っているのは術の解除法。そしてレイヴンはある一つのものが、その術を発動するために必要なのではないかと推測を立てていた。それは白髪の少女の左腕で薄い紫の光を放つガントレットだ。

 最初にレイヴンが受けた二連打。一打目は攻撃を防ぐためのもので、特に違和感はない。しかしその後の追撃の二打目は、突きだしていた左腕を態々引き戻してから再び左腕で放たれたものだった。右腕も両足も空いているのにだ。その不自然な攻撃から、少女の左腕だけが自分に有効打を与えられるのだとレイヴンは結論づけた。となれば恐れることはない。レイヴンはそう考え、黒く塗りつぶされた顔をゆがめる。


「お前の実力は確かなようだ。だが、その年ではそれほど多くの修羅場もくぐっちゃいないだろう。経験の差というものを思い知らせてやる」


 レイヴンは拳を構えると高速で接近してきた。物理法則を無視した、実体を持たぬが故の動きだ。狙いはクリームヒルデ。ダレイオスの右側に控える彼女めがけてその拳が振り抜かれた。が、その拳はダレイオスによって受け止められた。彼の、左手でだ。それはレイヴンの推測を確信へ変える。レイヴンはそこから脚を振り上げ、ダレイオスへ回し蹴りを放った。ダレイオスは舌打ちしてレイヴンから手を離し、その蹴りをかわした。レイヴンはそこへ更に追撃の拳を加えようとするがクリームヒルデが影を操って壁を張り、それを防いだ。

 しかしレイヴンは攻め手を緩めない。レイヴンは一度影へ溶け込むと瞬時にダレイオスの右側へと回り込んだ。ダレイオスは腰を落とし左の拳を真っ直ぐに突き出す。強烈な一撃に少しばかり焦りつつもレイヴンはそれを回避し、一瞬でダレイオスとの距離を詰めた。ダレイオスは左腕で身を庇いつつ距離をとる。レイヴンは逃すまいと足下から黒い影を伸ばしダレイオスを狙い撃つ。その攻撃も右側からの攻めだ。この状況ではさすがに攻めに転じることは難しい。


「だったら、ヒルデ!」

「了解しましたわ!」


 クリームヒルデが地面にレイピアを突き立てると、レイヴンを囲うように黒い壁が出現し彼をその中へ閉じ込めた。それでダレイオスへの攻撃の手は一瞬止まるが、レイヴンによって壁はすぐに消し飛ばされた。ダレイオスはその間に体勢を立て直し両者仕切り直しになる。


「さっきまでの威勢はどうした?まるで俺に当たってないが」


 レイヴンが煽るような言葉を吐き、ダレイオスは歯がみする。ダレイオスは相手の攻め方から自分の攻め手について既に知られているのだと察していた。

 彼の左手のガントレット。そこには彼のかつての臣下、ヘリオスの魂が封印されている。ダレイオスはそのヘリオスの力を借りて、レイヴンの術に対抗していた。ヘリオスの編み出した魔術『デートラヘレ』は相手の魔力を吸収し自らのものとする術である。彼の魂に宿る魔力を媒介してダレイオスはその術を自分のものとして操っているのだ。今のレイヴンは人間とは言い難い存在だが、元はただの人間。魔術を使って姿を変えているにすぎない。ならば魔力を吸い取り魔術の発動を妨害すれば術は解け、レイヴンに実体を戻すことができるというわけだ。ダレイオスはその仕組みをクリームヒルデへ簡潔に説明する。


「わかりました。では、私はダレイオスの右側をカバーすればよろしいのですね」

「頼む。ただ、あいつの術は触れれば即アウトだ。身の安全を最優先にしてくれ」


 以前同じような相手を前にして、仲間の一人が片腕を失った。ダレイオスはそのような事故を二度と出したくなかった。クリームヒルデもその思いを知っている。彼女は「約束する」と頷き、実体化させた影を自分の周囲に集め始めた。だが、戦闘態勢に入ったのはレイヴンも同じだった。


「多少加減した攻撃では弾かれてしまうな。なら、もう少し攻撃の手を強めてもいいかもしれないな」


 レイヴンが地に手をつき四つん這いになると、その背に巨大な翼が広がった。それだけではない。影はメキメキと姿を変え、人から次第にかけ離れていった。そして姿を現したのは巨鳥。漆黒に塗りつぶされた巨大な烏だ。鋭い鉤爪を備えた三本の脚がえも言えぬ異質さを放っていた。


「形態変化『ヤタガラス』。実体を捨てればこういうこともできる。すぐに楽にしてやるさ」

「いよいよ本物の化け物になったか。だが冒険者ってのは魔物狩りが得意でな。むしろやりやすくていい」


 ダレイオスの余裕の言葉に苛立ちを覚えつつ、レイヴンはしゃがれた声で大きく鳴いた。翼を広げ空中へ飛び出すと、ダレイオスらへ向けて急降下してきた。二人が跳んでよけると、その場に矢の如く鋭い嘴が突き刺さった。そしてその周囲が瞬時に消滅する。先ほどはレイヴンの操る影が触れている場所しか消すことはできなかったが、それよりも効果範囲が大きく広がっていた。どうやらあの烏の姿は見せかけだけではないようだ。


『や、やばいって!触れるどころか近づいただけでもアウトじゃないのこれ!?』

「だが、やつに攻撃するには左手で触れるしかない。やるしかないだろう!」


 ダレイオスがレイヴンへ駆け込むと、レイヴンは迫るダレイオスへ向けて翼を羽ばたかせた。実体はないため風は起こらないが、それに吹き飛ばされるように地面の一分が削られ消滅した。ダレイオスは跳躍して、その羽ばたきに捕まらずレイヴンの頭上へ位置する。しかしレイヴンはダレイオスを逃がしはしない。烏は空中にいるダレイオスへ向けて足の鉤爪を振り抜いた。ダレイオスは左手でそれを防御すると手刀で足を叩き切る。しかし、レイヴンの足は三本ある。間髪入れず次の足が迫る。ダレイオスは内の一本を掴み引きちぎるが、その隙にもう一本の足がダレイオスの背を切り裂こうとしていた。


「ダレイオスをお守りしなさい、『ヴァスキ』!」


 クリームヒルデの声に呼応して闇の中から姿を現したのは、長い体躯を持つ大蛇だ。『ヴァスキ』と呼ばれたそれは素早くレイヴンの前へ飛び込み、ダレイオスを口に咥えてレイヴンから引き離した。レイヴンの攻撃は空をきる。『ヴァスキ』はそのままクリームヒルデの元へ戻りダレイオスを吐き出した。


「すまん、助かった。蛇に咥えられるのはあまり気持ちのいいものではなかったがな」

「そう言うなら次は丸呑みにさせますわよ」


 軽口をたたき合いながらも二人はレイヴンから視線を外さない。ダレイオスが消し飛ばしたレイヴンの二本の足は既に元通りになっていた。魔力の一部を吸い取ったところでレイヴンの術を完全に解くことはできないようだ。なおも圧倒的に優位な状況にあるレイヴンはダレイオスたちをあざ笑うように話す。


「どうやら、お前達にこれ以上の手はなさそうだな。さすがに、これ以上時間をかけるわけにもいかない。そろそろ終わりにしよう」


 レイヴンが翼を大きく広げ、しゃがれた声で一鳴きする。強い殺気を放つその姿から、終わりにするという言葉に偽りはないのだろうとダレイオスは感じ取る。

 そして、レイヴンは翼を開いたその状態で真っ直ぐに突進してきた。ダレイオスはそれを迎え撃たんとカウンターの構えをとるが、レイヴンはダレイオスの目の前で解けるように消滅した。


「消えた……。いや、これは影の中に逃げ込んだのか!ヒルデ!」

「はい!あいつの居場所……これは、下です!」


 二人が飛び退くと、その足下からレイヴンが勢いよく飛び出し飛翔した。レイヴンはそのまま上昇し再び姿を消す。ダレイオスはレイヴンの動きに舌打ちする。相手は高速で飛行しながら影に溶け込み、死角を狙って攻撃を加えるという戦法をとっていた。一撃でも当たればその時点で終わりである以上、極めて厄介な戦法と言える。


「アレシャ、魔力感知は使えるか?念のため、お前も周囲を警戒していてくれ」

『了解!』

「また突っ込んできますわよ!……でも、そう何度も避けるのは難しいですわね」


 周囲を探りながらもクリームヒルデが苦言をこぼす。それにはダレイオスも同感であった。レイヴンへ対する攻撃手段を持っているというだけでは、この状況を打破するのは難しい。何か一つ効果的な策が必要であった。


「ヒルデ、何かないか?何でもいい。少しでも可能性があるなら教えてくれ」

「……一つだけ、ありますわ。とっておきの術が、一つだけ」

「とっておき、か。それは何とも素晴らしい響きだな」


 ダレイオスがそう呟いた次の瞬間、彼の右方向からレイヴンが姿を現した。『ヴァスキ』がその前に飛び出して盾になるが、レイヴンに触れるや否や一瞬にして消失した。しかし、その隙にダレイオスはクリームヒルデを抱えて隣の屋根へと飛び移っていた。


「ヒルデ、さっき言ってた術について教えてくれ。あいつにどうケリをつける気だ」

「ダレイオスが昨夜言った通りですわ。私たちは一人で戦っているのではないのです。勝機はそこにあります」


 首をかしげるダレイオスの小脇に抱えられたまま、クリームヒルデがどこか得意げにニヤリと笑った。

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