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親愛なる勇者へ 親愛なる魔王へ  作者: 望月 幸
最終章【親愛なる勇者へ 親愛なる魔王へ】
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五話【三人の勇者】

 俺はスマートフォンを片手に、瓦礫の影に隠れながら場所を移動した。遠くまで弾き飛ばされたのが功を奏したのか、ジョンさんは俺の姿を見失ったようだ。体を揺らしながら上空に上ると、ゆったりした動きで視線を大地に落としている。見つからなかったら見つからなかったで、また雷の雨を降らせるかもしれない。

「地面」俺は名枕で地面にトンネルを作り、そこに滑り込んだ。少なくとも、これで雷の直撃は防げるだろう。と言っても無傷では済まないだろうから、いつまでも隠れているわけにもいかない。

「――それで、ネイサ。さっきの話は本当なのか?」

 ネイサは、無敵の龍を倒すチャンスを作れると言った。そしてそれは、彩音のあの歌が流れてきた直後のことだ。何か関係があるのは間違いなさそうだ。

「昨日の時点では気がつかなカッタ。ヒョットシタラ、カナメのスマホに入っていたことで、チカラが目覚めたのかもシレナイ」

“チカラ”だって? 俺も父さんも母さんも、神木家の特殊な力を授かっていた。彩音にはその兆候が見られなかったのだが、やはり何らかの力を授かっていたということか?

「このチカラに名前を付けるなら“言霊ことだまの力”というトコロダ。たぶん、この歌詞はアヤネが書いたんだな。カナメたちのチカラと似たようなモノを感じる」

「言霊の力……?」それは、一体どういう物なのか。頭の中のキョージにも尋ねるが、「わからない」の一点張りだった。

 ネイサに説明を求めるが、トンネルの穴の向こうから龍の咆哮が轟く。パラパラと土が崩れて顔にかかる。マズイ、また雷を呼び起こすつもりなのか。

「今はこの方法しかナイ。カナメ、よく聞け!」

「あっ、ああ……」

 珍しく声を張り上げるネイサ。その覇気に押され、俺は顔をスマートフォンのスピーカーに近づけた。スピーカーから発せられる音の振動は、ネイサの吐息のようにも感じる。

 彼女から告げられた作戦を聞いて、俺は動揺した。自分でも、まさかこんなに心を揺さぶられるとは思ってもみなかった。しかし、ネイサ自身の必死の説得により、俺は止む無くこの作戦を受け入れることとなった。そもそも、今は他に選択肢も無いのだ。スマートフォンを握る手に力が入り、画面の端にヒビが入った。

 この作戦の成否に関わらず、俺はネイサを失うことになる――。




「おい! ジョンさん!」

 俺は穴から飛び立ち、龍の顔の真正面に躍り出た。再び雷を降らせようとしていたジョンさんも意表を突かれたのか、そこまでする必要が無くなっただけなのか、唸り声を止めて俺を見た。改めてじっくり正面から向き合うと、なんという威圧感だろうか。鼻息が、吐息が全身に降りかかり、それだけで吹き飛ばされそうになる。改めて、俺はとんでも無い存在と闘っているのだと認識させられる。

 真正面の一対の瞳に、俺の姿が写し出されている。その姿は、震えていないだろうか。波打つ心を悟られてはいないだろうか?

「驚きましたネ。こんなにあっさり姿を現すなんて。ひょっとして、諦めたんですカ? それとも、何か策が思いついたんデスカ?」

「さあ、どっちでしょうね」

 不敵な笑みを浮かべて、精いっぱい強がった。それが気に食わなかったのか、長くたなびく龍の髭がピクリと揺れる。

 ――来る!

 口を開き、牙を剥きながら突進してくる。ピンク色の洞窟が迫ってきているようだ。

「やるぞ、ネイサ」

 俺はスマートフォンを握り締め、保存されていた彩音の歌を再生させた。真っ白な牙の間をすり抜けながら、そのスマートフォンを龍の口の中に放り込む。それはザラついた舌の上を跳ねながら、寸刻を待たず喉の奥へと消えてしまった。

 しかし、俺は確かに見ていた。ひび割れたスマートフォンの中の、ネイサの笑顔を。


「叶銘、今まで楽しかったよ……ありがとうございました」


 これまでの機械的ではない、人の温度が感じられる声。

 そしてネイサが敬語を使ってくれたのは、これが初めてのことだった。




 ネイサの覚悟を無駄にするわけにはいかない。作戦はまだ始まったばかりだ。

 俺は彼女の言葉を信じて、ただ“その時“を待った。それまでは、俺は膝を屈するわけにはいかない。

「叶銘さん、あんまりチョロチョロしないでくだサイ!」

 無限に連なる鱗の波。その一部がポロポロと剥がれ落ちていく――かと思いきや、それはブーメランのように弧を描きながら俺に向かってくる!

 名枕を構え、続々と飛び込んでくる鱗の弾丸を弾く。「重いッ!?」その一枚一枚が、重さも固さも分厚い鉄板のようだ。それがおもちゃのように軽そうに飛んできやがる。三十枚も叩き落としたころには、手足に痺れとけだるさが襲い始めていた。

 だというのに、龍の体からは次々と鱗の弾丸が生み出されている。その光景は、金色の紙吹雪が舞っているようにも感じられる。これを全部避けきれるのか?

 ふっと気が遠くなった。それが命取りだった。

 気配を感じて振り向く。そこには、すぐ手が届くところまで鱗が丸鋸のように回転しながら突進していた。

 しまった! そう思い、ぎゅっと目を閉じた。体を真っ二つにされるような痛みが……感じない?

 そっと瞼を開けると、黒く細長い物が鱗を斜め下から貫いていた。視線を動かしてその元をたどっていくと、それは俺の尾てい骨あたりにつながっていた。触ってみると、背中に生えている黒い翼と似たような感触。柔軟な針のような硬質の毛がびっしりと生えていた。


(ネイサさんが、覚悟を決めたんだ……)


 頭の中にキョージの声が響く。その声は小さく、自然と漏れ出した独り言のようだった。


(ぼくも、お兄ちゃんに任せっきりじゃダメだよね……!)


 なんだ? キョージ、何を言っている?

 唐突に、手足が熱を帯び始めた。慌てて名枕を仕舞う。指先までガクガクと震え、燃えるような熱さと凍るような冷たさが同時に襲い掛かる。

 既に次の鱗の弾丸が目前に迫って来ていた。俺がいよいよ覚悟を決めた時に、勝手に右腕が大きく振られた。

 するとどうしたことか。あれほどの重量と速度を持っていた鱗たちが、風に舞う枯葉のようにぶわりと舞い上がり、空の彼方へと飛ばされてしまった。

 俺は自分の右腕を見て驚愕した。肘の辺りまで真っ黒に染まり、元の五倍近い大きさに巨大化している。いびつな大木のようになった前腕の先には、鉤爪のように鋭く尖った五本の指が備わっている。自分の体をよく見回せば、両手両足がそのように異形の形に変貌している。まるで、物語に出てくる悪魔のような姿だ。

(ぼくの力を、もう少しお兄ちゃんに貸してあげるよ――)

 俺の疑問を先回りしてキョージが答える。その声は、少し胸が詰まったかのように苦しげだ。

(ぼくとお兄ちゃんが協力関係にある今だからこそ、こんなことができるんだ。今のお兄ちゃんなら、黒い獣になった時と同じくらいの――いや、それ以上の力が出せるはずだよ――)

「キョージ。お前、なんだか無理していないか?」

(そんなことはないよ。それより、あれを見てよ)

 キョージの声に促されて、龍の体を見る。そして俺は、ネイサの作戦が次の段階に進んだことを理解した。

 龍の頭にほど近い場所から、青白く光る文字が次々と刻まれていく。その様子はまるで、名枕に刻まれる光と同じだ。

 そしてその文字は、彩音の考えた歌詞そのものだった。それが龍の体を埋め尽くすように、加速度的に広がっていく。さしもの龍も、自分の体の変化に動揺を隠せないようだ。体をくねらせ。光の文字を追い出そうともがいている。

 ネイサの作戦は、「名前が無い相手なら、作ってしまえばいい」というものだった。彩音の“言霊の力”には、それが可能だというのだった。そして、浮き上がった文字を名枕に刻んで攻撃すれば、きっと龍の体に届くのだと。

 いけるかもしれない。俺の体の中心に、希望の火が灯った。

 手が自然に動き、名枕を再びつかみ、顔の前に掲げる。その全身を緑青に覆われた、錆びついた銅剣。分厚い緑青に、稲妻のようなヒビが入り始めていた。まるで、雛が卵の殻を破り、この世に生まれ出てくるかのように。


(“剣の力”も、お兄ちゃんに返すよ。今のお兄ちゃんなら、きっと使いこなせるはずだから――)


 ひび割れた分厚い緑青が剥がれ落ちる。その中から、銅本来の赤橙色が姿を現した。それが、名枕本来の姿。錆びついた銅剣は、本来の神器の姿を取り戻した。つるりとした剣身には、俺の顔が鏡のように映っている。そこには、臆病で弱気な青年はいなかった。

 斜め左右から鱗の弾丸の第二波が襲い掛かる。俺の獣の手足と尾は、それを紙切れのように背後へ受け流した。

「ネイサも、キョージも、こんなに頑張ってくれているんだ」

 俺は、彩音の歌の歌詞を名枕に囁く。赤橙色の刀身に、青白い光の文字がびっしりと刻まれる。その速さ、密度はこれまでの名枕の比ではない。それを確かめると、俺は名枕を正面にまっすぐに掲げ、もがき続ける龍の背に急降下した。

 一本の矢となった俺と名枕は、龍の鱗の鎧を砕き、貫いた。龍の体に巨大な穴が開き、瘴気の空に甲高い悲鳴が響き渡った。

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