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親愛なる勇者へ 親愛なる魔王へ  作者: 望月 幸
最終章【親愛なる勇者へ 親愛なる魔王へ】
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六話【戦いの終わり】

 貫いた! 効いたんだ!

 頭上を仰ぎ見れば、黄金の龍の体にぽっかりと大きな空洞ができていた。空洞の向こうには、瘴気に覆われた汚れた空が見える。

 祈るような気持ちで、俺は龍に突進していた。一度は呆気なく突き返された名枕が、易々と龍の体を貫き、そこを中心に敵の体を大きく崩壊させた。紛れもない。名枕が効いている!

 しかし、これだけの巨体を一撃で葬ることはできないようだ。相手は、全長数キロメートルにも及ぶ巨大な龍。俺が吹き飛ばした部分など、全体の一パーセントにも満たないだろう。自分の潜在能力と名枕の力を限界まで引き出してはいるが、相手もまたスケールが違いすぎる。

 降りしきる酸の雨の中、龍の悲鳴が何度も轟く。その度、呼応するように瘴気の雲が光り、雷鳴が合唱する。


 オオオォオォォオオォォォォーーーーーーッ!!


 さらに雨が強くなる。体をローブに包んでいるが、露出した翼や手足はシュワシュワと嫌な音を立て、表面が細かく泡立っている。時間はかけられない。

 龍の体は、既に彩音の歌詞で全身を青白く光らせていた。俺がやることは一つ。彩音の歌詞を名枕にも刻み続け、ひたすら龍の体を切り刻んでいくことだけだ。

 全ての力を解放した勇者。

 傷ついてなお圧倒的な力を誇る黄金の龍、天童ジョン。

「いくぞ、ジョンさん! ここを通してもらうッ!!」

「許さないよ、叶銘さん……カナメエエェェェェェ―――――ッ!!」

 巨大ないかずちが天地を貫く。俺とジョンさんの、本当の最後の戦いが始まった。


 名枕が有効になったことで、ジョンさんは戦法を変えた。やられる前にやる、捨て身の攻撃に出た。

 体中の何万、何億という黄金の鱗を剥がした。鱗の内側の体表は、ぬめぬめとした粘液に覆われていた。そこに酸の雨粒が当たると、大量の白い煙が生じた。龍は俺の周囲を不規則に泳ぎ回り、その白い煙を広範囲にふりまく。嫌な予感がして、ローブの袖で鼻と口を塞ぐ。

(お兄ちゃん。これは、毒だよ。吸い続けるのはマズイ!)

「やっぱり。やりづらいな……」

 視界が奪われるとともに、周囲を毒の煙に包まれる。翼で吹き飛ばしても、吹き飛ばした同じ量の煙がすぐに流れ込んでくる。

 その煙の向こう側、きらりと光る魚群のようなものが見えた。そして徐々に大きくなっていく。

(お兄ちゃん、来るよ!)

「わかってる!」

 息を止め、両手両足でその魚群を迎え撃つ。それは、先ほど剥がされた黄金の鱗だ。まるで意思を持ったかのように、過たず煙の中の俺を貫こうとする。

 キョージから借りた獣の手足と尾を駆使し、何万という鱗の弾丸を弾く。弾かれ、後ろに受け流された鱗たちは、向きを変えて再び俺に襲い掛かろうとする。まるでブーメラン。キリが無いというわけか。毒の煙も少し吸い込んでしまったようだ。一瞬視界がグラついたが、キョージの一喝ですぐに目を覚ます。

 この戦い、長期戦になるほど不利だ。

 鱗に追い回されながら、名枕に歌詞を囁く。狙うは、先ほど穴を開けた場所。それを迎え討とうと龍の尾が鞭のようにしなる。しかし、ちょうどいい。激突のタイミングを合わせ、今度は貫くのではなく、横なぎに名枕を振り抜いた。ぷつりぷつりという感触と共に、龍の尾が切り離された。青黒い血が吹き出し、雨に混ざって魔界の大地に降り注ぐ。


 ギイイィィィィィーーーーッッ!!


 声にならない悲鳴。黄金の龍は、その体の七分の一を切り離された。落下する尾は瞬く間に黒く変色し、炭のようにひび割れて砕け散った。

(お兄ちゃん! 左腕!)

 キョージの悲鳴に促されて左腕を見ると、獣の左腕が一部抉られていた。すれ違い様に名枕で斬りつけた際、こちらもダメージを受けていたようだ。藤間先生特製の傷薬を塗ると、傷が塞がるどころか抉り取られた分の肉まで回復した。

 この巨体を相手にするには、名枕は短すぎる。しかし、こればかりはどうすることもできない。それは何も、こんな非現実的な戦いに限った話ではない。結局俺たちは、与えられた力で、やれることをやるしかないのだ。

「そうだよな、父さん?」

 今さら、泣き言は無しだ。ネイサは自分の身を挺して活路を見出してくれた。キョージは、殺すはずだった俺を信頼して力を託してくれた。俺がこうして闘い続けることができたのも、多くの人たちに支えられてきたからだ。

 翼を羽ばたかせ、毒の霧を纏う龍に突進する。もう、迷いはどこにも無かった。




 酸の雨に侵食され、雷に打たれ、所々を血に染めた魔界の大地。

 俺は片膝を突きながら、真正面の龍と向き合っていた。黄金の龍は、もはや首だけの存在になっていた。周辺では、炭になった龍の残骸が雨に溶けて地面に沁み込んでいく。

「ア……アァ……」

 龍の口からうめき声が漏れ出す。そこから吐き出される息は血生臭く、吐息と同時に魂が吐き出されているようだ。力に満ちていた黄金の瞳は茶色く濁り、その焦点はどこにも向いていない。

 やがて、雨が止んだ。俺は、穴だらけになって役立たずになったローブを脱ぎ捨てた。既に、キョージから渡された獣の力は使い切った。手足は元の人間の物に戻り、いつの間にか翼も消えて無くなっていた。最後の薬草を口に含み、よく噛んで呑みこむ。なんとか歩くだけの力は取り戻した。


「俺の……勝ちです……!」


 その言葉を聞き届けると、龍の首が一瞬だけ輝く。ぼろぼろと肉と骨が崩れ落ちていき、その中から人型のジョンさんが現れた。仰向けになり、死体のように微動だにしない。俺がその傍にしゃがむと、彼はカクカクと口を動かした。

「まさか……あの姿で、負けるとは……ネ。これでもボク……魔界では結構……強いんデスヨ。その上、ご主人様から力を分け与えていただいたのニ……」

 瞬きもせず、光を失った目で空を眺めている。もはやその目には、あの空が映っているのかどうかも定かではない。

「ジョンさん。俺の父さんがどこにいるのか、知りませんか? 俺は父さんを助けないといけないんです!」

「…………」

 ジョンさんは何も言わない。その代わり、ゆっくりと右手を持ち上げた。俺がその腕を支えると、人差し指を空へ向けた。すると指先から、金色の蝶が生まれた。それはジョンさんの指から飛び上がると、忙しなく羽ばたきながら俺の頭上を旋回し始めた。

「その子が……案内します……。ボクの命が尽きる前に……早く向かってくだサイ」

 そう言い残すと、ジョンさんは目を閉じた。伸ばしていた指が力なく曲がる。

 俺は支えていた腕をそっと地面に置いて立ち上がった。焦らされていた蝶は俺の右側に少し飛ぶと、その場で進むのをやめる。こっちに進めばいいのか。

 痛みを訴える足を引きずりながら、蝶の後を追いかけた。


 そこは、悪魔の居城と思われる城だった。周囲を堀に囲まれており、一本の石造りの橋が伸びている。蝶に誘われて橋を歩き、鉄製の両開きの門扉が立ちふさがった。両手を付けて少し力を込めると、その見た目に反して呆気なく門扉は開いた。

 正面には尖塔を抱く屋敷が見える。何千人という人が入れそうな尊大な屋敷だ。しかし蝶はそこには向かわず、庭園の端の方へ飛んで行った。

 そこには、小さい倉庫程度の大きさの、黒い立方体の箱がある。その表面には複雑なツタ状の模様と文字が鈍い光を放っていた。魔法陣か何かだろうか。侵入者を拒むような物ではなかったようで、壁は簡単に壊すことができた。先ほどの門扉といい、随分と不用心に思える。ジョンさんの言っていた通り、防衛は完全に彼に任せきりだったということか? しかし、彼はもう戦える状態ではない。警備はこれ以上なく手薄のはずだ。そう願いたい。

 箱の中に入ると、そこには何もなかった。いや、目線を下げると、床には金属の円盤がはめ込まれている。蝶はその中央に停まった。

 促されるように、俺はその円盤の上に乗る。すると、円盤に光の紋様が浮かび上がった。そして音も無く、滑らかな動きで下降を始めた。どうやら、これはエレベーターのような物らしい。あっという間に、頭上の穴が針の穴程度に小さくなってしまった。


 最下層に着いたのか、円盤は徐々にスピードを落として止まった。灯りは無かったが、蝶がまばゆい光を放ち始める。一本の松明と同程度の明るさになった。

 そこは、ただ地面をくりぬいただけのトンネルになっていた。広さは、大人二人がなんとかすれ違える程度か。天井は低く、軽くジャンプしただけで頭を打つだろう。

 このトンネルの奥、闇の向こう側から何かが蠢くような音が聞こえる。間違いない。父さんの体から魔界の大地が生み出されるときに聞いた音と同じだ。

 やっと、父さんを助けられる――。

 唾を呑みこむと、ゴクリと喉仏の辺りで大きな音が鳴った。俺は肩に光る蝶を乗せて、壁に手を当てながら前に歩み出した。

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