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暁の境界線  作者: 河合空
1章
9/9



 周囲に充満してい黒い霧はE組の教室から発生しているようだった。教室に近づけば近づくほど霧は濃くなり、強い鬼の気配が増していく。


 二人は意を決して教室の中に踏み込んだ。

 教室の中央に、斉藤が立っていた。廊下側に背を向けているため征一郎からは斉藤の表情は見えない。その傍らには二人の鬼がいる。そのうち一人は綜馬の前に現れた少女だ。


「達也!」


 征一郎が呼びかけるも、斉藤は何の反応も示さない。そこにはひんやりとした空気が満ちていた。


「あら、また会ったわね。ちゃんと本音は聞けたかしら? ここまで来れたご褒美にいいこと教えてあげるわ」


 少女は楽しげに口を開いた。

 長い髪を指にくるくると巻きつけて手遊びしている。手に触れた銀の髪が揺れた。黒い霧が充満しているなかで、その銀糸のような髪だけが不気味に光っていた。


「今回の元凶はこの子よ」


 そう言って少女は傍らにいるもう一人の鬼に視線を向ける。セーラー服を着たおかっぱの少女だったものだ。目は血走り、口から除く犬歯はまるで野犬のように大きく尖っている。頭部からは二本の角が突き出しており、その少女の顔はまるで般若の面のようだった。


「女の子をたぶらかす男がどうしても許せないんですって」


 セーラー服の鬼は血走った目で目の前にいる達也を睨んでいる。彼女の身体には黒い霧がまとわりついていた。彼女のどす黒い怨念が今にも斉藤を取り込んでしまいそうだ。


 どこかで見覚えがある。征一郎は目を凝らしてその鬼を見た。

 少女の、肩にぎりぎりつかない長さの髪がふわりと揺れる。おかっぱのセーラー服を着た少女。


 征一郎の脳裏に屋上にいた地縛霊の姿がよぎった。ハッと息をのむ。


「まさか、屋上の……花子さん、なのか?」


 征一郎の言葉に綜馬が目を見開く。

 そんな馬鹿な。綜馬は言いかけた言葉を飲み込んだ。記憶力も直感も征一郎の方が優れているのだ。その征一郎がそうだというのならそうなのだろう。


 そのままセーラー服の鬼を観察する。確かにくだんの地縛霊の面影は残っているものの、その姿は記憶に残っているものとは大きくかけ離れていた。そもそもあの地縛霊にこれほどの力はなかったはずだ。

 たった数日で自力でここまで変貌したとは考えにくい。

 

 征一郎の問いかけに、セーラー服の鬼は何も答えない。

 二人の視線は自然ともう一人の鬼に集まっていた。視線に気づいた銀色の少女はにっこりと笑う。


「私は彼女の求めに応じただけ。周囲の鬼を喰らったのも、彼を標的に選んだのも、すべては彼女の意思よ」


 銀の髪が揺れる。


 最近鬼の気配が減っていたのはそのためだったのか。征一郎は唇をかんだ。

 異変は確かにあったのだ。そして征一郎はそれに気づいていた。にも関わらず見過ごしてしまった。その結果が、この状況だ。征一郎は拳を強く握りしめた。


「集団自殺事件もこれ以上は起こらないから安心していいわよ。目的は達成できたし、おまけもついてきたもの。もう十分だわ」


 少女は髪をいじる手を止めた。


「早く幕を下ろさなきゃ」


 少女は凄惨な笑みを浮かべた。


 それが合図であるかのように、周囲の黒い霧が斉藤の身体に集まり始める。まるでスポンジのように斉藤の身体は黒い霧を吸い込んでいった。途端に、斉藤の身体が大きく跳ねる。苦しむように背中を丸め、頭を抱えこんだ。


「達也!!」

「待て、危険だ!」


 征一郎が叫んで駆け寄ろうとするが、綜馬が腕をつかんでそれを制止する。


 やがて斉藤は落ちついたように、両手を頭から離した。 

 ゆっくりと斉藤が振り返る。その顔には笑みが張り付いていた。


「あれー、なんで征ちゃんと綜馬がここにいるの?」


 いつもの口調で、いつものトーンで斉藤は二人に話しかけた。軽く首を傾げて問いかけるその姿はこの殺伐とした場ではひどく浮いていた。


「まー、そんなことどうでもいっか。それよりもさー……死んでよ」


 軽い調子で言われた言葉に、二人に戦慄が走る。

 斉藤は黒い霧を右手に集め征一郎と綜馬めがけて放った。

 とっさに綜馬が力を使って不可視の防御壁を作り、それを防ぐ。ぶつかりあった二つの力ははじけとんだ。

 衝撃が風となり、そこにいるものたちの髪や服を揺らした。


「あらー、綜馬ってホント空気読まないよなー」


 斉藤はけたけたと笑う。しかしその目は決して笑っていなかった。


「生憎空気なんて不確かなものを行動指針にするほど弱い信念なんて持ち合わせてないんでな」


 第一、そんな空気でもないだろ、と付け加えた綜馬の表情は険しい。征一郎をかばうように綜馬は半歩前に出た。

 

「それもそうだねー。てか綜馬ってやっぱ征ちゃんの従者みたい。それよりもボディガード? ナイトのほうが似合うかな。かっこいいねー。……じゃあこういうのはどうする?」


 斉藤が左手を高さまで上げると教室に並べられてた机や椅子がふわりと宙に浮いた。先ほどと同じように投げる仕草をする。すると宙に浮かんだ椅子が二脚、征一郎と綜馬めがけて飛んでいった。


「っ!」


 間一髪で横に跳び、椅子の直撃を逃れた。直後、椅子がぶつかる大きな音が響く。


「あはは、上手上手。じゃあもっといくよー」


 楽しげに笑った斉藤は、次々と椅子や机を綜馬と征一郎めがけて飛ばしてくる。二人はそれをすんでのところで避けるのだが、斉藤は二人が転げまわっているのを楽しむように、ギリギリ避けれるタイミングでしか攻撃をしてこない。


「くっ、いい加減に……」

「綜馬! 駄目だ!!」


 綜馬が攻撃に転じようとするのを征一郎は制止した。

 その力は人間である斉藤にも害を及ぼすのだ。綜馬の力を直接その身に受けて斉藤が無事でいられるとは到底思えなかった。


「なにそれ。攻撃してくればいいじゃん。友達ぶんないでよー。俺のこと何にも知らないくせに」


 それまで笑っていた斉藤から笑みが消えた。

 それと同時に浮かんでいた椅子がそれまでとは明らかに違うスピードで征一郎へ放たれる。


「!!」


 身を捻るも完全に避けることができず、椅子は右肩を直撃した。衝撃と痛みに顔を歪めながら床に倒れこむ。


「征一郎!」


 綜馬が叫んだ。

 このままでは全員死んでしまう。そう判断した綜馬は右手に力を集中させた。


「駄目だ、何もするな」


 左手で右肩を押さえ、痛みに耐えながらも征一郎は首を縦に振ろうとはしない。反論しようと綜馬が口を開くそれよりも先に、斉藤が再び椅子を征一郎の方へ放った。

 それは征一郎から僅か数センチ離れたところに衝突した。盛大な音が教室内に響き渡る。


「人助けのつもり? そういうの偽善っていうんだよー。ほんっとうざい」


 斉藤は苛立ちを露わにして吐き捨てた。

 その感情の変化に呼応するように黒い霧が斉藤の身体の周囲に集まりだす。まるで使った分の力を補充するように斉藤はその黒い霧を身体に取り込んだ。


「俺さー、誰にも言えなかったことがあるんだよねー」


 斉藤の口元だけは笑みの形を作っていた。


「俺、姉ちゃんのことがさ、好きなんだ」


 征一郎は斉藤の突然の告白に思考が追い付かず、眉を顰めた。綜馬は征一郎よりも早く理解したものの、戸惑いを隠せずにいる。

 一拍置いて征一郎は漸く言葉の意味を理解することができた。とっさにどう反応していいかわからず、思わず困惑した表情のまま斉藤の顔を凝視する。

 

 斉藤は二人の反応を見て自嘲気味に笑った。


「ほら、俺のことそういう目で見るだろ。友達ぶってるくせに軽蔑してんじゃん。……もうウンザリなんだよ。兄妹とか法律とか倫理とか、そーいうの全部うざい」


 だから、全部なくなってしまえばいい。そう言った斉藤の目には深い闇が宿っていた。


 斉藤の身体が教室中に蔓延している黒い霧をかき集め、吸収し始めた。本来は斉藤にはほとんどないはずの霊力――この場合は妖力といったほうがいいのかもしれない――が急激に大きく膨らみだした。


 危険だ。征一郎は本能でそう感じた。

 それと同時に、あの霧を斉藤の身体から追い出せば、斉藤は元に戻るのではないか、という考えが唐突に浮かんだ。

 気づけば征一郎は斉藤に向かって地を蹴っていた。

 それに気付いた斉藤が右手でなぎ払うような動作をした。すると斉藤にまとわりついていた黒い霧がまるで刃のような形状となって征一郎に襲いかかる。身をかがめてそれを躱した征一郎は勢いを殺すことなく斉藤に体当たりした。


「ぐっ!」


 征一郎の体重を上乗せされた状態で背中を床に打ち付けられた斉藤はうめき声を漏らした。斉藤の上に馬乗りになった状態で征一郎は斉藤の心臓の上に左手を当て、意識を集中させる。

 斉藤に触れている左手から、黒い霧が一気に征一郎に入り込んでいく。それは激しい痛みを伴った。


 憎しみ、恐怖、不安、絶望。

 負の感情が身体を駆け巡る。


 斉藤の身体に入り込んでいた黒い霧は瞬く間に征一郎の身体に吸い込まれていった。黒い霧を奪われた斉藤はまるで糸を来られた操り人形のように、意識を失った。


「っ、……綜馬!!」


 征一郎は声を絞り出し、綜馬をへ視線を向けた。

 綜馬は征一郎の意図を汲み取ると頷いて右手に力を集中させる。そして圧縮した力の矢が征一郎に向けて放たれた。


 直撃を受けた征一郎はその衝撃で吹き飛ばされた。


 周囲を静寂が包み込む。





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