第6話:調査が遅れた理由
王都の西区にある役所は、朝から重たい空気に包まれていた。
書類の山。赤い印のついた報告書。
どれも内容は同じだ。
――通商路の混乱。
――物資の不足。
――計画通りに進まない現場。
「……またか」
中年の役人が、書類を一枚めくってため息をついた。
「原因は不明、数値上は問題なし、現場判断に任せる……毎回これだな」
「現場に丸投げですか?」
「下手に動いて責任を負うよりはマシだろ」
若い役人は口を閉じた。
反論しても意味がないと、もう分かっている。
この国では、「基準値」が正しいとされている。
帳簿、数値、測定結果。
それが正常なら、問題は存在しない――という扱いだ。
「基準が合っている以上、大きな調査は不要」
「余計な動きをすれば、こちらの落ち度になる」
それが、役所の結論だった。
だが。
現場では、すでに歯車が狂い始めている。
同じ頃。
王都の裏通り、表札のない建物の一室。
薄暗い部屋で、数人の男たちが地図を囲んでいた。
顔は見えない。声も低い。
「役所は動かない」
「いつも通りだな」
「通商路が止まっても、“基準上は問題なし”か」
一人が、地図の端を指で叩く。
「問題は、例の男だ」
「……レイン、だったか」
「追放された冒険者。補給管理を任されていたらしい」
別の男が鼻で笑った。
「基準値ゼロの役立たずだろ?」
「違う」
短く、否定が入る。
「現場のズレが、一斉に表に出たタイミングが合いすぎている」
「補給、配分、整備。全部だ」
「偶然で済ませるには無理がある」
沈黙。
やがて、低い声が続いた。
「役所が動けない以上、こちらで調べる」
「表立っては無理だ。だから――影でやる」
それが、この国のやり方だった。
責任を負わないために、非公式の手を使う。
「まずは、そのレインという男を探れ」
「何をしている?」
「誰と接触している?」
「……そして、本当に“何者”なのか」
命令は、静かに下された。
一方、その頃のレインは――
王都の外れ、小さな宿屋の一室で、簡単な朝食をとっていた。
固いパンと、薄いスープ。
贅沢とは言えないが、不満もない。
(街は、もう限界が近い)
昨日見た通商路。
壊れかけた荷車。
焦る商人たち。
全部、数字のズレから始まっている。
(役所が動かない理由も、分かる)
基準値が正常なら、責任は発生しない。
動かなければ、失敗もしない。
だが――
動かないせいで、被害は広がる。
「……面倒だな」
レインは小さく呟いた。
そのとき、宿の外で、足音が止まった。
一瞬だけ、視線を感じる。
(気のせい、じゃない)
窓の外を見るが、誰もいない。
ただ、通りを行く人影が遠ざかるだけだ。
(……見られてる、か)
理由は分からない。
だが、街の空気が変わり始めているのは確かだった。
彼は知らない。
役所の「慎重さ」が、
その結果として生まれた“影”が、
すでに自分を調べ始めていることを。
そして――
次に「基準」が狂ったとき、
真っ先に疑われるのが、自分になることを。
レインは残りのパンをかじり、立ち上がった。
「……少し、"早め"に動いた方がいいかーー」
その判断が、
さらに大きな波を呼ぶことになるとは、
まだ知る由もなかった。
次、面倒なやつが動きます。
レインはまだ気づいてません。
明日19時更新です。




