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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
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14 望みは絶たれる

 レイヴンであると思われる影は二人へゆらりゆらりと歩み寄ってくる。あまりにも得体の知れない存在に、クリームヒルデは剣をむけつつも攻撃を躊躇してしまう。人間としての本能が今のレイヴンを受け入れがたいものとして認識していた。それが表情に出てしまっていたのか、レイヴンが小さな笑い声を上げる。


「さっきまではいい顔してたのにどうした。脅えが見えるが?」


 彼はそう口にして頬をゆがめる。いや、彼の顔とおぼしき部分にもはや顔とよべる要素は存在せず、そう見えたと言う方が正しいだろう。その不気味な姿にクリームヒルデは自分の剣を握る手が震えているのを感じていた。空いた片手でそれを押さえつけ、クリームヒルデは再び闘志を振り絞る。


「アレに接近するのは危険ですわね。あまりにも得体が知れませんわ。アステリオス様は一旦待機をお願いできますか?」

「ああ。身体強化を維持できる時間にもまだ余裕がある。頼んだ」


 アステリオスが上空へ跳ぶと、クリームヒルデは周囲の暗闇を自分の元へ集め始めた。そしてそこから黒い大蛇の頭がレイヴンへと伸びる。彼はそれに対して一切の反応を見せず、蛇はレイヴンの姿ごと屋根を噛み砕いた。しかし、それで終わったわけがない。レイヴンは何事もなかったかのようにただ悠然とクリームヒルデへ向かって歩んでいた。攻撃の狙いは正確であったが、ダメージと呼べるようなものは一切見られなかった。クリームヒルデは舌打ちして今度は多数の蛇をレイヴンへとけしかける。だが、蛇たちはレイヴンに接触しようとする瞬間、彼の身体をすり抜け地面へと落ちていった。まるでレイヴンがそこには存在していないかのように。


「攻撃が一切通用しない……。ということは……」

「本体が別にいる、なんて思ってないよな?紛れもなく、俺は俺だ」


 クリームヒルデの思考を先読みしたレイヴンがかぶせるようにそう言い放つ。クリームヒルデはドキリとした表情を見せ、レイヴンは「やはりな」と笑った。


「折角だから教えといてやる。お前や他の『アンブラ』が使ってる術は、影と術者を繋ぐ術だ。影を術者に合わせれば影は実体を持ち、逆に術者の存在を影に合わせれば影に溶け込むことができる。しかし、溶け込むと言っても実体が本当に消え失せるわけではない。“影の中”という別空間の中に逃げ込んでいるだけだ」


 レイヴンの説明を聞いていたアステリオスは、なるほどと頷く。別の空間に逃げ込む。そんなことをされては、見つけることなど到底できない。クリームヒルデの操る術の高い隠密性も納得できるところだった。ただ、クリームヒルデは険しい顔でその話を聞いていた。


「……自分の術ですから、それくらいは理解していますわ。ですが、それならばあなたの存在が理解できませんわ。私の話している相手があなた自身であるというなら、あなたの実体はどこへ……」

「難しいことじゃない。俺の実体は、この夜の何処にもない。俺という人間の存在は失われた」


 クリームヒルデは最初、レイヴンの言葉を理解できなかった。実体がない。あり得ない。そんなものを生物と呼ぶことはできない。それは明らかに自然の枠組みを外れた存在だ。余りに常識で計れない存在に、アステリオスもまた困惑の表情を浮かべていた。


「『そんな馬鹿な話があるわけが無い』とでも思っていそうだな。だが、事実だ。なんなら試してみるか?幾らでも相手になるけど」

「……では、お言葉に甘えさせて貰いましょうか」


 そう宣言してクリームヒルデはレイヴンへと駆けより、自らを蝕んでいく不安を払拭するように剣を振り抜く。が、彼女の剣は無情にもレイヴンの身をすり抜けた。クリームヒルデはバランスを崩し地面に膝をつく。


「どうだ、分かっただろ?俺は“影”や“闇”と呼ぶもの、そのものと化したんだよ。お前のご自慢の術は俺の使う力のたった一部分に過ぎない。まあ、俺の力もあのお方の……いや、少し口を滑らせたな」


 その言葉を忌々しげな表情で聞きながら、クリームヒルデはその場に立ち上がりレイピアを再び構える。まだその目からは未だ闘志が消えていない。


「実体が無いというなら、あなたは私たちにどう手出しするおつもりですか?影を使っての攻撃も、術者の肉体という実体があってこそ使えるもの。あなたに物理的な攻撃の手段はありませんわ」

「何を言い出すかと思えば……。さっき言ったのを忘れたわけじゃないだろう?『この術を使えば死体が残らない』ってさ」


 レイヴンの言葉をきっかけに、彼の足下から黒い何かがずるずると這い出してきた。光のほとんど無いこの夜であっても視認できるほどにどす黒い何か。あえて形容するならば、にじり寄る亡者の手とでも言おうか。そんなおぞましい黒がクリームヒルデへと伸びていた。彼女はその黒の持つ恐怖に囚われ、身が一瞬固まってしまう。本能敵にマズいと察したアステリオスはその場に飛び込み、クリームヒルデを抱えて飛び上がった。その次の瞬間、


「『ニヒル』」


 レイヴンの呟きとともに這いよる闇は消滅した。そこには何も残っていなかった。何も。その黒が覆っていた屋根の一部分が綺麗さっぱり消失したのだ。崩れたわけでも破壊されたわけでもない。消え去ったのだ。少し離れた建物の屋根に着地したアステリオスはその光景に冷や汗を流す。つい先ほどまでそこにあったのもが何の痕跡もなく消え去った。いとも簡単に。クリームヒルデもまた顔に恐怖の色を浮かべるが、冷静にレイヴンの術を分析していた。


「……あれは、なるほど」

「どうした、何かわかったのか」

「はい。原理は私の術と同じです。先ほど言った通り、私は術者の肉体という実体を通して影を実体のあるものに変えています。ですが今、その術者には実体が存在しない。故に影は実体を持つこと無く、存在が消え失せる。その力に巻き込まれた物質もまた消滅してしまう……」

「そんな現実離れした理屈が通るっていうのか……。どっちが化け物か分かりやしないな」


 アステリオスが苦笑を浮かべながらレイヴンへと視線を向ける。レイヴンはその場から動かない。暗がりに紛れ見失ったアステリオスの居場所を探っているようだった。


「ヒルデちゃん、まだ戦えるよな?」

「ええ、問題ありませんわ。アレシャと約束したのですもの。その信頼を裏切るわけにはいきません。一先ず試せることは全て試すべきですわ」


 アステリオスがクリームヒルデに同意を返すと、彼女は再び闇の中に潜り込んだ。アステリオスもそのサポートに回るために闇夜に紛れ屋根伝いに駆ける。肉眼で捕らえづらいアステリオスを発見するには魔力感知に、闇に潜むクリームヒルデを発見するには影を操る術に意識を向ける必要がある。つまりレイヴンには二人を同時に認識することはできないということだ。攻撃を加えるチャンスは大いにある。アステリオスは巨体に似合わぬ素早い動きでレイヴンの頭上へ位置すると、体重の乗せた拳を叩き込む。だがそれはレイヴンをすり抜け、レイヴンの立っている屋根を破壊するだけであった。


「っと、びっくりするだろう?いきなり飛び込んでくるなよ」

「ちっ!」


 一撃の威力を高めたところでレイヴンに効果はない。やはり物理攻撃の類いは通用しないようだ。アステリオスは着地するとレイヴンが攻撃を仕掛けてくる前に大きく飛び退く。そこへ忍び寄る影が一つ。レイヴンがその気配を感じ取った瞬間、彼の周囲が真っ黒に塗りつぶされた。


「んん、かなり強度の高い結界だな」

「それだけではありませんわよ」


 クリームヒルデの声がレイヴンの耳に届くと、彼は密閉された空間に居る自分の周囲に何かが漂っているのを感じ取った。


「私特製の毒霧ですわ。具合はいかがでしょうか?」

「悪いけど、俺には効かないな」

「残念ですわ……。それでは、」


 突如、結界内に閃光が走る。次いで耳をつんざく爆音が轟いた。クリームヒルデが結界を解くと、そこ一帯が粉々に消し飛んでいた。


「私特製、可燃性の毒霧ですわ。具合は、いかがでしょうか?」


 爆発の光や音は閉ざされた結界内から一切漏れていなかった。レイヴンは間違いなく結界内で爆炎を受けていた。密閉された空間で蒸し焼きにされれば、一瞬でお陀仏である。だが、クリームヒルデも察していた。こんな策が通用するような相手ではない、と。油断無くレイピアを構える彼女の目の前に現れたのは、どこまでも黒い人の影であった。


「攻め手自体は悪くないが、俺には実体のない相手に攻撃を仕掛ける時点で馬鹿としか思えないんだが」


 肩をすくめつつ、レイヴンがそう呟いた。予想はついていた。しかしその予想が確かな検証結果となった今、二人をやりきれない虚脱感が襲う。周囲を覆う暗闇が絶望に身を変えて彼らの肩にのしかかった。

 生物相手に通用しうる攻め手は一通り試した。それでも打開策と呼べるもの、その手がかり一欠片すら得ることは叶わなかった。剣を握るクリームヒルデの手が僅かに震え始める。彼女の視界が揺れる。過去の記憶と現状の絶望が恐怖となり、彼女の身を、心を掴み大きく揺さぶっていた。彼女の異変を感じ取ったレイヴンはそれを鼻で笑う。


「なんだ、昨夜と何も変わってないじゃないか。俺の教育に震えていたクソガキの頃と何も変わっちゃいない。その程度で俺に楯突くとは、不快だ」


 レイヴンの放つ覇気が一段と強くなった。闘志が薄れ行くクリームヒルデはそれを受けることができずにへたり込むように尻餅をついた。打って変わったその弱々しい仕草が気に食わずレイヴンは舌打ちすると、右手を掲げる。すると彼の腕がみるみる内に変容し、木の幹のように太く巨大化した。伝承に伝わる『魔王』を彷彿とすらさせるそれがクリームヒルデの頭上に振りかぶられた。アステリオスが再びクリームヒルデの救出のために駆けるが、レイヴンの放つ殺気は先ほどとは比べものにならない。明確な殺意の前にはその猶予は与えられていなかった。一切の容赦もなく彼の巨大な腕が振られ、落ちた。


「全く、期待外れだったな。もう少し手間取るかと思ったが」


 余裕のこもった少女(・・)の声がその場にいた全員の耳へ届く。たなびく白髪は、まさに闇中に差す一筋の光。彼女が突きだした左の拳によって、レイヴンの腕は半ばから千切れ、地へと落ちた。

 顔面の存在していないレイヴンも確かな驚きを見せていた。それは少女の前では大きな隙である。突き出された左の拳から追撃の裏拳がとび、レイヴンの身へめり込んだ。一切の混じり気の無い物理攻撃。通用するはずのない物理攻撃がレイヴンをはね飛ばし、地面へと転がらせた。呻きを漏らしつつ、彼は上体を起こす。


「ばか、ばかな、なにが……」

「順を追って説明してやりたいところだが、生憎と仕事中でな。それが終わってからでも構わないか?」


 ダレイオスは拳を握りしめ、レイヴンを鋭く見据えた。

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