第3話:崩壊する無敗
その頃。 王都で「最強」と謳われるパーティ、ゼノンたちは困惑していた。
「――おい、なんだこのパンは! 硬すぎて歯が折れるぞ!」
酒場のテーブルを、リーダーのゼノンが叩く。 皿の上にあるのは、昨日までふっくらとしていたはずの白パンだ。
だが、今はどうだ。 まるで道端に落ちている石板のように、鈍い光沢を放ち、ナイフすら通らない。
「ゼノン、これだけじゃないわ……。予備のポーションも、全部濁って変な臭いがするの」 魔術師の女が、青ざめた顔で瓶を差し出した。
「ちっ、ギルドの管理がなってねえんだ! あんな無能な荷物持ちを置いてたから、こういう細かい不備が出るんだよ!」
ゼノンは吐き捨てた。 自分たちの足元が、すでに底から腐り始めていることなど。 彼らはまだ、想像すらしていなかった。
一方、その頃。 俺は隣町の裏通りにある、寂れた安宿にいた。
「……はぁ。お腹空いたな」
ギルドを追い出され、登録もできず、手元にあるのは小銭だけ。 俺は市場の隅で、「廃棄寸前の硬いパン」を安値で譲ってもらっていた。
(……このパン、魔力回路がめちゃくちゃに散らかってるな)
俺の目には、パンの中に残ったわずかな「保存魔法」の残滓が見えていた。 マニュアル通りの魔法が、パンの水分を無理やり閉じ込めようとして、かえって生地を締め上げている。
(……少しだけ、片付けてやるか。このままだと食べにくいし)
俺は、パンの表面にある魔力の「もつれ」を、数ミリだけ指先で撫でた。
俺にとっては、脱ぎっぱなしの靴を揃えるのと同じ。 目の前が散らかっているのが嫌なだけの、ただの「整理整頓」だ。
「……よし」
パンの中にある保存魔法を、正しい位置(基準)にそっと押し戻してやる。 すると――。
ふわり。
「……あ」
石のようだったパンが、一瞬で焼きたてのような熱を持ち、黄金色に膨らんだ。 香ばしい小麦の香りが、狭い部屋いっぱいに広がる。
「……うん、これなら食べられそうだ」
俺は一口、パンを齧った。 外はパリッと、中は驚くほどモチモチしている。 小麦本来の甘みが、脳を直接揺さぶるような深い味わい。
(ーーやっぱり、俺には派手な魔法なんて使えないけど)
俺は、温かいパンを頬張りながら思った。
(ーーせめて、これくらい丁寧に『お掃除』をすれば、安物のパンでも美味しくなるんだな。みんな、こういう基本的なことをサボりすぎなんだよ)
俺にとっては、これが「普通」だ。 魔力のない俺が、三年間、血を吐くような努力で積み上げてきた「当たり前」。
俺は、掲示板から剥がしてきた依頼書を見つめた。 『王都のパン腐敗調査』。
「……。とりあえず、明日、王都に戻ってみるか。あっちのパン屋の親父さんには、世話になったしな」
俺は、自分一人で食べるには多すぎる「至高のパン」を袋に詰め、その香りの中で静かに目を閉じたーー




