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君を想って生きる日々

 たかが普通の人間がどうやって、お金を貯めればいいのかは分からなかった。


 普通の人なら、とてもいい大学入って、大企業の社員になって給料一杯もらってってすればいいのだろうか。


 でも僕は違う。


 高校は中退してしまったし、頼れる人はいなくて自分の生計すら正直まともに立てられるか怪しいと思える状況だった。


 最初は怖かった。


 自分はもしかしたら一生、リナを迎えに行けないのではないか―――


「――――リナと一緒に暮らすんだ……」


 諦めたくない。


 僕はとにかく手当たり次第のアルバイト職を探した。


 コンビニはお金を稼ぐには意外と効率が悪いので、最初のとっかかり感覚で始めた。家はアパートを借りずアルバイトの先輩の部屋を間借りすることにした。


 かなりのオタクさんだったけど、とてもいい人なので正直家の臭さよりも、そっちの方がいてて楽だった。


「わかるか達也!妹キャラっていうのはな、何よりも―――何よりも至高なんだよ!」


「はい、わかりますっ」


「朝起きて、朝だよお兄ちゃんって言ってもらえるその素晴らしさ、一緒に学校にいって友達にからかわれながらそれでも俺の手を離さない健気さ、わかるだろう達也!」


 うん、いつもリナとはそうやって朝登校していたので、先輩のことはよくわかる。


「わかるかぁああああ!可愛いだろ、妹キャラって最高だろ、夜は手作りのご飯を食べて一緒に勉強して、お風呂も一緒に入って、妹が眠った後は――むほぉおおお!」


「うん?……は、はい」


 最後のことはよくわからなかったけど、お風呂も一緒に入るので、そういった日常がとても愛おしいというのは、僕も同感だ。


 聞けば先輩さんも可愛らしい妹さんがいるみたいで――今は画面の向こうにいるらしく会えないのだが――その人について語るさまは本当に男らいいなと感じた。


 僕もこれくらいリナの為に頑張らないとな。


 それから引っ越し業にも手を出してみた。正直あの日ぼこぼこにしてしまった業者の人たちに申し訳ないなと思いつつ、あの人たちに会わないように祈りつつ頑張った。


 頑張っていると、すぐに出っ張ったお腹はへっ込んでいて痩せるようになった。


 少し格好良くはなったのだろうか――夜のパチンコ店の警備員のバイトをしていると、パチンコのホールのバイトにも召集されたり、少し小さな夜のバーのアルバイトを任されるようにもなった。


 夜型に生活サイクルが変わっていくけど気にはならなかった。


 それ以上にいろんな収穫があった。


 一つは僕の家は結構名前が売れているらしく、僕の名字と名前を出せば、いろんな人が――特に夜の人たち――は驚いた表情を皆取った。


「げっ……冬村家の―――ご子息ですか?」


「はい」


「うーん……いや、そのあの連中にあまりかかわるのはちょっと」


「じゃあ少し祖父に電話しますね」


「お願いやめて!」


「入れてっ」


「――――か、歓迎します」


「アルバイトですけどよろしくお願いしますね、新井金融社長っ」


「……まじかよ」


 おかげで結構いいお金になるアルバイトに入れるようになった。


 結局、名前も含めて自分はあの家に支えられているのだと言うことが、わかったのが二つ目。


 それだけじゃない、いろんな人と僕は出会い、いろんな人たちに支えられお金を稼いだりご飯を一緒に食べたり、一緒に仕事をしたり、いろんな意味で皆に僕は支えられているのだと言うこと。


 それがわかったのが三つめ。


 結局一人では、僕は生きていけないのだ。


 仕事をしてアルバイトをこなしていけばいくほどに、僕はそう感じた。


 それは孤独感を僅かに埋める材料となると共に、『諦め』という言葉が足元から這い上がってきて、焦りを感じさせる種にもなった。


 僕は、リナを自分の力で支えることはできないのだろうか。


 僕は、リナを迎えに逝けないのだろうか―――


 二年目の冬。


 十八になって僕は苛立ちに春の夜空を見上げながら、苛立ちに顔をしかめつつ、スーツでいつものバーに向かっていた。


 彼女に、妹に会いたかった―――




 ピンポーンッ


 十時頃だろうか。


 朝帰りの僕は、布団から身体を這いだすままに、のろのろと眠たさを体に引きずりながら薄暗い玄関の方まで足を運んでは扉の前に立った。


 そこは僕が借りているアパート。


 バイトの先輩がいなくなって、僕はアルバイトに出ているサラ金の社長の勧めでこの安めのアパートを借りることになって三カ月、始めてお客だった。


 新聞屋も寄り付かない場所なので正直驚いているところで、僕は眠たさに目をこすりながら魚眼を覗く。


 扉に立っている人の影が滲んだ視界に映る―――


「……え?」


 すぐにチェーンを解いて鍵を解いて、僕は扉を開いた。


 少し後ずさる小さな革靴の足取り。


 背丈は小さくピンクを基調としたもこもこの服を着て、スカートから覗かせるすらりとした足はハイソックスに覆われていて、胸元には白いマフラーが首元を覆って巻かれていた。


 見上げる瞳は蒼く、冬の風に揺れる長い透き通った髪。


 白くてふにふにのほっぺたはほんのり赤く、幼い表情を惚けさせながら、そこには懐かしい少女が立っていた。


 僕の、妹―――リナが立っていた。


「……リナ」


「――――お兄ちゃんっ」


 リナはとたんに笑顔を見せると、立ちつくす僕の胸元に飛び込んできた。


 僕は慌てて彼女を抱きすくめるままに、後ずさって玄関まで戻りながら、戸惑いに眉をひそめ、小さな顔をぐりぐりと押し付ける妹に首をかしげた。


「リナ……どうして……」


「えへへっ、寂しくなったら会いに行っていいってお兄ちゃん言ったもん」


「……」


 ――覚えてなかった。


 タラリと冷や汗をかき顔をひきつらせる、そんな僕をよそに、リナはギュッと背中に爪を食い込ませぐりぐりと顔をこすりつける。


「にゅうう……お兄ちゃんの匂いだぁ……」


「……少しお酒臭いかも」


「飲んだの?」


「ううん。僕の働いているところが少しお酒を扱う場所でね……」


「お兄ちゃんの汗の匂いしかしないよっ」


「それはそれで……」


 なんだか恥ずかしくて、僕は苦笑いを浮かべながら、玄関を占めつつすり寄る妹を何とか引き剥がして彼女を部屋の奥まで案内することにした。


 リビングとベッドルームが一体化した広い部屋。


 テーブルのそばに蒲団が敷いてあるようななんだかちょっとだらしない空間で、僕は慌てて布団を片づけながら、マフラーを脱ぐ妹を横目に告げた。


「ちょっと待ってね。座布団―――えとクッション用意するから」


「―――お兄ちゃんの匂い……汗臭い」


「も、もぉ。リナはそればっかり、いちおう一週間に一度は掃除してるよぉ」


「ごみ箱は―――ティッシュ少ないね」


「うん、ご飯はできる限り自分で作ってるからね」


 変な返答をしたのだろうか、僕の言葉を聞いてリナは少し不満げにほっぺたを膨らませると、ごみ箱のかごから身体を離してまた部屋の中を見回しては鼻をひくつかせた。


 その様子はなんだか犬みたいで、僕はクッションをテーブルの前に置きながら笑みをにじませた。


「あはは、僕の部屋の匂い珍しい?」


「ううん……懐かしい……」


「そっか」


「お兄ちゃんは……私の匂いとか……その……」


「僕は覚えてるから嗅ぐ必要ないかな?いつ通りのリナのいい匂いだよ」


「……本当っ?」


「うんっ」


「……えへへへっ」


 嬉しそうに笑顔をにじませながら、リナは用意したクッションの上に座ると、膝を両腕で丸めるままにテーブルをはさんで僕の前に座った。


 スカートが少し目くれて、パンツが目に入る。


「……ピンクかぁ」


「ふ、普通に覗きこまないでよぉ……」


 と慌てて少し短めのスカートを両手でぎゅっと抑えるリナに、僕は少しさみしげに眼を細めた。


「うーん、だって前はいつも絵柄物の白いパンツばっかりだったし、無地のピンクってなんだか新鮮だなぁって思って」


「ううっ……そう言えばお兄ちゃんがいつも私の下着洗ってたんだよね。可愛いの用意したのに……」


「だよぉ。リナの当時のスリーサイズは大体知ってるからね」


「な、なんでそんなところまで知ってるのよ!?」


「にはは、シスコンだからね」


「――――バカぁ……」


 恥ずかしそうに顔を伏せる様子はまるで変わっていなくて、僕は安堵に小さくため息をつくと、立ち上がるままにキッチンの方へと足を運んだ。


「飲み物用意するね。少し待ってて」


「私も用意するっ」


「うんっ」


 駆け寄ってくるリナと一緒にジュースと食べ物を棚から取り出しながら、僕はふと隣で戸棚に手を伸ばす小さな妹の横顔を見下ろした。


 幼さは残るものの、少し大人びた横顔。


 薄く口紅をしているのか、僅かに唇は濡れたようになっていて、それだけなのに、その表情は少し大人びて見えて―――


「うーん……コップが二つある」


 そう言ってコップを二つ手に突き出し、こちらを見上げる、胸元ほどの背丈の少女の真剣な表情に、僕は少し顔を赤くして目を伏せた。


「う、うん……リナがいつきてもいいように……えと」


「――――お揃いだけど」


「……リナがお揃いがいいってずっと前に言ってたから」


「……まぁ、許しておくねっ」


「は、はい……」


 そう言ってキッチンから出ていく妹に、僕は小さく頭を下げると、彼女と共に大きなジュースのペットボトルを担いでテーブルに戻った。


 そしてまた妹の顔を僕は見つめる。


 少し大人びた妹、そんな彼女を間近で観察することはかなわなかったけど、それでも元気に成長しているところが見れて、それだけで胸が一杯になるような気持ちだった。


 そんな妹を早く迎えに行きたい―――僕はトロンと目を細めながら、ニヤニヤと頬を綻ばせていた。


「……」


「お兄ちゃん嬉しそう」


「にはは、リナが目の前にいるからね……」


「――――バカっ」


「でもリナはどうしてこっちに来たの?」


「お兄ちゃんに会いたかったから」


 ――嘘いつわりのない、はっきりとした口調。


 真っ白でふにふにのほっぺたを赤く染めながら、リナは少し照れくさそうに両膝を抱えて小さな顔を少し隠し、そして僕を見つめた。


「だって……もう二年目だよね。そう考えてたら、なんだか……その」


「向こうはどんな感じ?」


「私立の中学校にね行かせてもらったの。いい大学に入れるようにってあの爺さんがお金をくれて」


「よし、帰ったらあのじじい死ぬまでぼこぼこにしようっ」


 ――俺が妹をいい大学に入れようと考えていたのに。


 全くあのクソ野郎どもはまるで空気を読まない。


 そこいらはあの女同様血筋と言うべきか―――まさに忌むべきかな。断絶させてしかるべき障害だと俺は顔をひきつらせながら感じた。


「それでね、学校少し近くなって……でも毎日一人で行かないといけないから……」


「そっか……」


「うん、だから……少しさみしいかなって、お兄ちゃんがいつも一緒にいたし」


「僕が家を買ったら僕が一緒に見送りに行くよ」


「――――お金、たまったの?」


「頭金を払える程度には、ね……」


「本当?」


「うんっ。だからもう少しだからっ」


「――うんっ」


リナは笑顔を見せながら少し涙ぐんでいた。


寂しかったのだろうか。


それとも僕が出て言ったことを恨んでいるのだろうか。


興奮気味に話していた自分がばかばかしくなり、少し頭が冷えてきて、僕は小さくため息をつくとリナにここに来た事を尋ねてみた。


「あ、そうだ……」


僕が尋ねるとリナは思い出したような表情を見せ、少し表情をこわばらせた。


まるでそれは向こうの屋敷にいた爺さんのようであり、物真似をしているような顔をしている妹に僕は思わず笑い声をこぼした。


「……もぉっ、真剣なんだからっ」


「ごめんごめん……何で来たの?」


「――――おじいちゃん、冬村拓真からの言葉を伝えに来ました」


「うん」


「お兄ちゃんが出て言ってからもうすぐ二年です。期限が近いのでそろそろ顔を出して今後の進捗状況を教えるようにと言われてきました」


「手紙でいいのね」


「――それじゃ、私がこっちに来れないじゃない」


とマシュマロのように白くて柔らかいほっぺたを膨らませ、リナは恨めしげに僕を睨みつける。


そんなリナが可愛くて、僕はにやにやと顔をほころばせると照れくさくて頭をかきながら、彼女の不満げな表情から顔をそむけた。


「にはは、ごめんね……僕の方は大丈夫。めどは立っているし、もう少ししたらそっちに報告に行くつもり」


「本当?」


「うん、あのご老人にそう伝えて―――後僕から一つだけ」


「何?」


「――――いくつかの件で、僕の周りであなたが口利きを行った形跡が見られた」


「……」


「その件に関して、ありがとう、とだけ」


「お兄ちゃん……」


「――――外に出よっか」


「少し、変わったね……」


少し表情を暗くさせるリナ。


―――それはおそらく僕がリナに対して感じているものと同じものだった。


立ち上がろうとした僕は、膝を抱えて俯く妹の下に歩み寄ると、あやすようにしょんぼりとする彼女の頭をそっと撫でた。


髪はふわふわで梳けば風に消えそうなほど透けていて、僕は優しく彼女の髪を撫で撫でながら、覗きこむように妹の横顔を見下ろした。


「リナ……」


「ん……」


「えと―――会いたかった。この一年半、ずっとリナに会いたかった」


「――――私もっ」


そう言って顔を上げるリナに、僕は手を引くと立ちあがって彼女に手を伸ばした。


「にははっ、素直で優しいリナは可愛くて好きだな」


「……。昔はちょっと……私反抗期だし」


「今は?」


「……デレ期かも」


そう言って俯きがちの顔を赤くしながらリナは、僕の手を取る。


僕は彼女の手を握り締め、彼女を立ち上がらせ、同じ地面を踏みしめる。


もう一度、強く妹の手を握る――――








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