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親愛なる勇者へ 親愛なる魔王へ  作者: 望月 幸
【エピローグ】
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【陽だまり】

 最近になって、ギターを始めた。音楽の才能が無いのか全く上達の見込みがないのだが、適当に弾いてもそれらしい音が出てくれるので、弦を弾くほどに気分が高揚してくる。でも、そろそろ一曲くらいまともに弾けるようにはなりたい。

 ソファーに腰を沈め、足を組み、そこを土台にギターを乗せる。恰好だけは一丁前だ。ピックで弦を弾くと、伸びのある音が部屋に響く。


「叶銘君、何か弾くの?」


 隣の部屋で洗濯物をたたんでいた美津姫が、ドアからひょっこりと顔を出す。俺は微笑みながら、適当に手を動かした。デンデデンデンと、お世辞にも「音楽」と呼べないような音が響く。

「意地悪だな。俺が何も弾けないの知ってるだろ?」

「いいのいいの。別に、たくさん曲が弾けるのが偉いってわけでもないでしょ?」

「たくさんも何も、一曲も弾けないんだけどな」

 そうして、二人で笑いあった。


 パーパァ。マーマァ。


「あら、起きてきちゃった」慌てて美津姫は、俺たちの息子に駆け寄る。ついさっき昼寝を始めたばかりだが、俺のギターの音に目を覚ましてしまったらしい。美津姫に抱きかかえられながら、眠たそうに眼を半開きにしている。

「やっぱり、もっと広い家にしたほうがよかったんじゃないか? 俺が言うのは筋違いかもしれないが、美津姫はそれこそ豪邸って言われるような所に住んでいたんだし。こんな狭い家、不便だろう? ご両親も、あまりいい顔してなかったじゃないか」

「ハア……叶銘君まったくわかってない! 広ければいいっていうのは、短絡的な発想だよ。何十人って住むわけじゃないんだから、一般的なお家で大丈夫なのよ」

「んー、そういうものなのか。俺はずっとマンションだったからなぁ、やっぱり広い家に憧れるよ」

「こればっかりは、私たち夫婦の永遠の議題かもねぇ……」

「議題といえば、あいつはいつまで家にいるんだ?」

 そう言って、俺はラックの上の瓶を指さした。装飾の施されたガラス瓶の中には、例のスライムが入っていた。美津姫が未だにペットにしている、俺が大学生時代にプレゼントしたスライムだ。すっかりこの世界に慣れたのか、今では誰が触っても体を溶かされることはない。多くの人が、子供のころにスライムを作ったことがあるだろう? あれが命を持ち、動くようになったと考えればいい。

 しかし、思えばこいつにも助けられたものだ。シャミアとの戦いもそうだったが、あの時も……。




 父さんに飛ばされた俺は、海に落下していった。既に疲労困憊で、意識は朦朧としていた。翼を出すこともできず、そのまま頭から海に衝突するはずだった。

 真っ逆さまに落下していく俺を受け止めたのは、海水を吸収し、とてつもない大きさになったスライムだった。そう、美津姫の飼っていたスライムだ。

「勇者の最後の戦いにしては寂しい」と文句を言った俺に対して、藤間先生は気を利かせてくれたのだろう。アキトと美津姫をあの場に呼んでいたのだ。そんなところに俺が落ちてきたのだから、美津姫は咄嗟に持参したスライムを海に放って、俺を受け止めたのだ。

 俺は彼女に膝枕されながら、空中に浮かんだ魔界の大地が消えていくのを見守っていた。数分のうちに、その場には何もなくなった。大地も、瘴気も、父さんも……初めからそこには何もなかったかのように、元通りになっていた。眩しい朝日が広大な海を照らしているだけだった。

 元通りになったのは、俺も同じだった。すべての力を使い切ったのか、もう必要がなくなったのか、俺は二度と勇者の力を振るうことはできなくなっていた。名枕もあの場に置いてきたため、剣の力も使えない。俺は、完全に勇者を引退したのだ。

 いや、まだ終わりじゃない。俺は大事な家族のために勇者にならなければならない。神木鏡治のような、父親という勇者に――。




「叶銘君、どうしたの?」

 息子をあやしながら、美津姫がのぞき込んでいる。日頃の疲れが溜まっていたのか、ギターを弾きながらうたた寝していたようだ。ピックが床に落ちていたので拾い上げる。

「いや、ちょっと眠かっただけだよ。懐かしい夢を見ていた」

「ふぅん。どんな夢?」

「俺の親愛なる魔王――いや、勇者様の物語を」

「なにそれ。漫画の話?」

「いや、こっちの話だよ。さて、次は何を弾こうかな?」

「何を弾くって、何も弾けないんでしょ?」

「嫌なツッコミ入れないでくれよ……」

 口を尖らせながら、今度は少し激しく弦を掻き鳴らしてみる。美津姫も息子もスライムも、その乱雑な音に合わせて体を揺らしている。


 ピンポーン♪


 インターホンが鳴って、慌てて時計を見た。時刻は午後一時を二十分ほど過ぎたところだ。

「相変わらず、アキトは時間にルーズだな」

「まあまあ。今日は先輩が楽しいところに連れてってくれるって言うし。大目に見ないと」

「まあ、そうだな。楽しみでもあり、ちょっと怖い感じもあるんだが……」

「ふふ、それは同感」

 俺はギターを仕舞い、小さな仏壇に手を合わせた。隣では美津姫も、その膝の上で、見よう見まねで息子も手を合わせている。視線を移せば、スライムまで手を合わせている。


 それじゃあ、行ってきます。


 今日は、まだまだ暑くなりそうだ。

 眩しい日の光の中。写真立ての中で、俺たちの家族が微笑んでいた。

「親愛なる勇者へ 親愛なる魔王へ」これにて完結となります。

 思えば、小説を書き始めたいと思ったのは七年近く前。その後数年経って「小説家になろう」を知り、書き始めることとなりました。他にも二作、長編になる予定だった小説があるのですが、三作目にしてようやく完結まで辿り着きました。

 この小説を書くにあたって最初に思いついたシーンが、第六章三話のラストシーン(鏡の中の自分に攻撃するシーン)。そこに「現実とファンタジーが交わった世界」「親子愛」を軸に書いていきました。あまり伝わった気はしないですが……。

 決して評価は高くない作品ではありますが、ようやく初めてきっちり完結した小説。感動も一入ひとしおです。でもやっぱり、できることならもっとたくさんの人に読んでいただきたい! ぜいたくを言えば、賞を獲りたい!

 次の作品の構想は既にあるのですが、次作は投稿前にもう少し設定を練って、ワンランク上の小説が出来上がるようにしていきたいです。

 最後になりますが、ここまで読んでいただきありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

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