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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第一部
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プロローグ 歴史の序幕

 その日、大国アルケメアの王都ペルセポリスは混乱の渦中にあった。

 民は家族とともに震えてすごし、兵はこの事態への対応のために奔走していた。

 誰にも共通していたのは「どうしてこうなったのか」という思いであった。


 事が発覚したのは昨夜。大国アルケメアの友好国であるアレクサンドリアが大群を率いて攻め込んできたと国境の砦から連絡があったのだ。

 両国の都間には街道が結ばれており、それを利用されることとなった。

 当然考慮されていたリスクであったのだが、それでも街道を結ぶほどに両国の関係は良好だった。

 今回の事件がもたらした混乱も当然の事といえる。


「くそ、何が起こっているんだ……」


 ペルセポリスの王宮で鎧を着込んだ男が苦しげに呟く。ぼさぼさの髪を後ろに撫でつけ、不精髭を生やした男。しかし、その居姿は確かな威厳と覇気を纏っていた。

 彼こそがアルケメアの王、ダレイオスである。

 今回の事件、彼はひどく頭を悩ませていた。それは友好国との戦が起きるからというだけではない。彼にとって、アレクサンドリア王であるアレクサンドロスは親友だったのだ。こっそりと王宮を抜け出して二人で大森林の探検に出かけたり、町で酒を飲みあったりするほどの仲だった。

 だからこそ彼は信じられない。親友が攻め込んでくるなど。彼の知る親友は裏切りを画策するような人物ではない。たとえ裏切ったとしても、正面から堂々と裏切りを宣言するような男だった。

 だが、現実は違う。ダレイオスに何も告げることなく、アレクサンドリア軍は攻め込んできた。すでに友好国は敵国に、親友は倒さなければならぬ敵となってしまったのだ。

 となれば、王として力を尽くし、この事態を処理することがダレイオスの責務である。ダレイオスはすぐさま兵を呼びつけた。


「状況報告しろ!敵軍の数と所在は!」

「はっ!敵総数およそ四万!北西の砦がすでに軍勢をとらえたとの報告がきておりますので、王都に到達するまで二日ほどかと思われます!」


 四万。あまり多い数ではない。砦の駐留戦力だけでは対処できない数ではあるが、王都の本軍にかかればまず負ける事のない数だ。

 ゆえにダレイオスは分からなかった。この程度の数でペルセポリスを攻め落とす事ができるわけがない。ならば威力偵察のためのものかとも考えたが、アレクサンドロスならアルケメア軍の戦力の程も知っているはずだ。ダレイオスがアレクサンドリア軍のことを知っているのと同じように。それに、偵察ごときのために四万という数は多すぎる。

 なにがどうなっているのか誰か説明してくれと叫び出したくなるが、その衝動をこらえ、ダレイオスは更に問う。


「現在の王都の戦力はどれくらいだ?」

「およそ十二万です。他の砦から兵を集めるには時間がかかりますので、これ以上は望めないかと」

「ふむ……」


 ダレイオスが再び思案し始めたとき、一人の兵士が扉を開け放った。


「報告します!北西の砦が陥落しました!敵軍には強力な魔術師がいるようで、砦の戦力では歯が立たず相手への損害は軽微!このまま王都へ進行してくる模様です!」

「そうか。思っていたよりかなり早いな……」


 知らされた強力な魔術師の存在。だが、それはダレイオスも予想していたことだ。

 アレクサンドリアにはムセイオンという巨大な魔導研究所がある。現国王は根っからの武人であるためムセイオンへはあまり目を向けていないようだが、それでも優秀な魔術師が数多く所属している施設だ。

 しかし、それはアルケメアも同じだ。アルケメアにも『魔王』の異名を持つダレイオスを筆頭に数多くの魔術師がいる。強力な魔術師がいるというのは互いにアドバンテージとはならないのだ。

 ならば、なおさら分からない。四万の兵でどうする気なのか。その魔術師がよほどの隠し球であるのか。頭を捻りに捻れども分からなかった。

 ならば今は考えられる最善手で対処するしかない。ダレイオスはそう判断した。


「ダレイオス様、ご判断を。王都での決戦となれば民に被害が及ぶかもしれませぬ。早いうちに手を打たねば」

「わかっている。兵を出すぞ!八万の軍勢で正面から迎え撃つ!宮廷魔術師を中心とした魔術師部隊もこれに同行せよ!残りの四万の兵は私と共に王都の守護に当たれ!」

「はっ!」


 臣下に判断を後押しされたダレイオスの号令により皆がそれぞれの準備に取り掛かる。ダレイオス自身も魔術を用いた遠隔通信で直接指示を出していく。

 ダレイオスの心に纏わり付く不安や違和感は未だ拭えていない。それを振り払うようにダレイオスは指示を出す声を張り上げた。


 翌朝、王都を囲う壁にある門が音を立てて開く。

 そこから八万の軍勢が静かに西へと歩み始めた。

 昨日からアレクサンドリア軍に関する情報収集は常に行ってきたが、敵軍の進行スピードは予想よりもかなり早く、どうやら夜間もほとんど休憩を取らずに王都へ向かっているようだった。戦へ向かうというのに体力の消耗を一切加味していない明らかに無茶な進軍だ。

 また、捕捉されている以外の別軍の存在も確認できなかった。敵軍は正真正銘四万の兵だけだということである。


「やはり気になりますか」


 そう問いかけるのは淡い紫の長髪を一つに結わえた男、宮廷魔術師団の団長であるヘリオスだ。彼はダレイオスが最も厚い信頼を置く臣下であり、良き友でもあった。

 ヘリオスの問いに微苦笑しながらダレイオスは答える。


「ああ。何から何まで解せないことばかりだ。どう指示を出すのが最善なのか分からん。王ならばもっと毅然としているべきなんだろうが……私はやっぱり王には向いてないのかもしれんな」

「何をおっしゃいますか。あなたのその力のおかげで、このアルケメアに平穏が訪れたのですから。あなた以外にこの国の王となるべき人はいませんよ。だいたい、ダレイオス様ほどの力を持っていて王でないというなら、私は虫けらか何かですか?」

「……私を褒めるなら、もう少し真っ直ぐに褒めてはどうだ?」

「私は事実を述べただけですから」

「全く、口の減らん男だ」

 

 そうは言うが、ヘリオスの軽口でダレイオスの凝り固まった緊張が少し緩んだ。こういった、互いに気兼ねせずに話のできる相手はダレイオスにとって貴重な存在なのだ。ダレイオスは心の中でヘリオスに感謝の念を述べる。


「出兵した軍が敵と接触するまで、いくらか時間があります。少しお休みになってはいかがですか?ご心配なく。我ら宮廷魔術師団が王都の警戒に全力であたりますので」

「いや、私だけが休んでいては示しがつかん」

「……あなたならそう言うと思いましたよ」


 二人は互いを見て小さく笑い合うと、再び王都の警戒へあたった。


 そして、それから数時間後。一つの通信がダレイオスへ頭痛をプレゼントした。


「どういうことだ?詳しく説明しろ!」

『いえ、私にもそれ以上のことは……。ただ、我が軍が捕捉した途端、あれほどのスピードで進んでいた敵軍が急に止まって動きをみせなくなったということしか分からないのです』

「……そうか。一旦待機だ。指示を待て」


 魔法陣の通信を切り、ヘリオスがため息をついた。

 その報告を聞いていた、ダレイオスは顎に手をあてて考え込む。敵が進軍を止めた理由。一番に考えられるのは、罠の存在だ。数で劣る上に無理な進軍で疲弊しているアレクサンドリア軍に勝機があるのならば、それ以外にはないだろう。敵軍はまるで予定されていたかのように歩みを止めたらしい。事前にその場所で止まるように準備していたのならその行動にも納得できる。しかし、ダレイオスに気づかれることなくアルケメア領内に罠をはることなど不可能だ。

 ダレイオスの思考がそこまで行き着いたとき、新たに二つの通信用魔法陣が展開する。

 王都周辺を監視している宮廷魔術師からの通信だった。


『報告します!王都北東に巨大な魔力反応を捕捉!偵察に向かいます!』

『報告!王都南に巨大な魔力反応!兵を数人偵察へと向かわせました』

「魔力反応だと!いつの間に……!」


 ヘリオスが声を荒げる。

 ダレイオスが諭すように声を掛ける。


「落ち着け、ヘリオス。兵に厳戒態勢で事にあたるよう伝えろ。間違いなく何か仕掛けてくるぞ」

「……承知しました。北西に待機させている軍はどういたしましょう」

「こうなると、あの軍は囮だった可能性が高いな。ある程度の戦力をひきつけ、その隙に魔術による攻撃を行うということだろう。私たちは十分に踊らされたわけだ。となると、あまり時間がないな。一気に叩き潰し、敵軍を殲滅し次第王都へ帰還するよう伝えろ!」

「はっ!」


 部下が動きはじめ、ダレイオスも愛用のガントレットを手に立ち上がる。

 彼は魔術師でありながら己の拳で戦うことを好んでいた。この拳で国を守ることができるのか。ダレイオスは一瞬不安に駆られるが、力の限り足掻いてみせるという思いとともにガントレットを装着する。


「ヘリオス、ついてこい!今のうちに王都に結界をはる!宮廷魔術師たちにもそう伝えろ!」

「はっ!直ちに!」


 ヘリオスがダレイオスの右側に控え、魔法陣で指示をとばそうとする。だが、逆にヘリオスへ向けて再び通信が飛び込んできた。


『ほ、報告します!北東の巨大な魔力反応の正体は信じられないほど巨大な転移魔法陣です!そこから、よ、四万の軍勢が現れました!』

『南も同様!巨大な転移魔法陣により軍勢が出現!数はおよそ四万!』


 その報告に二人の表情が固まる。

 転移魔術。その名の通り、人間を含むあらゆるものを瞬間的に移動させることができる魔術だ。しかし、ダレイオスほどの魔術師でも、大軍を転移させられるほどの魔術など聞いたことがない。そんな物があれば戦というものが根本から覆されることになる。

 そもそも転移魔術は固定された魔法陣同士の間を行き来するだけのもので、どこでも自由に移動できるものではない。もしそんなものが存在するのなら、今回の巨大な魔法陣は途方もない量の魔力を必要とするはずだ。それこそ、人間には扱えぬほどに。

 この報告が誤報だったという方が余程納得できる話ですらある。むしろ、誤報であって欲しかった。

 ダレイオスは舌打ちし、声を張り上げる。


「全兵を南と北東に二万ずつ向かわせろ!私も出る!」

「は、はっ!おい、連絡急げ!」


 ダレイオスの号令を耳にした兵たちが動き始める。

 ダレイオスはヘリオスを従え、急ぎ足で王宮の高台へと登った。王都の外まで見渡せる高台だ。ダレイオスが王宮内で一番の気に入っている場所だが、ここなら戦局を見つつ指示を出すことができる。

 しかし、そこから見える景色は明らかにおかしかった。アレクサンドリア軍の転移による不意打ちは見事に成功したと言える。アルケメアの準備が整う前に攻め込むことができたはずだ。にも関わらず、転移してきた軍勢がこちらへ向かっている様子が全くないのだ。


「こ、これは……。一体どういうことなのでしょうか。」

「わからない。が、凄まじく不気味だな。さっきの転移魔法陣の件もある。まだ何か仕掛けてくる気かもしれんぞ。ヘリオス、何か思い至らないか?」

「いえ、ダレイオス様にも分からないのでしたら、私にも分かりかねます。ダレイオス様がご存じない術式となると、もはや禁術の類になってくるのでは……」

「禁術か……。私が知っているものもそうないのだが……いや、待て!」


 ダレイオスが北西へ視線を向ける。先ほど現れた軍勢と同じ程の距離に巨大な軍勢が見える。アルケメア軍とアレクサンドリア軍が交戦している場所だ。戦況はアルケメアが優勢のようだが問題はそこではない。

 現在、ペルセポリスはアレクサンドリア軍に三方向から囲まれている状況にある。三つの軍勢のそれぞれを頂点とした三角形の中心に王都が位置しているのだ。

 対象を取り囲むように配置された大量の人間。ダレイオスにはこの状況で発動できる禁術に1つだけ心当たりがあった。決して現実となってほしくない心当たりが。


「どうなされたのですか?」

「『冥界術式』だ。人の命を糧として発動し、効果範囲の中にあるすべての人間を冥界へと引きずりこむ。三箇所に分けて軍勢を置いたのも、この術の生贄とするためだった可能性がある。これだけの規模の術式は聞いたことがないが、これならペルセポリスを丸ごと飲み込むことができるかもしれない……。今すぐに結界をはるぞ!準備しろ!」

「了解しましっ……!?なんだこれは!?」


 その瞬間、アレクサンドリアの軍勢があった場所から巨大な黒い柱が立ち上った。光さえも飲み込んで話さないような、どこまでも純粋な、黒だ。

 ダレイオスは自分の拳を固く握りしめた。 彼の予感は的中してしまったのだ。

天を貫く巨大な黒は静かに広がり、空を完全に塗りつぶす。そしてその黒が、天からまるで滝のように落ちてきた。王都の壁に待機していた宮廷魔術師たちがそれに向けて魔術を放つも効果は全くない。

 ダレイオスとヘリオスが練り込んだ魔力を広げて王都を覆うように結界をはる。しかし、それは黒に触れた瞬間解けるように消滅した。

 ただ無慈悲に、黒は全てを飲み込んでいく。


『団長!報告します!黒い何かが迫って、民を兵を飲み込んで……!あああ、来るな!来るな!』

『ヘリオス団長!ダレイオス様!指示を、俺はどうすれば……指示を!助け……』


 二人の元へ魔術師たちの断末魔が届く。逃げ惑う人々の声の泣き叫ぶ声、救いを求める声、そして王であるダレイオスの名を呼ぶ声が通信の魔法陣を通さずともダレイオスの耳に届く。

 悲鳴、絶叫が王都を黒とともに飲み込んでいく。


「くそっ!おのれええええええ!」


 ダレイオスが己の叡智の全てを込めた魔法陣を展開する。そこから発されたすさまじい光とどこまでも黒い闇がぶつかり合う。

 ダレイオスの全力は黒を食い止めることができた。だが、それは上から襲い来るものだけにしか効果はない。黒は地面をからも這いより、街を、王宮を飲みんだ。そして黒がダレイオスの身体を足下から浸食し始める。すでに彼の視界は余すこと無い一面の黒と化していた。

 もはや、手遅れだ。

 ヘリオスが必死に魔術で黒を払おうとするが、無駄だ。ダレイオスが悲しみに吠えるが、それはどこへ響くことも無い。なすすべもなく二人の男は黒に飲み込まれ、消滅した。


 このとき、大国アルケメアの王都ペルセポリスから、全ての命が消え去った。


 だが、これは単なる序幕にすぎない。

 物語はこれより千九百年の時が流れ、始まる。

初投稿どころか初書きですが、頑張ります。

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