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親愛なる勇者へ 親愛なる魔王へ  作者: 望月 幸
最終章【親愛なる勇者へ 親愛なる魔王へ】
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最終話【最後の言葉】

 傷が痛む。呼吸が苦しい。喘ぐような声が、細長いトンネルの中で静かにエコーする。

 歩いていてわかったが、トンネルは軽くカーブを描きながら下降している。ちょうど、らせん階段を下りているようなものだ。先ほどの戦闘のダメージもあるが、進むほど空気が薄くなっているのか、息苦しくなるばかりだ。

 こんなところに、父さんが……?

 しかし、歩くほどに大地の形成される音が大きくなっていく。少し立ち止まれば、足元から細かな振動が伝わってくる。なんにせよ、俺はジョンさんの分身とも言える蝶に従って、前に進むしかない。


 ――か――なめ、か?


 何度目かに立ち止まった時、その声が微かに聞こえた。耳に手を当ててそばだてると、確かに前方からか細い声が聞こえる。

 紛れもない、父さんの声だ。

 警戒しながらも、早歩きで進む。すると、蝶が作り出す光の輪と暗闇の境目に、黒い塊が現れた。さらに一歩踏み出すと、その全体像が見えた。

 黒い塊は、父さんの後頭部だった。跪き、両腕が左右の壁に突き刺さっている。体を前に曲げ、頭を垂れるその姿は、まるで刑を執行されている罪人のようだった。

 カッと頭に血が上り、腕が埋まっている岩肌を突き崩した。父さんの腕を自由にすると、前のめりに倒れる体を抱きとめた。服の上からでもわかるほどに、父さんの体はやせ細っていた。ゴツゴツとしたあばらの骨が服の上からでも感じ取れるほどに。

 父さんの体が離れたせいか、トンネルに響いていた鈍い音が止んだ。悪魔は父さんの体を通して魔界を現世に生み出そうとしていたが、それが止んだのかもしれない。


「あぁ……。かな、め……」


 消え入りそうな声で、父さんは俺の名を呼んだ。顔を上げさせると、蝶の光に照らされたその顔は、ゲッソリとやせ細って顔の窪みに濃い影を作っていた。だというのに、父さんは笑顔を浮かべた。分厚い曇天の空、雲の切れ間から日差しが差し込んだかのような、弱く温かい笑顔だった。

「父さん……父さん!」

「ああ、聞こえているよ、叶銘。どうやら、心配をかけたみたいだな」

「そんなのいいんだよ、父さん。ほら、立てる?」

「いや、それがだな……」

「わかった。おぶっていくから。ほら、早く!」

 背を向けてしゃがみこむ。父さんの体が預けられるが、まるでやせ細った老人かと勘違いするほどに軽い。俺は歯ぎしりし、その場を後にした。


 父さんが頭をぶつけないよう、少し姿勢を低くして歩き続ける。耳元の父さんの吐息は細く、意識しないと全く感じられない。体温も低い。どうしても、嫌な予感を振り払うことができない。

「そ、そうだ! キョージ! お前が一番父さんと話したがっていただろ? 今ならゆっくり話せるぞ!」

 少しでも自分の気を紛らわせようと、俺はキョージに話しかけた。本当に、ゆっくり話せる時間なんてあるのだろうか?

 しかし、キョージからの反応は無かった。頭の中にいくら呼びかけてみても、あの子の声は聞こえない。


(キョージ? おい、キョージ! 何眠ってるんだよ! 俺がお前の言葉を伝えてやるからさ。早く出てこいよ!)


 呼びかけても呼びかけても、少年の声も聞こえない。

 すると父さんが、俺の頭に手を乗せる。一つため息を漏らして、手を離した。

「――叶銘よ。キョージは、もういないようだ。いや、正確には、お前と完全に一つになったようだ。もともと、キョージはお前の一部だった。やむを得ない事情で切り離して封印していたが、どうやらあの子は、気が済んだようだ」

「そんな……」

「悲しむことは無い。むしろ、これが正しい状態なんだ。お前は、ようやく過去の自分を受け入れることができる器になったんだよ。キョージも、満足しながらお前に取り込まれていったことだろうな……」

 龍との闘いの終盤、俺が獣の力を使いこなせていたのはキョージが協力してくれたからだ。おそらくあの時から、俺とキョージの融合は始まっていたのだろう。だからこそ、俺はキョージの力を使いこなすことができ、勝利した。

 自分の額に手を当ててみる。キョージはいなくなったのではない。あるべき場所に戻っただけだ。それなのに、涙は止まらなかった。

 ありがとう、キョージ。十年前の俺。

 頬を伝う涙を、父さんのひび割れた指が拭った。そして、頭を優しく撫でる。小さな子供にするように。




 ようやく涙が止まった頃、あのエレベーターが見えてきた。二人で乗ると、行きの時と同様に光の紋様が浮かび上がり、巻き戻しのように上昇していく。しかし今回は気を利かせてくれたかのように、ゆっくりと上昇していく。

「もう、大丈夫だ。叶銘、降ろしてくれ」

 エレベーターの中央に寄り、そっと父さんを降ろす。少しよろめいたが、父さんは自分の脚でしっかりと立ち上がった。

「遠慮しなくていいのに、父さん」

「いや、いいんだ。いつまでも息子の世話になっているのは、カッコ悪いからな――」

 こんな時に、何を気にしているんだか。しかし、それは余裕が出てきた証拠なのかもしれない。心の中で安堵の表情を浮かべた。

 やがて地上に達すると、エレベーターはゆっくりと停止した。父さんに肩を貸しながら、俺たちは外に出た。

 実はこの時、一つの懸念があった。残った悪魔をどうするかだ。父さんの能力を利用していた悪魔を倒さなければ、根本的な解決は望めないだろう。最悪の場合、再び父さんは魔界を作り出す機械にされてしまうかもしれない。

 しかし黒い箱から出た瞬間、俺の不安は吹き飛びそうになった。

 この魔界の大地の中心に位置する、最も大きい建物。おそらく悪魔の居城と思われる建物が、炎に包まれていた。冷たく荘厳な漆黒の城が、瓦礫となって崩れ落ちていく。舞い散る火の粉は周囲に飛び散り、跡形もなく燃え尽きる。俺は口を開け、その光景に圧倒されていた。

「……一体、何があったんだ?」

「……そうか、本当にやってくれたのか」

 やってくれた? 何の事さ、父さん?

 俺の頭の中がハテナで埋め尽くされる横で、あの黄金の蝶が強い光を放ち出した。その光はやがて形を成し、人型となった。


「やあ、驚かしてしまってすみません。ソーリィ」


 それは、先ほど倒したはずのジョンさんだった。反射的に名枕を構えるが、それを遮ったのは父さんだった。ジョンさんも敵意が無いことを表しているのか、両手を顔の横に上げている。

「私から説明しよう。ジョン君の口からじゃ、叶銘も納得しにくいだろうからな」

「……そうですネ。それでお願いしマス」

 父さんはそう言って、ジョンさんの横に立った。

「まず、これはジョン君の分身だ。とは言ってもほとんど何の力も無い、立体映像のようなものだ」

 確かに、よく見るとジョンさんの体が透けている。その向こうで炎が揺らめいていた。

「彼から聞いたかもしれないが、ジョン君もまた、悪魔と契約を交わして力を分け与えられた存在だ。その結果、確かに大きな力を得ることができたが、悪魔の意思に逆らえなくなってしまった。まあ、最初の内はそれでも全く構わなかったようだがな」

「最初の内は?」

「どうやら、彼は私たちの世界を気に入ってしまったらしい。スパイとして潜入していたわけだが、元々その心の中には、私たちへの敵意など無かったのだ。つまり、悪魔の手先として、仕方なく戦っていたようなものだったんだ」

 そうなのか? 俺はジョンさんの方へ視線を移すと、少し照れくさそうに頭を掻き、「だって、魔界の外なんて初めて見たカラ……」そう恥ずかし気につぶやいた。

「でも、悪魔の手先なのは今も同じなんだろ? 実際に、俺はさっきまで闘っていたんだ」

「ああ、そこからはボクが説明します」

 ジョンさんの分身が一歩前に出る。

「アイツの失敗は、ボクを信頼しすぎたことデス。叶銘さんとの闘いのために、悪魔はボクに魔力のほとんどを分け与えました。それによって、悪魔の拘束力が弱まったのデス。そして叶銘さんとの闘いで悪魔の魔力を使い切ったことで、ボクは一時的に自由になったのデス。悪魔は自分で力を振るうことはできず、さらに魔力はほとんど残っていませんカラ、今のボクでも簡単に倒せマス」

 それで火を放ったのか。自由を取り戻すため、この世界を悪魔から守るため。なんだか美味しいところを取られてしまったようで、少しだけ悔しい。

「これだけで悪魔を倒せるとは思えませんカラ、今頃ボクの本体が悪魔を追い回しているでしょう。さて、ボクの話はこれで終わりデス」

 貴重な時間をありがとうございました。そう言い残して、ジョンさんの分身は手を振りながら消えた。壮絶な死闘を繰り広げた相手だったが、最後まで爽やかで好感の持てる男だった。目を閉じれば、一緒に働いたあの日々の光景が鮮やかに浮かんでくる。彼の笑顔は本物だった。

 ジョンさん。本当に、お世話になりました――。




 急に体の力が抜けた。父さんは助け出した。悪魔は、ジョンさんに任せれば大丈夫そうだ。俺の戦いは、これでようやく終わりを迎えるのだ。半年弱にわたって張りつめていた緊張の糸が、プツリと切れたようだ。その場でへたり込むと、父さんは正面で胡坐をかいた。

 さて、これからどうしようか。当然、倒産は家に帰ってくるだろう。父さんの部屋はどうしようか。近所の人に見つかったらどうしようか。いや、そもそも空中にあるこの大地からどうやって脱出しようか。様々な想いがとめどなく湧き出してくる。


 ズドン!


 突如、轟音と共に大きな地震が襲った。空中で地震? それは、何を意味しているのか。

「どうやら、ジョン君がやってくれたらしいな。元凶の悪魔が滅んだことで、この大地が崩れ始めている」

 立ち上がろうとする俺を、父さんが手を出して制する。そして、胸ポケットから煙草を取り出すと、こんな事態だというのに呑気に煙草を吸い始めた。上を向いて煙をたっぷりと吐き出すと、そのままの状態で父さんは言葉を発した。


「叶銘、お前一人で帰りなさい」


 突如発せられたその言葉に、俺は耳を疑った。

「……なんだって、父さん?」正面から父さんの顔を見る。やつれ切った顔。肉の削げ落ちたその顔で、その眼だけは異様な輝きを放っていた。決して、冗談ではない。

「ここまで来て、急に何を言い出すんだよ……」

「理由は単純だ。私は、もう永くない。悪魔が死んだことで、悪魔との契約も切れた。それはつまり、私がこの世にいられなくなったことを意味している」

「そんな……!」

 ハッとした。父さんの体が、指先から黒く変色している。魔物たちがこの世界で死ぬとき、その死体は黒い炭のように変化し、そしてあっという間に崩れ落ちる。何度も見てきた光景だが、それが父さんの体に発生していた。

 その指先を握ろうとする。しかし、少し触れただけで砂のように崩れ落ちてしまった。慌ててかき集めようとするが、熱風にさらわれて一瞬で消え去ってしまった。

「……そんなに泣くな、叶銘。もともと死人だったんだ。叶銘とキョージが一体化したように、私も、元のあるべき姿に戻るだけだ……」

 父さんの唇にひびが入り、咥えていた煙草が落ちる。もともと弱々しかった声が、さらに小さくなる。

 ひときわ大きな崩壊音と振動が響く。「静かにしろよ! 父さんがしゃべってるんだよ!」俺の感情などつゆ知らず、悪魔の居城は崩壊し、地面には無数のひびが入っていく。少し耳をすませば、海に魔界の大地が落下していく音が聞こえる。この場所が崩壊するのもすぐだろう。。


「いいか……よく聞きなさい、叶銘……」


 小さいが、力のある声だった。その声に引き寄せられ、俺は嗚咽を抑えながら父さんの元に寄った。

「父さんは、現世に召喚された魔界の大地を、向こうの世界に戻す。そのために、この地に残らなければいけない。お前は、崩壊に巻き込まれないよう、少し離れた場所に飛ばす……」

 父さんが何かの呪文をつぶやく。すると、俺の背後から光が発せられた。振り返ると、それは鏡だった。鏡の中には、例の遊園地が映し出されていた。ただ、その鏡には亀裂が入り、少しずつ広がっていく。

「あとは、そこに飛び込むだけだ。一度飛んだから、わかるだろう? 早くしないと、私の力が尽きてしまう……」

 本当に、これで終わりなのか? このまま、父さんを見捨てることしかできないのか……?

 何か、何か言わないと……! でも、何も口から出てこない。言いたいことが無いのではない。ありすぎて、こんがらがっているのだ。言葉の渋滞だ。自分が口下手であることを今ほど後悔することはないだろう。状況も状況だ。こんなに急かされたら、余計に言葉に詰まるじゃないか!


「と、父さ……!」


 やっと口を開いたとき、悪魔の居城が爆発を起こした。巨大な破片が弾丸のようにいくつも飛んでくる。

「父さん、危ない!」

 俺は父さんを建物の陰に突き飛ばした。やせ細った体が幸いしたのか、転がりながらも上手く建物の陰に隠れた。しかし俺は、まともに破片と熱風を受けることになった。体勢を崩し、突き飛ばされたように後ろに転がされた。

 ぐにゃりという感触。転がりながら、俺の右手が鏡の中に入った。

 まだ父さんと話していないのに! どうにか手を引き抜こうとするが、ずぶずぶと鏡の中に引き込まれていく。どれだけ力を込めても、足を踏んばっても、まったく抵抗できない。

 残った左手を父さんに伸ばす。しかし何メートルも先にいる父さんに届くはずはなく、やがて俺の体や顔まで飲み込まれていく。


 待て……待って…………待ってくれよ!


 顔も、左手も、鏡に飲み込まれる。鏡の向こうの景色は波打ち、急速に遠くなっていく。鏡の中の世界を、俺は目にも止まらないスピードで飛ばされていった。もがいた。もがくほど周囲の景色が歪みだし、弾ける様に消し飛んだ。


 俺が再び現れたのは、崩壊する魔界の大地を見下ろせるほどの上空だった。

 見下ろす大地の中心には、まばゆい光を放つ巨大な丸い鏡があった。轟音を響かせながら、まるで排水口に流される水のように、大地が鏡に向かって吸い込まれていく。おそらく、あの中心に父さんがいて、魔界から出現したものを全て吸い取っているのだ。

 まったく、敵わないな……。

 俺は、いつの間にか雲の晴れた青空を見上げながら、海へと落ちていった。







 もはや、永くない。この戦いの後処理を終わらせた瞬間、私は死ぬ。いや、元々死んでいたのだから、今更どうということはない。

「……そう思わなければ、くじけてしまいそうだ」

 本当は、もっと贅沢を言いたい。この世界に戻りたい。家族と暮らしたい。一緒にご飯を食べたい。家族で旅行に行きたい……わがままな子供の用に、果てしなく欲が溢れそうになる。しかし、それは決して敵わぬことなのだと、私自身がよく理解していた。だから、もういいのだ。

「……さて、できるだけ大きい鏡を作らないとな。まずは、広いところに出ないと――」

 近くに落ちていた枝を杖にして立ち上がる。揺れる大地に、何度も転びそうになる。頑張れ、私。最後の仕事なのだ。

「――む?」先ほど叶銘を送り出した場所。その近くで、何かが光を反射していた。訝って近づいてみると、それは、私が叶銘に遺した銅剣だった。叶銘は、これを名枕と呼んでいたか。その剣身に、銅色とは全く異なる、青白い光が輝いていた。

 体力の限界からか目がかすむ。それを引き抜くと、目に近づけた。

 それは文字だった。私はその文字を読んで、つい吹き出してしまった。なんとまあ、不器用なやつなのだ。しかし、おかげで最後の大仕事を済ませる気力が湧いてきた。

 その銅剣を腰のベルトに差し、私は再び歩き出した。


 ユウエンチタノシカッタヨ


 その十二文字だけで、私は満足だよ。叶銘――

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