選べ! 有罪ちゃん!
「ギルティ! ギルティ! ギルティ!」
ずっと、この声が聞こえている。
ずっと、私にだけ聞こえている。
滴り落ちる水の音。
黄色い反響が過ぎ去るのを、私はずっと待っている。
「ギルティ! ギルティ! ギルティ!」
この声が、耳障りな音を全て搔き消してくれている。
「ギルティ! ギルティ! ギルティ!」
「ギルティ! ギルティ! ギルティ!」
「ギルティ! ギルティ! ギルティ!」
「ギルティ! ギルティ! ギルティ! ギルティ! ギルティ! ギルティ―― !」
夕暮れは一日の終わりに温もりだけを奪い去り、暗闇の帳は進むべき道を強調させる。
雑踏は汚す。
駅前の、色とりどりのタイルアートを踏みつける。
甘味料の基材が黒点を貼り付け、溜息の紙幣が崩落する。
私はそんな地面の上に生れ落ちて、生き続けなければならない。
怒りではない。
悲しみでもない。
諦めでもない。
苦しみでもない。
私はただ、知らないだけ。
私はただ、綺麗なことを知らないだけだ。
綺麗な私は、綺麗であることを知らないだけだ。
「ギルティ! ギルティ! ギルティ!」
知らなかった私はだから、したがって罪人だ。
知らなかった。
罪であることを知らなかった。
あるべきことだと思っていた。
知っているべきだった。
だから私は罪人だ。
この子だけが私を、罪人なのだと認めてくれているから。
「あなた、有罪ですよ」
その子からそう言われたのは、初めてだった。
「…… 有罪?」
何を今更。
その日の放課後も、夕暮れがいずれ暗闇が来ることを教える。
陽が落ちるのが早くなっても、帰る時間は変わらない。
そうしていると、教室のドアノブが優しく落ちて、教室の扉が開かれる。
現れたのは、学級委員の伊野香織だ。彼女は決まって、最終下校時刻の10分前にここへ来る。たまに会えば、挨拶を交わす程度の仲だ。
けれど、今日の彼女は違った。
「あ ―― …… それ、どうしたの?」
彼女は私の首元を見てそう言った。慌てて目をやると、古くなっていたヘアゴムが千切れている事に気が付いた。
私は、取り繕うように答える。
「うん、平気。ヘアゴムが千切れちゃっただけだから……」
すぐに予備のヘアゴムを胸ポケットから取り出して、ほつれた髪を結び直す。
その間も彼女は、私のことをずっと見ていた。
「あれ、何か…… 変かな?」
「いや、大丈夫そうなら、別に」
私は頷くと、彼女は慌てた様子で軽く手を掲げた。
「あ―― いや……」
気まずい空気が流れる前に、私はこの場を切り上げる。
「もう、帰らないとだよね。最終下校時刻、守らないと、怒られるの委員長だもんね」
私の嘘が、バレないうちに。
「そうだ、もし良かったらなんだけど、途中まで一緒に帰らない?」
その提案は唐突に思えたけれど、荒唐無稽に思えたけれど、そんなのは思い違いだって信じたかったから私は。
「それは! 凄い良いアイディアだね――」
愛想笑いで、そう答えた。
駅までの道のりは、いつもより早く過ぎ去った。
彼女は、暗がりの寒さを楽しそうに語り、教師と生徒の橋渡しをする日々を気だるげに語り、将来のことを考えたくもないと言いながら語る。
そして、自らを罪深いと言った。
「夜中にスイーツを食べるなんて、罪深いなって思うよね――」
「―― え?」
「ほら、今でこそ若いからって、すぐには太らないだろうけど―― 大人になったら絶対太るだろうし、今しかない! って思うよね?」
「今しか……」
「あれ、思わない?」
彼女は今を、モラトリアムだと言ったのか?
「それじゃあ今は、有罪じゃない?」
「どうかな、罪深いなぁなんて思うけれど、有罪かどうかなんて、私が決める事でもないし」
罪はあれど、有りはしないと彼女は言った。
ふと、歩道の先に目をやると、マゼンタの大きな瞳が私を見ていた。真っ黒な睫毛が隠す瞬きは、赤信号が点滅しているようにも見えた。
「ないものはないのです。あるものは罪なのです」
ならば彼女は、私の何が有罪であると言うのだろう。
「…… その罪って、償えるのかな?」
「償う? って、そりゃあ、償えると思うよ?」
「私はスイーツ食べた後に何回かスクワットするけど…… それで償えてるのかなあ――」
彼女は、頭を抱えながらそう言った。わざとらしいその仕草の途中で、私の目を見て微笑んだ。
「まあ、太ったらまたやればいいんだけどね」
続けざまに彼女は、赤裸々に、恥ずかしがる素振りで語る。
「でもそんなこと言ってたら、いつか太った自分に気が付けなくなっちゃうかも!?」
罪状の再帰が、常に自身を蝕むのなら。
きっと私の人生は、償い続ける人生だ。
「もし、スクワットが嫌になったら?」
私は聞いた。少し、嫌味だったかもしれない。罪な問いだったかもしれない。
けれど彼女は、たったの笑顔でこう言った。
「走ったり、腕立てとかするかもね。勿論、食べる量を減らすだろうけど――」
「それでも、全部嫌になったら?」
「―― 嫌になんて、ならないと思う。ずっと。だって、自分で選んだことなんだから」
夕暮れは一日の終わりに温もりだけを奪い去り、暗闇の帳は進むべき道を強調させる。
隣で彼女は、明るい笑顔でそう答えた。
強かで。
健やかで。
欲張りで。
甘えない。
そんな笑顔だと、私は思った。
「私、ここからはバスだ」
「私は電車……」
雑踏の中に留まる。
「じゃあ、ここまでという事で―― また、明日」
「…… うん。また明日」
私は、小さく手を振った。
また明日、繰り返される罪ならば。
――。少しでも、自分で選んだ罪ならば。
「―― ……」
有体に言って、有罪であると言えるだろう。




