五話【オカ研のコンパ】
それから数日は友達と遊ぶことが多かった。幸い、僕の父さんの顔を覚えている人はアキト以外にはいないようで、魔王云々について問われることは全くなかった。単に気を遣われているだけかもしれないが。
彩音は彩音で、ギターを担いで友達の家まで練習に行っていた。秋の文化祭では、いよいよ学校の体育館でデビューするらしい。まだ半年も先の話だが、今から張り切っているようだ。遊びほうけている兄としては、そのエネルギーが眩しい。
母さんは一度帰ってきたが、六日にはまた婦人会仲間と旅行に行ってしまった。最近オープンした巨大な植物園を中心に、たくさんの花を見に行くのを楽しみにしていた。
もちろん僕は母さんに、あの放送について相談した。しかし母さんは「今年で二十歳になるんだから、自分で考えなさい!」と言って、僕の背中をバシンと叩くだけだった。背中をさすりながら抗議の目を向けるが、母さんは全く意に介さなかった。
普通、一番動揺するのは母さんだろう……。
そう疑問には思ったが、こうなった母さんは人の話になど耳を貸さないのだ。
四月七日。
神木家の三人がそれぞれの休みを過ごすうちに、僕は今年度最初のコンパの日を迎えた。
集合時間は午後七時。日中の時間が長くなってきたとはいえ、家を出るころには空が藍色に染まりつつあった。昼間の陽気を忘れた冷たい空気に震え、ジャケットを羽織る。集合場所の居酒屋“戯流堵”は、少し遠いが歩いて行ける距離で助かる。
「それじゃあ、行ってきます」一駅分の電車賃をケチるため、僕は夕焼けを尻目に歩き出した。
北名古市は田舎だ。南隣にある名古市の腰巾着扱いする人は多いが、実際に自分でもそう思う。名古の威を借る北名古だ。
それでも、僕らの通う愛智大学周辺はなかなかの賑わいを見せている。最寄駅の北名古駅から大学にかけては飲食店から病院までが立ち並び、人生を謳歌する学生たちを、口を大きく開けて待ち構えている。大学生たちが起爆剤となって、街全体の活気を盛り上げているのだ。欲望に忠実な若者は、使い方次第ではどうとでも活躍できるのだ。利用されているともいえるのだが。
「おう、叶銘! こっちだ、こっち!」
欲望に忠実な大学生代表の僕の友達、アキトが大声を出して手招きしている。午後六時五十五分、集合時間ギリギリだ。既にコンパのメンバーが集まりきっているようで、アキトの周囲に大学生らしき若者たちが何人もいる。そのほとんどは無表情に携帯電話をいじり、健康的な様子とは程遠い。オカ研メンバーと、その予備軍だろう。
そのうちの一人、一際背の高い眼鏡の男が、携帯電話を操作しながらしきりに首を動かす。筋肉もぜい肉もそぎ落とされた手足は頼りなく、首の長い鳥が周囲を警戒するように思えた。
「――それじゃ全員集合したので、お店の中に入りましょー」
男性にしては妙に高い声で、彼は周囲に呼びかけた。さながら鶴の一声か、先ほどまで携帯電話をいじっていた集団が戯流堵に入って行く。
ああ、メンバーを確認してたんだな、あの人。
納得して、アキトと一緒に最後尾でお店に入った。
店員の案内で奥の方の席へ通される。そこは個室を二つ繋げた空間になっており、僕らはすっぽりと席に収まった。それぞれのテーブルに六人ずつ、つまり全員で十二人だ。
「じゃーまずは、飲み物を注文してくださーい」
先ほどの鳥男が再び声を上げる。
「よし、何か飲みたいのがある奴は言ってくれ! 特にない奴は生中な!」僕らのテーブルは、アキトが早々と仕切り始めた。初対面の集団が相手でも、アキトのムードメーカーぶりは遺憾なく発揮されるのだ。
さて。改めて言うまでもないが、未成年の飲酒は禁止だ。僕を始め、この場には間違いなく未成年がいる。そんなことはみんな承知しつつ、でもお酒を頼んでしまう。偏見かもしれないが、それが新歓コンパというものだ。その背徳感が、お酒を一層美味しくしてくれるのかもしれない。
「あの……私はウーロン茶で……」
なのでその注文を聞いたとき、僕もアキトも「えっ?」と口走ってしまった。
それはテーブルを挟んで向かいに座る女の子から発せられた。一人だけ注文をして恥ずかしいのか、うつむいて表情がほとんど見えない。
「――ああ、わかった! こっちのテーブルは、生中五つに、ウーロン茶一つだな」
店員に注文したアキトは、僕の隣にどっかと座って、耳打ちをした。
「いやぁ、ちょいとびっくりしたぜ……。普通こういう場では、女子でも生中なんだけどなぁ」
「今までどんなコンパに出ていたんだよ? ただ、未成年だからか、お酒が苦手っていうだけだろ。普通さ」
結局その子は、目の前にウーロン茶が置かれるまでうつむいたままだった。