どうぞ
「どうぞ」
まだ言葉もおぼつかない頃、その子はそればかり言っていた。
積み木を差し出しては、「どうぞ」。
食べかけのクッキーを差し出しても、「どうぞ」。
自分のおもちゃも、ぬいぐるみも、何でも誰かに渡したがった。
母は笑って受け取る。
父も少し照れながら、「ありがとう」と返す。
小さな手から渡される「どうぞ」は、不思議なくらいまっすぐで、惜しげもなかった。
——この子は、なんでもあげちゃうね。
そう言いながらも、母はそのたびに少しだけ胸があたたかくなった。
やがて、その子は成長した。
「どうぞ」と言うことは、少しずつ減っていった。
代わりに、「いいよ」や「あとで」が増え、
自分のものを手放すことにも、ためらいを覚えるようになった。
当たり前のことだった。
学校に行き、友達ができて、
世界が広がるにつれて、
その子の手の中には、守るものが増えていった。
それでも時折、
忘れたように「どうぞ」と言うことがあった。
飲み物を注いだとき。
席を譲るとき。
誰かに何かを渡すとき。
その声を聞くたびに、母は少しだけ昔を思い出した。
やがて、その子は家を出た。
引っ越しの日、
段ボールに囲まれた部屋で、
母は何度も声をかけようとして、やめた。
何を言えばいいのかわからなかった。
「体に気をつけて」
「ちゃんと食べなさい」
「困ったら連絡して」
どれも本当で、どれも足りない気がした。
結局、玄関で靴を履く背中に向かって、
母はただ言った。
「いってらっしゃい」
その子は振り返って、
少し照れたように笑い、
ドアを開けて外へ出た。
その瞬間、
もう“あの小さな手”はここにはないのだと、
母は静かに理解した。
それから何年も経った。
ある日、「子どもが生まれた」と連絡が来た。
写真の中には、小さな赤ん坊と、
見慣れているはずなのにどこか新しい顔をした我が子がいた。
母は何度もその写真を見返した。
初めてその家を訪れた日。
玄関の前でチャイムを押すと、
内側から足音が近づいてくる。
ドアが開く。
そこに立っていたのは、
もうすっかり大人になったその子だった。
けれど、どこかに、確かにあの頃の面影がある。
「来たよ」
母がそう言うと、
少しだけ間を置いて、その子は笑った。
そして、ドアを大きく開けて——
「どうぞ」
そう言った。
その一言に、
母の中で時間がほどける。
積み木を差し出していた小さな手。
クッキーを渡そうとしていたあの顔。
すべてが、今この瞬間につながっているようだった。
母はゆっくりと、その家の中へ足を踏み入れる。
「おじゃまします」
そう言いながら。
その先の部屋では、
新しい命が、小さく息をしていた。
「どうぞ」
あの頃と同じ言葉なのに、
今はもう、受け取るものが違う。
差し出されているのは、
おもちゃでも、お菓子でもない。
時間と、人生と、
そしてこれから続いていく家族のかたちだった。
母はふと、思う。
あの子は、何も変わっていなかったのかもしれない。
ただ、
「どうぞ」と差し出すものが、
少しずつ大きくなっていっただけで。
玄関の向こうで、
その子はもう一度言う。
「どうぞ」
その声の奥に、
あの小さな頃と同じやわらかさを感じながら、
母は静かにうなずいた。




