四話【購買の新商品】
「よし、これで今日の講義を終了する! 各自、家でしっかりと復習してくるように」
藤間先生がそう言うや否や、待ちかまえていたように一時限目終了のチャイムが鳴った。
結局、後半は先生の体を張った道具の実演に終始した。そのいずれもが現実離れした効果を示すものであり、おそらく、僕の持つ名枕と同種のものと思われる。現実世界への侵食は、自分にとって敵となるものもあれば、益となるものもあるということか。
他の学生たちは、相変わらず同じ言葉、行動を繰り返している。ロボットのように。それを尻目に、さっさと荷物をまとめて教室を出た。こんな居心地の悪い空間に長居する理由など無かったからだ。
しかしふと気になり、その後教室のドアの前で少しの間待ち構えてみた。あのロボットのような学生たちが、その後どのような行動に出るのか興味が湧いてしまったのだ。
五分経った。しかし、誰も教室から出てこない。気のせいか、教室の中の話し声も小さくなり、注意して耳を傾けてもほとんど聞こえない。怪訝に思い、おそるおそるドアを開けて中を覗き込む。
そこには、誰もいなかった。中に入り、僕の後ろの席、ピアスの男が座っていた椅子にそっと触れる。つい数分前までそこにいたはずの彼の体温は、感じられなかった。
二時限目も終わり、僕はアキトと一緒に生協の購買部に来ていた。終了が数分遅れてしまったおかげで、食堂の席はすっかり埋まってしまっていたのだ。昼休みの時間になると、構内は学生たちの洪水で氾濫し、特に食堂はほんの数分で席を取れるか否かの運命が分かれる。今日の僕らは敗北する運命にあったようで、購買におにぎりやパンを買いに来たわけだ。
食堂ほどではないにしろ、購買もお祭りのように学生がひしめき合っている。さながら、食料を運ぶ蟻たちが巣の中で渋滞しているような光景だ。
「ああ、またこの季節がやってきちまったんだなぁ……!」
「履修登録期間が天国に思えるね……あれ?」
見れば、数冊のノートとレポート用紙を抱える小っちゃい女の子の頭が。その周囲にはラグビー部かアメフト部だろうか、その子より二回り三回り大きい男たちが壁のように囲んでいる。わざとそうしているのではなく、あまりにその子が小さいため気が付いていないだけのようだ。
ふむ。僕は吉本新喜劇の伝統芸を彷彿とさせるその光景に割って入り、その女の子を男の織の中から引っ張り出した。
「ぷはあっ! あっ、ありがとうございます……って神木先輩じゃないですか!」
息苦しさに窒息しそうになっていた美津姫は、僕とアキトの顔を見てやっと安堵したようだ。よっぽと暑苦しかったのか、柔らかな前髪が汗で額にぴったりくっついている。
「奇遇だな、美津姫ちゃん! 君も買い物に来たの?」
「はい。ノートが足りないので買いに来たんですが、大学の購買がこんなに混んでいるなんて……」
美津姫はまだ一回生、そのうえ今日が初めての講義の日だ。僕たちがかつてそうだったように、彼女も大学生活の洗礼を受けて四苦八苦していたようだ。
「――なんだか心配だからさ、美津姫さんも一緒に来る? 放っておいたら、そこらへんでぺちゃんこになってそうだ」
「おいおい叶銘、その言い方は失礼だろう?」
「てへ……私もそんな気がします。それでは、お言葉に甘えさせていただきますね」
「否定しないのかぁ……」
朝に引き続き、図らずも再び三人組となった僕ら。前方に僕、後方にアキト、前後に守られる形で美津姫。RPGで冒険するパーティのようだ。
美津姫は弁当を持ってきているようなので、僕とアキトは二人で適当にパンと牛乳を手に取る。周囲の学生たちとゴツゴツぶつかりながらも、僕らはレジ待ちの行列へと並んだ。レジで学生たちを次々に捌くおばさんは常に笑顔で、働いた経験の無い僕なんかは頭が下がる思いになる。
あと二人で僕の番だ。そうしてレジに近づいた僕は、ふとレジ前の小さな棚を見た。ここには通常、ガムや飴がいくつも並んでいる。
そう。通常なら、だ。
「これ……藤間先生が持ってたやつじゃないか?」
そこに並んでいたのは、あの“勇者冒険学”にて先生が実演してくれた道具の数々だった。傷をたちどころに治す“傷薬”、体の不調を取り除く“薬草”、疲れを取り除く“滋養丸”。それら不思議アイテムが、こんな何の変哲のない購買に売られていた……!
「ね、ねえ……二人とも。これ、なんだろうね?」二人にかまをかけてみた。これは、こんな自然に売られているものなのか、みんなは知っているのか……と。
「何って、傷薬がどうした?」「別に珍しくもないですよね?」
驚くことに、二人は何も疑問に思っていないようだった。アキトはともかく、オカルト好きの美津姫ですら、この不自然な商品に何もときめくものは無いらしい。
ただ、気づいてハッとした。その時の二人の双眸は、このアイテムたちには焦点が合っていなかった。まるで、台本やカンペを読んでいるように、どこか遠い所を見つめている。他の学生たちも全く気に留めない。
戸惑いながらも、もう一つ気づいたことがあった。日本の通貨単位は、言うまでもなく“円”だ。そして、例えば傷薬の値札には“税込み540丹”と表記されている。そう、“円”ではなく“丹”なのだ。
普通ならただの誤字だと思うところだが、ここまで来たら僕も慣れたものだ。これは間違いなく、普通のお金では買えない。この世ならざる道具だ――と。
「次のお客様ぁー?」
「は、はいっ?」
「おいおい叶銘、ボーっとすんなよぉ」
僕はアイテムを気にしつつも、レジ係のおばちゃんにカレーパン、アンパン、牛乳を渡した。




