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1899年12月 フランス モントルイユ

「わざわざお越しいただき感謝します」

「いやいや、ダヴィト君もなかなか忙しいと海軍省で聞いたものでね」


 一人の男が馬車から降りてきた。ダヴィトと呼ばれた男は自分よりかなり年の離れている初老の男を出迎え、目前の建物に案内する。入り組んだ路地の奥にその建物があり、かなり重厚な門構えを備えている。


「それで、どうですか?東の様子は」

応接間に男を案内したダヴィトが問いかけると

「・・・まあ、君の読み通りだったよ。あれは近いうちに爆発するねぇ」

と男は答えた。


 普段はあまり使われていないのか2人がいる部屋は少し埃っぽい。

この建物はフランス海軍がパリの近郊であるモントルイユに所有する研究所である。研究所と言っても普段からそういった用途のために使われているわけではなく、ダヴィトがここを使い始めるまでは海軍と政府が作成した記録書類の書庫でしかなかった。しかし海軍省に一人の天才が名を馳せ始めた頃から、その本人たっての希望でこの歴史の残骸と化した古い建物は息を吹き返しつつある。



「・・・イギリスは我々と同じく察知してますか?」

「さあね・・・ただ、感づいている可能性があるとしたら、面倒かね?」

「いいえ、むしろ察知してもらわないと困ります。物事はすべて私の思い通りに運ばれなければ」

「ふむ・・・なぜイギリスがこの件でそこまで大事になるのかね?」

「・・うまく行けばイギリスとロシアが戦争になります。イギリスはロシアを牽制したくてうずうずしています。火種はある以上、それを大火に成長させることはできるはずです」

「・・・つまり、結局君はどさくさに紛れて一儲けしようと?」

「一儲け?まさか・・」


 ダヴィトは葉巻を持ちながら席を立ち、部屋を少し歩く。冬のパリは今日ひさしぶりの晴天で南側の窓から一筋二筋の光が部屋に差し込んでいる。


 何歩か歩き、彼は部屋に置かれた地球儀に手を伸ばす。そのまま地球儀を半回転させ、窓からさす日の光で東アジアを照らした。

「・・・全てです。我々はこの地球の裏側で、最も価値ある大陸を完全掌握します」

簡単にそう言ってのけた。


「・・・・・」

流石に信じられない、といった表情を表す男に続けてダヴィトは言う。

「大臣、イギリスの繁栄は、何によって形作られるかご存知ですか?ロンドンでも、バーミンガムの工業地帯でも、王立海軍(ロイヤルネイビー)でも、栄光ある孤立でも、ましてや王室でもありません」

「・・植民地か・・」

「もっと単純に言い換えることができます。イギリスにとってカナダ、ジブラルタル、スエズ、アレクサンドリア、マレー、南アフリカ、スーダン、オーストラリア、ジャマイカ・・・こんなものは極論、大したものでないのです」

「・・・インド」

「そう!!インド!あの亜大陸!あれは素晴らしいものだ!イギリスにあって、我々にない唯一のもの、それがあれなんです!」

いきなり声を大にして叫んだかと思うと早歩きで男に歩み寄る。


「大臣、私はあれと同じものを手に入れたい。アフリカやインドシナだけでは到底到達し得ない世界最大の市場、中国を!」

「・・・できるか?」

「もちろんのことです。そのために大臣、私を現地に駐在武官として派遣させてください。必ず、清国を巻き込んだ英露の大戦争を引き起こしてみせます」

「・・そのあとどうする?」

「両者が疲弊した所で、仏露主軸の対英大同盟を作り上げ、イギリスを講和テーブルに着かせ、清国に持つ全ての利権を奪います。その頃ロシアは虫の息です、我が国が持つイギリスへの賠償請求権をロシアに譲渡することを交換条件にすれば、ロシアが清国に持つ利権もフランスのものになるでしょう」

「世論はついてくるのか?」

男からのこの質問にダヴィデは少し間をおいてからこう答える。


「世論とは常に勝利者の権力から湧き出るものです」


「・・・うまくいくか?」

「もし今、海軍中佐(キャピテーヌ・ド・フリガット)である私が、清国に赴いたときに陸戦隊一個旅団ほどの指揮を取れるなら・・・」


 普通、軍隊における旅団の指揮は少将、准将または大佐によって行われる。もしダヴィトが言うように陸戦隊一個旅団の指揮を取ろうと思えば彼には階級が不足している。もちろん2人もそれは理解しているが、つまりここでダヴィトは自らが大臣と呼ぶ男にその男が持つ強大な権力を発動してもらい、階級を大佐にあげてもらうよう暗に要請しているのだ。

「・・・海軍に掛け合えと?」

「大臣、私はあとどれほど生きられるかわかりません。それでも、父が望む私になるためには、大臣のご助力が必要です」

ダヴィトは声を荒らげたときとは一変し、神妙な顔持ちで男を見据える。


 数秒の静寂が応接室を支配したが、すぐに男が口を開く。

「・・・・・はあ、君にも、君の父親にも、いつまでたってもかなわんなあ」

観念したように男はにやりと笑い、自分の顔を見つめる一人の若者に続けて言う。

「・・・さすがは海軍の至宝、海軍大佐(キャピテーヌ・ド・ヴェソー) ダヴィト・シュマン、今回の赴任において階級に恥じない結果を出してくれることを願う」

「無論です、ペタン外務大臣。全てはフランスのために」


 こうして2人の会談は終了した。


 

 外務大臣ペタンがダヴィトの職場から去る間際こんな会話をした。

「そういえば、現地の外交官たちはどうするのかね?」

「・・・名誉の殉死をもって祖国の礎になっていただきます」

「ふむ・・私からの要望も抜かりなしか」

「当然です。あなたは必ずフランス最良の長になるお人、あのようなつまらないスキャンダルで足元を救われる訳にはいけません」

「ふふ、そうか、つまらないスキャンダルか・・」

「大使が隠し持っている例の証拠資料、あれをどさくさに紛れて回収し、大臣のもとに必ず送り届けましょう」

「そうだな、くれぐれも取扱いに気をつけるように・・・」






「ええ、全てはフランスのために」






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