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親愛なる勇者へ 親愛なる魔王へ  作者: 望月 幸
最終章【親愛なる勇者へ 親愛なる魔王へ】
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三話【最悪の敵再び】

 しばらく飛び続けることで、翼を動かす感覚がつかめてきた。やがて翼の動作はキョージから完全に自分に権利が移ったが、特に問題も無い。例えるなら、腕が二本追加されたような気分だ。意識を集中すれば自在に動かせる。もう少し慣れれば、何も考えずに歩いたり走ったりできるように、翼も無意識下で動かせるだろう。

「――よし。もう大丈夫だ」

 一度大きく羽ばたくと、俺は一気に上昇した。


 空中で領土を広げている城は、さながら大きな生き物のようだ。地面が生成されるたびに大きく空気を揺らす様は、まるで心臓の鼓動にも似ている。そんなことを感じてしまうのは、これを生み出しているのが父さんの能力だからだろうか。

 俺は端の方から上昇し、初めてこの城を上から見ることができた。

 大地の中央には、四方に尖塔を抱いた巨大な館のようなものが見える。地理的に見ても、あそこが悪魔の本拠地だろう。父さんもあそこにいる可能性が高い。

 空中に浮かんでいるせいか、城壁のようなものは見当たらない。その代わり、見張り塔とも呼べる直方体の黒い直方体がいくつも地面から生えている。窓も扉も見当たらず、中に入れるかどうかも怪しい。最も多いのは、何本もそびえ立つ煙突だ。その筒の孔から、赤黒い煙が天に伸びて広がっていく。魔界の瘴気だ。

 ウエストポーチの異次元空間から、藤間先生にもらったローブを引っ張り出し、背中の部分を破って服の上に羽織る。先生のように身長が異様に伸びるのではないかと頭をよぎったが、特に体に変化はない。先生がチャップマンに化ける際に着ているものとほぼ同じで、着ているだけで瘴気をある程度浄化してくれる。瘴気特有の酸っぱいような腐ったような臭いはするが、体に異常は無さそうだ。

 ――ズズズズッ。

 背後から音が響く。ある程度土地が広がると、黒い箱と煙突が地面からメリメリと生えてくるようだ。ここには無機質なものばかりだというのに、一つの大きな生命体に思える。

「ホラ、カナメ。見とれてる場合じゃないゾ」

「ああ、ゴメン。なんというか、敵ながらあっぱれというか……」

(お兄ちゃん、もっと真剣にやってよ)

 ネイサとキョージの二人に叱責されて首を縮める。そうだ、ここはもう敵の本拠地なのだ。俺は気を引き締め、敵の陣地に飛び込んだ。


 周囲を警戒しながら、低空飛行で黒い箱と煙突の森を抜けていく。地面は灰色の石畳のようになっており、ここが整備された道だということを示唆している。

「ここはおそらく、魔界の城下町のようなものなんだろうな」

 細かい区画に分かれ、黒い箱が密集している。それぞれの箱もよく見ると細かい形状や装飾が異なる。住居や店舗なのだろうか。そうだとしたら、魔界にも人間と同じように社会が築かれているのかもしれない。悪魔は自分の居城だけでなく、魔界の都市も現世に召喚しているのか?

「それにしても、妙だよな」

(お兄ちゃんも気づいた?)「カナメもキヅイタ?」


「なんで、誰もいないんだ? どうして、俺を迎え撃とうとしない?」


 少なくとも、全ての元凶である悪魔は俺を最大限警戒しているはずだ。だからこそ、一年経つのを待てずにこんな手段に踏み切ったのだから。俺は、この土地に脚を踏み入れた瞬間大量の魔物に囲まれるかもしれないと考えていた。しかし実際は、拍子抜けするほどに呆気なく侵攻している。

「きっと、カナメのことを見失ってるんダヨ」

「だと、いいんだけど……」

 その瞬間だ。視界の端、遠くの黒い箱の屋上から、何かが光ったように見えた。

「……どうやら、そう簡単にはいかないみたいだ」

 体を九十度回転させ、地面に対し翼を垂直に立てる。その瞬間、黄金の光が翼を掠めて飛んできた。翼が一部欠け、その断面が赤く燃えている。

「ヤバイッ!」まだ飛ぶことに慣れ切っていない俺は、バランスを崩して箱に激突しそうになる。

「このやろッ!」無理やり足を前に出し、箱の壁面を足の裏で捉える。その後はピンボールの要領で、周囲の箱を蹴りながら少しずつ衝撃を殺し、地面に降り立った。ちょうどそこは広い十字路で、大型トラック数台が余裕ですれ違えそうな幅で灰色の石畳が伸びている。

(お兄ちゃん、今の光は……)

「ああ。お前も心当たりがあるよな」

 ぐいと額の汗をぬぐい、前を見据える。

 そこには、無動山で対峙した、あの黄金の鎧が立っていた。アキトの話によれば、キョージに支配されていた俺がほとんど一方的に鎧を攻め立てていたらしい。しかし鎧は「負けたことなど無い」と言わんばかりに、威風堂々と背筋を伸ばして立っている。

「やっぱり、名無しの権兵衛ジョン・ドゥさんか。いや――」

 俺は一歩歩み寄り、その正体を明かした。

「あなたなんでしょう? 天童ジョンさん」


 黄金の鎧が兜を外す。アキトが言うには、その鎧の中は空洞で、鎧がひとりでに動いているといった様相だったらしい。

 しかし今回は違った。兜の中には、ジョンさんの、あの中性的な顔立ちが確かに存在した。

「なんだ、気づいてたんですカ」

 軽く首を傾げて、ジョンさんははにかんだ。独特の訛りがある日本語も、その柔らかい笑顔も、俺が戯流堵で何度も目にしてきたものそのままだった。

 ジョンさんは兜を脇に抱えると、俺の目をまっすぐに見据えた。表情こそ柔らかいが、その目にはこちらを値踏みする冷たい光を湛えている。

「どうして気づいたんですカ?」

「最初に怪しいなって思ったのは、タイミングです。ジョンさんが母国に帰ったとほぼ同時期に、俺は黄金の鎧に襲われた。ジョンさんがお店に戻ってくるのが遅れていたのも、俺から負ったダメージが予想以上に大きかったからじゃないですか?」

 ジョンさんは変わらない笑顔を浮かべ、時折顎に手を当てて相槌を打っている。

「何より怪しかったのは、その立ち居振る舞いです。ジョンさんからみっちりホールでの仕事を教わっていたからわかったんですが、何気なく歩いたり立ったりする仕草は、ジョンさんのそれそのものでした。声や口調は意識して変えていたみたいですが、沁みついた動きまでは気が回らなかったみたいですね」

 言い終えると、人差し指でまっすぐに伸ばしてジョンさんを指す。こんな時だが、まるで名探偵にでもなった気分だ。

 ジョンさんは一度フッと笑うと、カンカンと金属の音を立てて拍手した。

「フフッ。どうやら、ちょっと教育熱心になってしまったみたいデスネ。君のことは嫌いじゃなかったから、正体を明かさないまま始末してあげたかったんデスガ……」

「それなら、俺たちを見逃してもらえませんかね? あなたみたいなやりにくい相手に構っている暇は無いんです」

「いやぁ、そういうわけにもいかないんデスヨ。こちらにも、事情がありましてネ……」

(お兄ちゃん! 気を付けて!)頭の中にキョージの声が響く。咄嗟に、俺はローブを被り、その場にうずくまった。

 その瞬間、前方から黒い風が吹いた。ローズの隙間から目をやれば、それはジョンさんを中心に発生していた。その風はすぐに止んだが、ローブに触れると氷のように冷たい。これで体を守っていなかったら、今の一撃で勝負がついていたかもしれない。

「ここに来るまでに、魔物と全く遭遇しなかったことに疑問を抱きませんでしたカ?」

 俺は立ち上がり、ジョンさんの言葉に答えた。

「それは思っていましたよ。一体どうしたんですか?」

「実はネ、この城塞都市には、今はボクとご主人様の悪魔、そして君のお父さんしかいないんデス」

 なんだって? もしそれが本当なら、

「『随分と手薄だな』って、思いますよネ? でも、ご安心ヲ」

 彼の体がフワリと宙に浮く。俺のように翼を羽ばたかせることなく、急に重力から解放されたように浮き上がって行く。

「ボクもまた、君のお父さんと同じように、悪魔と契約を交わしているのデス。君のお父さんが魔界と現世の橋渡しなら、ボクは悪魔の“武力“として雇われているのデス。

 だから、ボクは近づいたのです。叶銘家や戯流堵のマスター等、神木鏡治に近い者たちをスパイするためニ。必要とあらば、それなりの手を打つ予定でシタ」

「じゃあ、俺を無動山で襲ったのは……」

「いよいよ叶銘さんが危険だと判断したからデス。まさか、返り討ちに遭うとは思いませんでしたガ」

 俺の翼も回復したようだ。追いかけるように上昇する。

「どうして、もっと早く俺たちを始末しようとしなかったんですか?」

「そんなことをしたら、鏡治さんとの協力関係が崩れる恐れがありましたからネ。しかし鏡治さんに別の意図があるのは明らかでしたから、スパイに留めていたのデス。猿の魔物エテマーンが独断で叶銘さんを襲ったのには、悪魔陣営も肝を冷やしましたが……君のお父さんのことだ。叶銘さんが死ぬようなことは万が一にも無かったでしょうネ」

 俺はまた、知らないところで父さんに守られていたのか? たった一人で、父さんはなんて無茶なことをやっていたのだろうか――。

「しかし、ボクの主人がこのような手段を取った以上、もはや協力関係もなにもありまセン。話を戻しますが、ここにはボク以外の兵隊は必要ないのデス」

 なぜなら――と続いた言葉は、もはやジョンさんの物ではなかった。人間より遥か上位の存在。そんなものが言葉を発したら、きっとこのような声であろうと思えるような、威厳に満ちた尊大な響きだった。


「なぜなら、ボクは主人の莫大な魔力を譲り受けた存在。有象無象の小物の魔物など、必要ないからデス」


 ジョンさんの体が弾けるようにまばゆい光を放つ。その閃光に目を細めると、一筋の光となって空に吸い込まれた。瘴気に満ちた赤褐色の空に。


 ゴロゴロ……ゴロゴロ……


 瘴気の雲から雷鳴が轟く。大気を震わせ、体は軽い電気が流れているようにビリビリと痺れる。

 同時に、雨が降り始めた。瘴気をたっぷり含んだ、濁った雨だ。素肌に触れると、ちょっとした酸を掛けられたように痛みを感じる。俺の体でこれなら、普通の人間は水を掛けられた砂糖のように、あっという間に溶けてしまうかもしれない。

「どうやら、桁違いにヤバそうなのが出てきそうだ……」

(絶対に油断しちゃだめだよ、お兄ちゃん!)

「うわぁ、コワイコワイ」

 ローブを深く被りながら、追いかけるように上空を目指す。しかし、そこから姿を見せた物に驚き、俺は空中で急停止した。

 瘴気の雲の隙間から、巨大な下顎が現れる。次いでズラリと並んだ牙、左右一対の長い髭、黄金色の光沢を放つ蛇腹、波打つ水面のようなてらてらと光る鱗。

 それは、紛れもない龍だった。“ドラゴン”というより“龍”と称するべき、黄金の龍が現れた。その巨体は圧巻で、まっすぐに伸ばせば水平線まで届くかもしれない。

 それはもはや、この世の終わりをそのまま形にしたような存在だった。

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