第9話:数字は合っている
ギルドの会議室は、朝から空気が重かった。
机を囲む役人たちは、誰一人として口を開かない。
帳簿の山だけが積まれ、数字だけが並んでいる。
「……つまり、こういうことだ」
ギルドマスターが、苛立った声で言った。
「基準に従わない人間が消えた」
「だから、現場が混乱している」
「違うか?」
役人たちは顔を見合わせ、ゆっくりとうなずいた。
反論は出ない。
なぜなら――それが“正解”ということにされているからだ。
「補給が止まった?」
「遠征が失敗した?」
「商人が騒いでいる?」
ギルドマスターは鼻で笑う。
「それは全部、現場が基準を守れなかったせいだ」
「数字は、合っているんだからな!!」
彼は乱暴に帳簿を開き、指でページを叩いた。
「見ろ。配分表も、消費量も、想定通りだ」
「“基準値”に従って、正しく処理されている」
――そこには、確かに数字が並んでいた。
だが。
その数字を毎日修正し、現場に合わせて書き換えていた男は、
もう、ここにはいない。
「……基準を守った結果が、これですか?」
若い役人が、恐る恐る口を開いた。
「水車は止まり、通商路は混乱し、商人たちは――」
「黙れ!!!」
ギルドマスターの怒鳴り声が、部屋に響く。
「現場が無能だからそうなるんだ!」
「基準は完璧だ!」
「数字が正しい以上、問題は“人間”にある!」
その言葉に、誰も逆らえなかった。
なぜなら、
“基準値ゼロ”と烙印を押された男を追い出したのは、彼自身だからだ。
(……間違いだったのか?)
そう思った瞬間、
それを認めることになる。
だから、誰も言えない。
「数字は、合っている……」
ギルドマスターはそう呟き、満足そうに椅子に背を預けた。
だが、その同じ時間。
通商路では荷車が止まり、
市場では物が消え、
現場では「なぜか分からない不具合」が増え続けていた。
帳簿の中では、すべて正常。
現実だけが、壊れていく。
誰かが、その“基準”を信じ切った結果だった。
そして――
その歪みが、次に矛先を向ける相手の名を、
まだ、ギルドマスターは知らない。
「数字は合っている」
その言葉を信じた人から、順番に苦しくなります。




