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親愛なる勇者へ 親愛なる魔王へ  作者: 望月 幸
第二章【勇者は学び、働き、そして戦う】
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十三話【チャップマンの贈り物】

 ケーキの奪い合いとお風呂を済ませて、自室のベッドに横たわっていた。窓から入る夜風が、火照った体に心地いい。

 僕はスマートフォンの画面を眺めていた。正確には、チャップマンが勝手にインストールした、その謎のアプリのアイコンを、だ。

「結局、これはなんなんだろう?」

 訝しみながらも、僕の指は自然とそのアイコンに吸い寄せられていった。「チャップマンのプレゼントなら役に立ちそうだ」というのが表向きの理由だが、「アイコンの女の子が可愛い」とういのが裏向きの理由だ。

 トンと軽くタップすると、画面は真っ黒に暗転した。

 黒い画面に、ノイズのような細い線がいくつも画面を走る。

「なんだ? 壊れたのか!」と慌てふためく僕の目の前で、およそ一分はそのような状態が続いた。それが終わるといくつものウインドウが開いては閉じ、開いては閉じを、これまた一分は続いた。若干の後悔を抱きながら、ただただその不安定な光景を見守るしかなかった。

 ひとしきりスマートフォンの暴走が終わると、画面が真っ白な光に包まれる。霧が晴れるようにその光がフェードアウトすると、そこには不思議な光景が広がっていた。

 そこは雲一つない空だった。かなりの上空なのか、地表すら見えない高高度――いや、そもそも地面があるのかも定かではない。

 その果てしない海のような空に、数えきれぬほどの書棚が浮かんでいた。上下左右、縦横無尽に白くどっしりとした書棚が整然と並んでいる。さながら“空中図書館”と言ったところだろうか。

 その中心、半円形のカウンターの中に、あのアイコンの少女が背を向けて座っていた。本を読んでいるのか、うつむき気味の顔を髪がちょこちょこ撫でている。

 頭の高いところでひとまとめにした髪は、ウェーブのかかった上品なポニーテール。髪の色は透明感のあるブロンドで、髪の毛というより“繊維”という表現をしたくなるほど人工的な光沢を纏っている。

 画面を覗く僕の存在に気が付いたのか、首をかしげるようにして少し振り向く。そうして僕の顔を確認すると、座っていた椅子を回転させてようやく正面を向いてくれた。

 その少女は体つきこそ少女そのもののようだが、陶器のように白く滑らかな顔は歳不相応の妖艶さを放っている。その真ん中では、琥珀のように澄んだ双眸がまばたきもせず僕を見つめている。そのつぶらな瞳を片方隠すように、漫画で見たスカウターのようなものが装着されている。


「――ユーのナマエは?」


 彼女の小さくぷっくりした唇が動くと、機械の合成音声のようなぬくもりの無い声が発せられた。質問の答えを催促するように、パチパチと一定のリズムでまばたきを繰り返している。

「――神木叶銘です」初めて電話を掛ける子供のように、一文字一文字はっきりと告げた。

「そうか、カミキカナメか――じゃあ、カナメと呼ぶ」

 抑揚が小さく早口な声で、しかしどことなく親しげに、彼女は僕の名前を呼んでくれた。

 このアプリの女の子は僕と会話ができるらしい。それだけなら今時あまり珍しくもないが、なにせチャップマンがくれたアプリだ。「ただインプットされた言葉を話すだけ」とは到底思えない。

「チャップマンからのメイレイ。ワタシ、カナメにチカラ貸す」

「――やっぱり、チャップマンを知ってるんだな。なあ、あの人のこと、何でもいいから教えてくれないかな?」

 彼女は目を閉じ、ただ首を横に振るだけだった。その仕草は小さな子供のようで、「教えられない」というより「知らない。わからない」と告げているようだ。

「ワタシのヤクメ、ただ“サーチ”すること。ソレしかできない、けど、ソレはジシンある」

 そう言って両手を腰に当て、小さな胸をエッヘンと張っている。威張っているらしい。

「ワタシのナマエは『ネーム・サーチャー』。ゾンブンに役立てればいい、カナメ」

 ネーム・サーチャー……直訳すると「名前検索機」と言ったところか? 色々話したいことはあるが、その前に彼女に一つ提案した。

「なあ。『ネーム・サーチャー』じゃ長いから、呼び方を変えていいかな?

 例えば――そうだ。略して『ネイサ』って呼んでいいかな?」

 彼女は手を口元に当て、小首を傾げて考え込む表情。これも「考えている」というより「考えているポーズをとっている」ように見える。


「――ノープロブレム。ワタシも、長いとオモッテタ」

 その一言だけ、少女らしい温かみが込められていたように感じた。




 昼間だというのに、夕焼けのように赤く燃える空。始めの頃は戸惑ったものだが、もう慣れたものだ。今となっては、この真っ赤な空の下で演奏するのが私の一番の楽しみだ。

 その空に心の中まで赤く染められたように、ギターを弾く手の動きがついつい荒くなってしまう。木の枝にとまった双頭の翼獣たちも「ギャッギャッギャッ!」と声を荒くして上機嫌だ。彼らとのセッションを楽しもうと、ギターをかき鳴らす手に力が入る。

 

「――ほう。魔界のギターも、なかなか良いモノじゃな」


 私の目の前、真っ黒な切り株に座る一人の観客が、そうつぶやいた。“この体“になって暑さも寒さもほとんど感じなくなったのだが、ローブに全身をくるんだ彼の姿は暑苦しい。とは言え、彼には脱げない理由もあるのだから仕方がない。

「どうだい、先生? いっそ魔王なんてやめて、ミュージシャンでも目指そうかな? たぶん、魔界初になりますよ」

「勘違いするでない。儂が良いと言ったのは、お主のギターの腕前でなく、“ギターそのもの”のことを言ったのじゃ。良い値で売れそうじゃ」

「ははっ。相変わらず厳しいなぁ、先生は」

 ジャカジャン! 苦笑しながら、私はギターをケースにしまった。

 先生と一緒に演奏を聴いていた魔物たちは、ひょこひょこと林の奥へ帰って行った。頭上の翼獣も、バサバサと大きな羽音を立てて飛び去ってしまった。「もうちょっと余韻に浸ってもいいだろうに」と残念に思うが、情緒というものを解するほどの知識とセンスは備わっていないようだ。心から楽しんでくれる観客が誰もいないという点が、この魔界で寂しく感じることの一つだ。

「じゃあ、私は帰って昼ごはんでも作ります。あ、先生もいかがですか?」

「ああ、いや。儂はもうお暇せんとな……」

 ローブからちらりと覗く先生の指が、カタカタと震えていた。吐く息は白く、不謹慎ではあるが、先生の体から魂が少しずつ抜け出ているように見える。もしもあのローブが剥ぎ取られたら、もはや震えることもできないだろう。

「申し訳ありません、先生。ご老体に鞭打つようなマネを……」

「なに、君の頼みじゃ。儂はまだまだ健康体じゃし、それに――」

 先生のローブが、体が、砂のように散って行く。どうやら時間切れのようだ。


「儂はな、実は結構楽しいんじゃ」


 誰もいなくなった切り株に、私は一礼した。

「……さて。叶銘は父さんを倒せるのかな?」

 ギターケースを背負い、今日の献立を考えながら帰路に着くことにした。お気に入りの、あの歌を口ずさみながら――。

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