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親愛なる勇者へ 親愛なる魔王へ  作者: 望月 幸
第四章【勇者に必要なのは、動機と敗北だ】
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二話【停滞の時間】

 五月。

 あれから一か月が経った。猿の魔物に殺されかけ、いつの間にか自宅に戻っていて、彩音が介抱してくれていた日から。


 僕は、戦うことをやめた。

 初めのうちは、「戦いで怪我を負ったから」と仮病を使ってアルバイトを休んでいた。それも長く続けることはできなくて、一週間経った頃には何も連絡を入れないようになった。マスターやジョンさんなどのスタッフから怒りの電話が来るかと思ったが、来なかった。ありがたいような、寂しいような、複雑な気持ちだった。

 ゴールデンウィーク中には、アキトや美津姫と買い物に行ったり、家族と一泊二日の旅行を楽しんだりもした。だけど、そういう心情のせいで心から楽しむことはできなかった。

 そんな僕の様子を察してか、みんなもどこか心配そうな目で僕を見ていたことも知っていた。ああ、また心配かけているなと、僕はその度塞ぎ込んだ。まさに悪循環だった。

「勇者冒険学」に行くことも無くなった。それどころか、六号館に近づくことも無くなった。「行かない」と決めると不思議なもので、僕はその講義の存在をすっかり忘れそうになっていた。

 普通の講義を終えて大学から帰るとき、一度だけ六号館に立ち寄ったことがある。しかし、そこに六号館は無かった。元々そこには何もなかったかのように、芝生が青々と茂っていた。


 見捨てたのは、見限ったのはどちらなのか。僕が“勇者”を見限ったのか、“勇者”が僕を見限ったのか。

 正直、どちらでも良かった。とにかく僕は、勇者として魔物と戦うことは無くなったのだ。もう、自分から危険に飛び込んで、死にそうな目に遭うことはなくなるんだ。

 ああ、なんて嬉しいことなんだ。それなのに、どうして僕の目頭が熱くなってしまうんだろうか……。

 僕は走り出した。理由も目的も無く、ただ、体が求めるままに駆け出した。

 それでも、前に進んでいる感覚は無かった。まるでランニングマシンの上を走っているように。

 物理的には進んでいるかもしれないが、人としては後退している。それを認められなくて、やっぱり走ることしかできなかった。




 五月二十四日金曜日。

 休講が重なって、今日は学校に行く必要がなくなってしまった。彩音と母さんを送り出して、ついでに朝食を摂った。トースト一枚と目玉焼きとコーヒー。この一か月、自分で朝食を作るときはいつもこんなメニューだ。

 テレビを点ける。真っ先に表示されたニュース番組に“魔物”の文字が映っている。また、誰かが襲われたのだ。


 この一か月で、魔物は世界中に現れるようになった。好戦的な魔物もごく少数だが存在するようで、負傷者の数は徐々に増加している。

 もちろん人間側も黙ってはいない。警察内部では「危険生物対策本部」と言われるチームも結成され、自衛隊も動き出すのではと予想されている。

 プロ以外では、ゲーム感覚で魔物退治に動き出す輩も現れ始めた。自治体の報酬目当ての者もいれば、日頃の鬱憤を晴らそうという者まで。動機はそれぞれだが、人類は魔王との戦いに力を入れ始めていた。

 だから、僕は責められている気分になる。「みんな戦ったり、苦しんだりしているのに、お前は逃げているだけか?」と。「戦う力があるのに、それを振るわないのか?」と。

 反論の言葉はいくらでもある。「じゃあお前は、魔物に殺されかけたことがあるのか!?」とか、「敵のボスが自分の父親で、どんな気分で戦えばいいんだ!?」とか。問題は、その言葉を誰にぶつければいいのかわからないことだ。


 テレビのニュースを三秒も見ずに、チャンネルを替えた。次に映ったワイドショーでは芸能人の結婚のニュースを報道していて、それをぼんやりと眺めることにした。へえ、めでたいなと思いながら、無表情でトーストを齧る。


 パジャマから着替えるのも面倒で、二度寝するつもりで再びベッドに寝転んだ。窓の外では、サァーッと砂のような音を立てて雨が降っている。薄い雨雲の向こうで、太陽の光がぼんやりと浮かんでいる。それを飽きるまで見つめて、他にやることもなくて本を読むことにした。買ってきてずっと放置していた、一人の文芸少年が主人公の青春小説だ。

 青春で思い出したが、ネイサとの会話もしばらくしていない。以前は向こうから勝手に話しかけてきたのに。

 話し相手になってくれればとアプリを起動するが、何も反応は無い。画面が暗転して、そのまま何も変化が無い。そうか、お前も僕を見限っていたんだな。

 逃げるように読書に没頭した。主人公の少年は数々の困難を迎えるが、きっと最後にはハッピーエンドを迎えるのだろう。そんな当たり前の展開が、僕にはどうしようもなく羨ましい。できるのなら、僕がその少年と入れ替わって、苦悩もエンディングも僕の物にしてやりたいほどだ。


 トゥルルルル――


 リビングの電話が鳴り始めた。それに出る気も湧かなくて、無視して本を読み進める。


 トゥルルルル――

 トゥルルルル――

 トゥルルルル――

 トゥルルルル――


 妙に諦めの悪い電話主だ。既にコールの回数は二十回を超えている。僕なら、せいぜい八回くらいで諦めるぞ。

 仕方ない、このままじゃ読書に集中もできない。のっそり起き上がり扉を開ける。相も変わらず「トゥルルルル♪」と軽快な音を立てながら、電話機の緑のランプが点滅している。

 人の気も知らないで呑気な機械だとイライラしながら、受話器を取った。「もしもしィ!?」その苛立ちが声に表れて、つい強い言葉が飛び出してしまった。

「…………」

 何も聞こえない。いたずら電話か、威圧されてしまったのか。

「もしもし?」今度は優しめに言う。それでようやく、受話器の向こうから声が届いた。


「もしもし。“魔王”という者ですが――」


 息が止まった。突然、僕の周りの空気だけどこかに行ってしまったように。

「今の声は――ああ、そうか。叶銘だな? 十年ぶりだから、私もちょっと驚いてしまったよ。声は大人らしくなったが、電話が苦手なのは相変わらずみたいだな」

 カラカラと笑う、魔王と名乗った男。

 父さんだ。少なくとも、声は間違いない。幼い頃に大好きだった、父さんの優しさと力強さが込められた声。

 そして四月の始め、テレビ画面から聞こえてきた魔王の声と全く一緒だ。

「な、何の用ですか?」

 それでも、僕は「父さん」とも「魔王」とも言わなかった。言えば、それが変えようのない真実になってしまいそうで――。

「随分と他人行儀じゃないか。まあ、いいか。電話で話すより、直に会って話したいからね、私は」

 直に話すだって? 馬鹿な!

 今、僕が話している相手が何者かはわからない。ただ、これ以上関わるのも面倒だと思った。

「もう、掛けてこないでください。失礼します!」そう言おうとして、その逃げ道は断たれることになった。


「叶銘のお友達二人を誘拐した。返してほしかったら、今すぐ“木林ビル”に来なさい」


 友達二人――まさか!? その二人の顔が浮かんだ時には、既に通話は切られていた。ツーツーと寂しげな音が響くばかりだ。


 今の男の言葉が、どこまで本当なのかはわからない。しかし嫌な予感が僕の胸を埋め尽くし、堪らなくなって受話器を乱暴に戻した。

 急ぎながらも、僕はきっちり歯を磨き、髪を整え、フォーマル寄りの私服に着替えた。

 今の怪しげな男に、何かを期待している? 馬鹿な……!

 ショルダーバッグに名枕をつっこみ、家を飛び出した。“木林ビル”それはもう十年以上立ち寄ったことのない建物だが、僕はちょうど一か月前にそのみすぼらしい姿を見た。夢の中で。

 父さんと肝試しに入った、あの廃ビルに駆け出した。

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