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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
102/227

13 闇中の死闘

 街を照らす魔力灯が消え、その明かりを頼りにしてランプの類いを用意していなかった街の人々は、未だ混乱の中にあった。しかし魔術を扱えるものによって明かりが灯され、次第に街の通りは賑やかさを取り戻していく。ただ、通りから外れた静かな裏路地は未だ暗闇に包まれていた。


『二人とも、上手くやってるかな?』

「さあな。だが、私たちがここまでやったんだ。上手く誘い出せているさ」


 そう話しながらもダレイオスは自分の首筋にチリチリとした視線を感じていた。姿こそ見えないが、周囲に『アンブラ』が集まってきているのを彼の歴戦の感覚が知らせている。しかし確かな殺気は感じるものの、強者のそれを彼は感じていなかった。相手のリーダー、レイヴンはここへは来ていないようだ。それを察したダレイオスは作戦が上手くはまったのだと理解し、小さく笑う。

 アレシャの考えついた案。それはかなり大胆なものだった。

 意図的に魔力灯の明かりを落とし、暗闇を作る。それに乗じてアステリオスが鎧を脱ぎ、ギンジロウと入れ替わる。アステリオスはその暗闇に紛れて夜の街へ逃げ出す。そして残った三人はあたかもギンジロウが消えたかのように振る舞う。そうすれば『アンブラ』はギンジロウの捜索へ向かうだろう。

 そこでクリームヒルデの出番だ。クリームヒルデはあえてレイヴンに察知されるように行動し、モロクの街の端まで誘い出す。追いかけてくるのはレイヴンだけ。クリームヒルデの高い隠密能力を察知できるのはレイヴン以外にはいないからだ。

 そして所定のポイントまで到着したところで、クリームヒルデは街の真反対に移動したダレイオスに通信を送る。それを合図に、ギンジロウはあえて自分の姿を晒す。街に散らばった『アンブラ』を一カ所に集めるためだ。しかし街の反対側にいるレイヴンは、邪魔なクリームヒルデを排除することを優先してその場に残るだろう。そしてその結果として、『アンブラ』とレイヴンを引き離すことになるというわけだ。

 アレシャが最初にこの案を話したとき彼女はあまり自信がなさそうだったが、クリームヒルデは大丈夫だと明言した。


「レイヴンは『アンブラ』についての情報を持つ私をこの機会に殺す気でいるでしょう。これまでは始末したくてもランドルフ様の庇護下にあって手をだせなかった。そして私が冒険者になったときは既に元の私とかけ離れすぎて気づくことができなかったのですから。レイヴンが私を殺すことを優先する可能性は十分にあるでしょう」


 アレシャの案が採用されたのはこの言葉が後押しになった部分が大きかった。そして、クリームヒルデの考えは現実のものとなったのだ。

 今、人気の無いモロクの街の一角でレイヴンは二人の人間と対峙していた。レイピアの切っ先を向けながら心なしか嗜虐心の籠もった目で睨みつける少女。そして、人間とは言ったが人間とは受け入れがたい容貌の漆黒の肌の巨漢だ。


「どうやら、そっちの化け物はあの鎧の中身のようだな。その漆黒の肌……『シャッル』ってことか。化け物染みた力を持っているというのは迷信だと思ってたんだけどな」

「残念ながら本当だ。それも普通ではなく、中々強い化け物だぞ」

「攻城兵器みたいな勢いで煉瓦を投げつけられたんだから、それくらい分かるさ」


 レイヴンの口調には少しずつ余裕が戻ってきていた。頭の中で現状の整理がつき何をすべきかを理解したとき、人間は冷静になれるのだ。レイヴンが再び戦いの姿勢をとったのをクリームヒルデは感じ取り、敵が仕掛けるよりも素早く駆け出す。それに呼応するように彼女の周囲から黒い蛇が幾匹も現れ、レイヴンへ食らいついた。しかしレイヴンがレイピアを地面に突き刺すと、彼の周囲の闇がゆっくりと形を変え、大きな一匹の巨鳥を象った。蛇の群れはその嘴で次々と食いちぎられていくが、巨鳥は最後の蛇へ食らいかかったとき、その腹をクリームヒルデに切り裂かれて消滅した。


「動きだけはマシになったみたいだな」

「それだけではありませんわ」


 その言葉を確かめてやろうとレイヴンは接近するため踏み込むが、彼の足は言うことをきかない。彼の足には多数の黒い蛇の残骸が纏わり付いていたのだ。それに気づいたレイヴンはすぐさま闇の中に溶け込んで身を隠した。それとほぼ同時。レイヴンがいた場所が重い衝撃とともに炸裂した。体重の乗ったアステリオスのタックルがそこへ直撃したのだ。レイヴンはその一撃に肝を冷やす。その威力の大きさにもだが、何よりもアステリオスが接近していたことに気づけなかったことにだ。厚い雲で月明かりもなく魔力灯の明かりもない暗闇の街に、漆黒の肌を持つアステリオスの姿は完全に溶け込んでいた。他のことに意識を注いでいる状況でその姿を発見するのは困難である。これもアレシャの考えた策の一つであった。肉眼では捉え難いアステリオスとクリームヒルデのコンビは上手くいくと踏んでいたのだ。アステリオスも「アレシャちゃんの考えた案の割りには要所まで考えられている」と感心していた。“割りに”は余計であるが。

 レイヴンは再び距離をとり暗闇にとけこんだアステリオスの位置を確認するために魔力感知を張る。相手の居場所はすぐに把握することができた。すぐさま忍び寄ろうとするが、


「させませんわ」


 突然聞こえた囁くような声で、レイヴンは闇と同化したまま周囲を警戒する。すると、彼の背後から黒い大蛇がその背に食らいつこうとしているところであった。彼は手にしたレイピアでそれをなぎ払うが、クリームヒルデは大蛇に隠れるようにしてレイヴンに接近していた。素早い二連突きがレイヴンの脇をかすめる。レイヴンはその攻撃の間を縫って神速の突きを放つが、クリームヒルデは紙一重でそれを避けた。しかしレイヴンの前蹴りが彼女の腹に食い込み、大きく蹴り飛ばされる。クリームヒルデは一瞬苦悶の表情を浮かべるが、すぐに体勢を立て直してレイピアを構えなおした。


「闇の中に逃げ込んだとしても、私がいますわ。そう上手くはいきませんわよ」

「お前、俺の居場所がわかるのか。へえ、昨夜は俺を察知できなかったってのにねえ」

「昨夜の情けない私はもういません。これが本当の私の実力ですわ」

「そうかい」


 レイヴンは軽口を叩きつつも苛立ちを募らせていた。この攻防の間に彼はアステリオスの居場所を完全に見失っていたからだ。だが今、彼らは闇の中にいる。アステリオスにはどうやっても手出しができない場所だ。ならば今は目の前の少女を仕留めることに専念すべきだとレイヴンは考え、剣を軽く振るってからクリームヒルデへ突きつけるように構える。そして、後ろに下げた左足に軽く重心を置くと、すぐさま全ての力を注いで右足を踏み込む。すると彼の姿が一瞬でかき消え、クリームヒルデの眼前まで移動していた。驚異的な踏み込みの速度だが、クリームヒルデは何とか反応することができた。その勢いの乗った突きを、上体を反らして避ける。

 しかし、レイヴンは手首を捻りそのまま彼女を切りつけようとした。それをクリームヒルデがレイピアで弾いて防ぐ。体勢を戻すためにクリームヒルデは地面を転がってレイヴンから距離を取ろうとするが、彼はそれを許さない。素早い足運びですぐさまクリームヒルデとの距離をつめた。雨のような突きがクリームヒルデを貫こうと襲い来る。冒険者家業で養った反射神経でなんとかそれを捌いていくが、体格と体力の差がある以上長くは持たない。クリームヒルデが一歩後ろに下がったとき、彼女の足が少しだけ蹴躓く。そこをレイヴンは見逃さず、クリームヒルデの心臓を突きささんとレイピアを後ろへ引いた。そのとき、クリームヒルデの姿が僅かに揺らいだ。


「終しまいだ」


 冷酷な声でレイヴンがそう呟くと同時にクリームヒルデが叫んだ。


「アステリオス!」


 それに呼応して巨大な黒い塊が彼女の元へ飛来した。レイヴンの突きは彼の想定通りの軌道を描き正確に放たれたが、目の前の巨漢の、筋肉の張り詰めた腕に浅く突き刺さるに留まった。


「全く痛まないというわけではないが、今のわたしには然程効かんな」

「お前、なぜ俺たちに干渉を……」


 そう口にしてレイヴンは気づく。彼はいつの間にか潜んでいた闇の中から抜け出していたのだ。レイヴンが最後の一撃を加えようとする直前、クリームヒルデは同化していた闇の中から抜け出していた。再び実体を得たクリームヒルデに攻撃を加えようとしていたレイヴンもまた、気づかぬ内に闇の中から飛び出してしまっていたのだ。マズいと判断したレイヴンはレイピアを引き抜こうとするが、アステリオスの強靱な筋肉に挟まれて簡単には抜けそうにない。そこに隙が生まれる。アステリオスは剣の刺さっていない方の腕を振りかぶり、虚空すら叩きつぶす勢いのストレートが打ち抜いた。拳はレイヴンにめり込み、鈍い音をさせながら矢の如き勢いで吹き飛ばされる。彼はそのまま隣の建物の屋根に激突した。


「よし!……いや、しまった、民家が!」

「ここは廃棄区画なのでお気になさらず。それよりも生死確認です」


 二人は半壊した民家へ向けて駆け出すが、生死確認など不要であった。崩れた瓦礫が音を立てて吹き飛び、その下から人の姿をしたものが起き上がったのだ。


「ああ、危ねえ。咄嗟に奥の手を使わなきゃ全身めちゃくちゃだったな」


 その声はレイヴンに間違いない。しかしそれは“人”ではなく、あくまで“人の姿をしたもの”と表現するほうが正しいと思えるような存在だった。彼の姿は、ただただ真っ黒に染め上げられた“影”そのものになっていたのだ。目も鼻も口もない。立体感すら存在しない。そこにはただ、どす黒く塗りつぶされた“影”そのものがたたずんでいた。あまりに常軌を逸したその姿に、クリームヒルデはゴクリと唾を飲みこむ。


「この姿は暗殺向きじゃねえ。ターゲットの死体が残らねえからな。依頼人がターゲットの死を確認できなくて困っちまうんだよ」

「それは何とも物騒なものだな」

「だろ?お前もすぐに分かるさ」


 レイヴンの発するプレッシャーがぐっと強くなる。クリームヒルデは再びレイピアの切っ先をレイヴンへと向けた。

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