赤い花
久しぶり、いやもっとも二十二年間生きてきて二回目なのだが、電車に乗ることになった。
田舎の電車で一時間に一本くらいしか通らない。
そんな電車に乗ることになったのは簡単な理由だ。
普段使っている車が故障してしまったからだ。
電車以外の交通手段もあったのだが久しぶりに乗るのも悪くないなと思い、今に至る。
今は駅のホームでのんびりと電車を待っているところだ。
周りを見渡すが誰もいない。
土日の昼間だと言うのに誰もいない。まあ、なにを言っても後一時間は時間があるからなのだが。
二回目なのでどこをどうすれば切符を買えて、どこで待ってたらいいかを知らないため早めに着て駅員さんに聞いていたのは言うまでもない。
そして、現在。駅のイスに座って待っている。
人気の無さに間違えてないよなと確認したい気持ちが高ぶる。
時計を確認するも五分も経ってないことに気付き、そのまま落ち着くことにした。
コツコツとヒールが地面を蹴る音が聞こえだした。
後ろから聞こえてくる音に耳を傾ける。
聞こえてくる音は次第に遠ざかっていく遠くになるにつれ首ごと傾けて見た。
すると、黒くて長い髪をなびかせながら歩く女性がいた。赤いレースから伸びる綺麗な足を目で追ってしまう。
その女性がすぐ後ろを通ったのだろう。
ほのかな香りが漂っている。甘酸っぱい香りだった。
うっとりと見とれていると女性が視線に気付き、顔をこちらに向ける。
その時、男、篠田正義は心奪われた。
そのきめ細かい肌に、プルんとして魅惑的な唇に、柔らかく包み込んでくれそうな瞳に、魅了された。
形容しきれない美貌にあえて最も単純に美しいと思った。
女性はニコニコと笑顔を作り、手を振ってきた。
篠田はおもいっきり手を振り返す。
知っているひとだろうか?そう思って彼女に近づく。
とても忘れてしまうような女性には思えなかった。一度見たら忘れないであろう美貌だ。
体はすぐさま反応し足は彼女の方に歩いていく。
「あの、あったことあります?」
「えぇ、何をいってるの。私を忘れたの?」
自分の失態を悔いた。何故こんな美しい女性を忘れてしまったのかと。
「すみません、はは、いや覚えてますよ」
と、つい嘘をつく。
「その顔、絶対覚えてない顔でしょ」
図星をつかれて困惑する篠田は弁解する。
「いや、その、覚えてない訳じゃなくて、ちょい記憶喪失的な……」
あたふたする姿を見て女性は「なにそれ、ちょっと無理があるよ。」と言ってクスクス笑う。
「はは。そうですよね。」
苦笑いを浮かべ気まずさで頬をかく。
「私はあなたをよく知ってるわ。覚えてないのも無理はないわ。私すごく陰気なこだったし、でも一応あなたの幼なじみなんだけどな……」
そう言われてぎょっとした。幼なじみ。確かにいた、桜木紫乃という幼なじみが。しかし、自分の記憶に残る彼女はいつも暗く、学校ではほとんど喋らず、友達もいなかった。
いじめはなかったが、みんな気味悪がって近づこうとはしなかった。
怖い雰囲気がでていたからだ。呪われるというやつらもいたくらいだ。
しかし、このような幼なじみが今目の前にいる絶世の美女と同一人物だと位置付けるにはそれ相応の努力が要るようだ。
何故この子がこんなにも変わったのか分からないが女は怖いと思った。
それも事実だ。
「そんなに驚いた?」
たぶんあんぐりしていたのだろう。篠田の顔を見て笑っている。
「あ、ああ」
「それにしても、こんなとこでまた会えるなんて思ってなかった。今日は何かあるの?」
その質問に真っ先に浮かんだ言葉は(今日は仕事の関係で休日だけど呼び出されたんだ)というものだったが、発した言葉は別のものにすりかわっていた。
「今日は何もないよ」
何もない訳がない。大事なようがあるはずだ。なのに出た言葉は違うものだ。何故?答えは簡単だ。彼女と一分一秒でも長くいたいと思ってしまったからだ。
「そうなの!それじゃあ私と食事しない?いいお店知ってるのよ」
手を叩いて朗らかな表情を作る彼女は篠田を誘った。
しかし、篠田はほんとうに大丈夫なのか考える。
部長の言葉が浮かんだ。
「もし今度の取引先とうまくいったら休日に呼ぶかも知れないからその日は予定空けとけよ。君を頼りにしてるからね。」
篠田は迷った。目先の突然現れた恋か、それとも大事な仕事か、迷いに迷ったが恋に保証はない。そう決めつけ仕事を取ることにした。
「ごめんね、やっぱ………」
と断りを入れようとしたとき、「あ~!」と彼女は大きな声を出し話をたちきった。
「そういえば私が渡した日記帳覚えてる?あれ返して欲しいんだ。あれは私の宝物なの」
日記帳?聞き覚えがなかった。そんなものを渡してもらったおぼえがどうしてもなかった。
何の話だろうと思っているとカンカンカンと警報がなり始め、電車の音が近づくのに気付く。
しかし、今が何時か見る余裕がなかった。
「ま、この話は後ね。さ、乗りましょう。」
手を引かれ少し強引に乗せられそうになる。
「いや、ちょっと待って。」
引かれた手を振りほどき弁解する。
「すまない、やっぱり無理だ。今日は大事な日なんだ。俺は会社に行かないと……」
そう言いかけた時、彼女は今までの顔が嘘のようにまるで鬼の形相に変化していた。
刹那―
踏切の喧騒を無にする怒号が響き渡った。
「のれぇぇぇぇぇぇ!!」
鋭く伸ばされた腕は篠田の上着を掴み引きちぎれる。
化け物じみた怪力に気圧され足が固まる。
「うぁぁぁぁ!」
叫びながら必死に掴んでこようとする腕を振りほどき何とか逃れようとする。
「にぃがぁざぁなぁいぃいぁぃぁ」
彼女の服が髪が無造作に動きだし、篠田の身体に絡みつこうとする。
「やめてくれぇぇ、助けてくれぇぇ。」
「いぃっしょにぃぃぃのるぅぅぅ!」
殺される
そう予感した。
パァァァァァァ!!
電車の警報がなり、彼女の体を引いていった。
先程あったはずの電車は消えていった。
「何だったんだ………」
幻を見ていたんだろうか。
そのあと駅員さんが駆けつけてくれた。
どうやらここで自殺した少女がいたらしい。
それは桜木紫乃。14歳のころ、彼女は自殺した。
理由はいじめ。
篠田達によるいじめだった。
篠田は思い出した。
昔の悪行を。最初は簡単なことだった。ある日彼女が所持しているノートが気になった篠田は強引にもノートを奪って見たのだった。
その内容を見ると篠田への想いがぎっしりとノートに書き込まれていた。
それを恐怖に感じ同時に激しい嫌悪感が沸き上がってきた。
篠田は彼女のノートを自分の鞄にしまい、誰も見れないようにしてから彼女を陥れる様な言葉を紡いだ。
それがきっかけだった。
徐々にいじめる人は増え、トントン拍子にいじめはエスカレートしていった。ありもしない噂さえながれた。
そして、彼女は学校に来なくなった。
来なくなって数日後彼女は自殺した。
今日は彼女の自殺した日と一緒だった。
篠田は会社に行かず、家に戻りノートを返したのだった。