1899年12月 清国 天津 2/2
いままでのを読み返してみたらまあまあ面白かった(熱い自画自賛)
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ボリスは困惑している。
それもそのはず、今自分は上官のイリダルと大勢のイギリス人、さらにはスパイの日本人まで巻き込んで英国居住区内のレストランにいるからだ。それまで3者はのっぴきならない対立した状況に置かれていたはずだが、一人の女性が介入してきたことによりよくわからない方向に進んでいる。
彼女は言う
「こんな日にまでなんでケンカなんてするの!?ホント信じらんない!まったく、主にかわってあなた達を啓蒙するわ!」
そんなこんなで一団は聖夜に故郷より遠く任地に赴いている哀れなイギリス駐屯兵たち用の会食に強制参加させられた。がやがやとイギリス人の会話が行き交う中で、よくわからないことになったなと困惑するボリスにイギリス人が話しかける。
「あのお嬢さんはモニカ・アルヴェーン、ここで働いてる腕の良いシェフの娘さんさ」
指差す先にせっせと食事を運ぶ彼女の姿がある。整った顔立ち、綺麗な茶色の髪を後ろでくくり、給仕の姿であふれんばかりの笑顔を振りまいている。彼女の笑顔を見た人は嫉妬でもしないかぎりだれでも伝播して笑顔になることだろう。
「はあ」
「ま、ご覧のとおり、うちでモニカ嬢に勝てる奴はいないんだよね。中隊長だって彼女の言うことに逆らえないんだよ。彼女はジャンヌ・ダルクとマリア・テレジアを足して2で割ったようなお人だから」
「それは言えてるな」
ほかのイギリス人もそう頷く。
「なんで彼女は我々と、かの日本人もつれてきたんですか?」
ボリスが問いかける。
「まあそれはなんというか・・」
「じゃーん!!おまたせ!今日はなんとドイツからのモーゼルワインです!」
モニカがイリダルと日本人の間に割り込んでワイン瓶をテーブルに出す。
「こんなとこでよくそんなの手にいれてきたな・・」
また別のイギリス人が言う。
「えーとね、先週まで上海にいたお父さんが日本行きの船に乗っけられてたのを買ったんだって」
「あーそうなの・・所でモニカちゃん、君のとなりにいるのが日本人だよ」
「え!?そうなの!?わたし中国の人だと思ってた!ねえ、わたしモニカ、あなたは?」
隣でまくし立てられている日本人は至極困惑している。そして少したどたどしさを感じる英語で
「・・日本国陸軍の中尉、林といいます」
と答えた。
「ハヤシー?」
「ノー、ハヤシ」
「ハヤスィ」
「まあそれでいいです」
いいのか・・とも思うボリス。
「ハヤスィも主の誕生日を祝いましょう!」
「あー・・・そのですね・・」
困り顔のハヤシにボリスが助け舟を出す。
「モニカさん、大抵アジア人はクリスチャンじゃなくてブディストなんですよ」
「?」
頭の上にはてながつくモニカ。
「a different religion」
林が追加で説明する。
モニカ嬢は少し考えて衝撃的な発言をする。
「わたしそういうのってよくわからないけどハヤスィの信教では主の誕生日が違う日になってたりするの?」
「・・・は?」
全く困惑しきったという感じの林。
「...No, first there aren't the god that you say in buddhism.」
がんばってモニカに自分の信教のことを教えようとしている林。しかしその努力むなしく
「YOU'RE KIDDING ME! I know I fool, but I know that there aren't religions that don't exist the god!」
といった答えが返ってきた。
「・・・さっきの答えだけどね、ロシア人」
「はい」
「・・・お嬢さんちょっとお馬鹿だからだね」
「・・・・」
沈黙するボリス。
「・・ドイツのワインもけっこういけるな」
ロシア語しか話せないイリダルはそう言ってひとりお相伴に預かっている。
ここは不思議な空間だ。
恐らくイギリス軍下士官のために存在する食堂のようだが席についている人々の構成は様々だ。まずイギリス軍人の中には尉官が混じっていたりしている。下士官用の食堂に尉官といえど将校が来るなど普通はあり得ない。
しかも軍人だけでなく一般人も大勢いる。普通クリスマスの日は家族と家で静かに過ごすものだ。しかしここにいる大勢のイギリス人はそうでないらしい。
「なぜ大勢の人がここに集まっているんですか?」
ボリスが向かい側にいるイギリスの軍医に尋ねる。
「ここにいる連中は皆、親不孝だからさ」
「・・話がよくわかりません」
「つまり軍人達はもとより、あそこに座っている造船技師や時計屋、靴屋にジャーナリスト、皆故郷の父母に別れを告げここ天津に来て、全く子供じみた夢を追い求めているのさ」
「・・なるほど。つまり、ここは彼らにとって唯一同じ境遇の人々と語り合える場所ということですか」
「まあ、なんというか、彼らにとって彼ら自身は天津での家族なんだよ」
「ここを切り盛りしている人はそのことに理解を示しているから、軍人でない彼らをここにおいてあげている、そういうことですか」
「その通り」
以下、ボリスと林の会話。
「ボリス殿、今回のことは・・」
「ああ、そうですね・・・お互いのために水に流したりできます?」
「もちろん、もとよりそう提案しようとしていたところです」
「イリダルさんも構いませんね?」
「zzz...」
「構わないそうですので今回のことは一切なかったことにしましょう」
「そう言ってくれると助かります」
「まあ、もとを正せば私達の不注意が一因でもありますし。・・ところでロシア語がお上手ですがロシアに赴任したことがあるのですか?」
「いいえ。私は陸大をでてまだ日が浅いので。ただそのとき語学教育でロシア語を教わっただけです」
「なるほど、そうでしたか」
「・・・・・・」
「・・・・・」
「・・いつかあなた達と戦になるかもしれません」
「しかしロシアはそれを望まないでしょう」
「それは日本も同じところです」
「ではなぜ?」
「・・・きっとそれがわかった時、初めて私たちは話し合いでの解決を試みることができるのでしょう」
「・・そうなることを祈っています」
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「またここらへんに用事があったら来てね、もてなしてあげるから!」
「世話になりました」
2人のロシア人と一人の日本人の帰り際に、モニカが見送りをしてくれている。
「今日という日は私の人生で初めて、英国女性と会話を交わした日として記憶に残るでしょう」
林がそういうと
「え?わたしスウェーデン人だよ?名前でわからない?」
「・・あっこれは失敬。西洋の苗字には疎いものでして」
「でもスウェーデン人なんて珍しいね。父親はここのシェフだと言ってたけど・・」
ボリスがそう尋ねると
「お父さんはイェーテボリ生まれのストックホルム育ち。私が10才の時にロンドンのレストランで働くようになったの。それからはイギリス人に囲まれながら生活してるの」
「イギリス人に囲まれるなんて聞いただけでゾッとする」
ボリスが冗談っぽくそう言うとモニカも
「もー皆いい人ばっかりよ?ただちょっと喧嘩っ早いだけで」
「それこそかんべんして欲しいところだけどね?」
ふとモニカはボリスに介抱されているイリダルのほうを見て
「イリダルさんは結構酔ってるけど大丈夫?」
「ウーン・・ノー・・プロブレム・・・」
「Really?」
「ト、トラストミー・・」
「そっかあ・・ボリスくん、よろしくね」
「しょうがないけど、これでも同郷の先輩だから」
「えーそれ初耳だよ?2人の昔話とかまた聞いてみたいなあ」
「もちろん、機会があれば。この人の昔話は話題性に欠けることが無いからね」
「楽しみにしてる!」
「それでは、良い聖夜を」
「あなたたちも」
「・・・スウェーデン人か・・」
見送られてから少し経ったあと、ボリスはポツリとつぶやく。
この当時、ロシア帝国とスウェーデンは決して友好的でない。16世紀のリヴォニア戦争から始まり、昔から2つの民族は戦争を繰り返してきた。そして今現在、ロシア帝国はかつてスウェーデンの領土であったフィンランドを支配しており、現在進行形での対立を呈している。
当時のロシアと対立している周辺国は恐らく、対立していないそれよりずっと多いであろうが、そのなかでもスウェーデンという国はロシアを大いに苦しめてきた歴史を持つ。
ナショナリズムが大いなる正義と固く信じられているこの時代だが、ボリスたちは彼女のことをスウェーデン人だからという理由で嫌うことは絶対にできない。それはきっと、彼女に会うすべてのロシア人に言えることだろう。それほど彼女はいい人に見えるし、実際いい人なのだから。
今にも雪が降りそうな曇天のもとに、数奇な運命をもつ二人の男女が今日、出会った。
圧倒的セリフ量
まるでラノベみたいだぁ。