届け! 有罪ちゃん!
「―― ! ―― ルティ! ギルティ!」
放課後、オレンジ色だった夕暮れが、遠い青へと変わる頃。
生徒会の仕事を終えた私は、荷物を取りに教室へと戻る。
空調が切れた廊下は、夏服だと少し肌寒かった。
「―― ! ギルティ! ギルティ!」
吹奏楽部の演奏だろうか。
「ギルティ! ギルティ! ギルティ!」
教室の端、私の席の少し後ろの窓際に彼女はいた。
「あ、――」
名前は知っている。けれど彼女とは、名前を呼び合う仲ではなかった。なのに、私はつい、そう声を漏らしてしまった。いつもなら、さよならを交わすだけの仲なのに。
「ギルティ! ギルティ! ギルティ!」
きっと、この声が騒がしいと思ったからだ。
彼女の首元に浮いている、一体のマスコットの音に。赤と青のコントラストが目立つ、ツインテールの…… ちびきゃら?
「それ、どうしたの?」
「えっ――」
彼女は狼狽える。声を掛けられると思っていなかったみたいだ。
「大丈夫?」
「うん、平気。ヘアゴムが千切れちゃっただけだから……」
そう言って、彼女はボサボサになった黒髪を搔き分けた。
「いや、それ……」
「あれ、何か…… 変かな?」
彼女にはあれが、見えていないのかな?
「ギルティ! ギルティ! ギルティ!」
「いや、大丈夫そうなら、別に」
「うん」
彼女は軽快にそう答えた。
「あ―― いや……」
「ギルティ! ギルティ! ギルティ!」
ギルティ、guilty…… 意味を持たない単語のリフレインが、発しようとする言葉を遅らせる。
「もう、帰らないとだよね。最終下校時刻、守らないと、怒られるの委員長だもんね」
「ギルティ! ギルティ! ギルティ!」
いい加減、気になってきた。
「そうだ、もし良かったらなんだけど、途中まで一緒に帰らない?」
「それは! 凄い良いアイディアだね――」
ありがたいことに、彼女は見るからに嬉しそうにそう言った。
駅前までの道のりは、そこそこ長い筈だけれど、いつもより短く感じた。
流行のスイーツの話題などは年並に盛り上がり、互い違いなところも、楽しいと感じられた。
「私、ここからはバスだ」
「私は電車……」
「じゃあ、ここまでという事で―― また、明日」
「うん。また明日」
彼女は、胸元で小さく手を振った。
何かを、忘れている気がした。
夕暮れは既に、暗い夜へと差し掛かる。
私はバスの最奥の座席へと座る。暖房の効いたシートに腰を落ち着かせ、今日の終わりを待ち望む。
「あなた、詰みですよ?」
それは、私の目の前に居た。
それは、真っ白な看板を持って浮いていた。
その看板には、真っ黒な文字で『有罪』と印されていた。
「ギルティ! ギルティ! ギルティ!」
それの声が木霊する。
心臓の音よりも早く、ずっと脳内で鳴り止まなかった心の声と共鳴する。
『ギルティ! ギルティ! ギルティ!』
反響が思考を加速させる。
ふと、音の主に目をやると、マゼンタの瞳に夕闇の斜陽を乱反射させ私を見ていた。
「本当に?」
私は聞いた。答えなんてわからなかったけれど、答えがある事を理解した。
そう聞くと、マゼンタの瞳は瞬いて、有罪と印された看板を背中に仕舞う(どこに?)。
すると、二つのサイリウムを取り出した。黄色と水色の滲む光源はマゼンタの瞳を交差する。
「応援…… しているの?」
それは答えない。
それは何も言わない。
――。
待っているだけじゃ、ダメなんだ。
「待って――!」
私は駆けだした。バスの出口までの数歩さえも惜しんで、大股で駆ける。彼女はまだ、駅のホームにいるはずだ。
右か、左か。どちらでもいい、どちらにせよ、言いたいことは決まっている。
私は駆けた、彼女の下へ。
彼女は、驚いた顔で私を見た。
乱れた呼吸で、私は言った。
「また、明日も―― 一緒に帰らない?」
「えっ――」
そんなことの為に、私はどうして駆け出したのだ。
「もちろん!」
――。
「へへ、どんなもんよ」
私は言った、そいつに言った。
そいつは彼女の肩の傍で、看板を掲げこう言った。
「有体に言って、有罪です」
――。
「なにそれ――」
「――……」
電車が来たので、お別れとする。
「またね、多々良さん」
「また明日、伊野さん」
けれどもバスは、やはり私を待ってくれてはいなかった。




