第8話:調査対象・レイン
王都の西区。
石造りの建物が密集する、そのさらに奥。
一般の人間が近づかない一室で、数人の男たちが集まっていた。
机の上には、乱雑に並べられた紙束。
倉庫の在庫表、遠征記録、補給計画書――
本来なら、別々の部署で管理されるはずの書類だ。
「……おかしいですね……」
そう口にしたのは、地味な仕事着を着た男だった。
剣も鎧もなく、見た目はただの事務係にしか見えない。
「数字は合っています。
帳簿も、報告も、全部“正しい”」
向かいの上官が低く唸る。
「だが、現実は違う」
「はい。
物資は足りず、遠征は失敗し、街は混乱しています」
男は一枚の紙を指で叩いた。
「共通点があります」
「言え」
「異常が起きている場所――
その多くで、同じ名前が出てきます」
紙に書かれた文字。
ーー「レイン」
上官は眉をひそめた。
「……追放された冒険者か」
「はい。
戦闘能力は低く、評価は“基準値ゼロ”」
「役立たず、ということか」
「ですが――」
男は言葉を続けた。
「彼は、補給と配分を担当していました。
物資、油、水量、予備在庫。
すべて“戦闘以外”の部分です」
「だから目立たなかった」
「だから軽視された」
部屋に、嫌な沈黙が落ちる。
「追放された時期は?」
「ちょうど、異常が出始める直前です」
「……偶然か?」
男は首を横に振った。
「いいえ。
異常は“一気に”ではありません」
水量が、ほんの少し減る。
油が、少しだけ薄くなる。
補給が、たった一日遅れる。
「どれも、単体では問題にならない。
ですが――」
男は顔を上げた。
「ーー全部が同時に起きれば、崩れます」
上官は、ゆっくりと息を吐いた。
「基準は守られていたはずだ」
「はい。
だから誰も気づかなかった」
「だが、彼は違った?」
「おそらく。
彼は“基準の外側”で調整していた」
「基準値ゼロの人間が、か?」
「だから測れなかった。
だから、管理できなかった」
しばらくの沈黙の後、上官が言った。
「調査対象に指定する」
「拘束しますか?」
「いや」
即答だった。
「今は触るな。
この男が本当に原因なら、無理に押さえれば、被害が広がる」
男は小さく息を呑んだ。
「では……観察、ですね」
「ああ。
何をしているかではなく、何を“しないか”を見ろ」
――その頃。
王都の裏通りで、レインは修理された荷車を眺めていた。
軸は安定し、油の量も適切だ。
(……視線が増えたな)
理由は分からない。
だが、空気が変わったのは確かだった。
誰かが、
自分を「問題」として認識し始めている。
レインは小さく息を吐き、背を向けた。
まだだ。
今は、まだ。
だが――
基準が壊れた理由を、
探し始めた者がいる。
ただそれだけで、この街はもう戻れない。
次は「焦る側」が出ます。
レインは、まだ動きません。
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