第2話:水晶の『演算拒絶』
隣町の小さなギルド。ここなら、俺の無能さを知る奴はいないはずだった。
「――次、レイン。測定水晶に手を」
事務員の女性が、退屈そうに促す。
俺はパーカーのフードの下で、小さく息を吐いた。 (……頼む。せめて、Fランクでいい。冒険者として登録さえできれば……)
俺は、おずおずと水晶に手を触れた。 だが、いつまで経っても反応がない。水晶の中を流れる魔力が、まるで泥水のようにドロドロと停滞しているのが手に伝わってきた。
(……あー、もう。この水晶、手入れ不足か? 流れがめちゃくちゃだ。これじゃ俺の小さな魔力を拾えるわけがないよな)
俺は、水晶に触れる指先の位置を、ほんの数ミリだけずらした。
「詰まっているホースを真っ直ぐに伸ばしてやる」。 ただそれだけのつもりだった。俺にとっては、散らかった机のペンを揃えるのと変わらない、ただの「整理整頓」だ。
だが。
ドクン、と街の鼓動が止まった気がした。
水晶は光らなかった。 それどころか、水晶は内側から深い闇に染まり、周囲の明かりを吸い込み始めたのだ。
「……え? なにこれ」 「真っ黒……? 光るどころか、色が消えていくわ」
事務員が顔を引きつらせる。 俺にはわからなかった。
俺が「整理」してやった瞬間、水晶の中に眠っていた魔力が、摩擦ゼロの氷の上を滑るように、制御不能な速度まで加速してしまったことに。
「……反応なし。それどころか、測定値が『測定不能』だわ」
事務員が、気味の悪いものを見る目で俺を睨む。
そこへ、奥の執務室から隣町のギルド支部長が顔を出した。手には、さっき届いたばかりらしい魔法通信の書簡を持っている。
「おい、そいつか! 前のギルドから連絡が回っている『欠陥品』というのは!」
支部長は俺を指差し、周囲に聞こえるような大声で怒鳴った。
「あっちのギルマスがわざわざ警告してくれたぞ! 『レインはマニュアルを無視して装置を壊す疫病神だ』とな! 見ろ、この水晶も呪いで真っ黒じゃないか!」
「……。俺は、ただ普通に触れただけで――」
「嘘をつけ! 水晶が死んだぞ! 」
事務員も便乗して、俺の手を振り払う。
「やっぱり『欠陥品』ね! さっさと失せろ、この呪われ男!」
周囲の冒険者たちも、怯えたように俺から距離を置く。
俺は、玉から静かに手を離した。 (ーーやっぱり、俺には才能なんてないんだな。水晶をバグらせるだけのゴミか)
俺は深くフードを被り、逃げるようにギルドを出た。 背中に浴びせられる「無能」「死神」の声を、パーカーのフードで遮りながら。
(……。でも、おかしかったな。あの水晶、俺が少し通り道を綺麗にしただけで、あんなに熱くなって。やっぱり俺、魔力の扱いが下手なのかな)
そんなはずはない。 この世界の基準では、「光る」のが強さだ。 「無」になるなんて、俺の魔力が空っぽだからに決まっている。
俺は掲示板からこっそり剥がした依頼書――『パンが消えた王都の調査』を握りしめた。 「……さて。どこにも居場所がないなら、一人でやるしかないか」
俺が街の角を曲がった、その時だった。
ギルドの中から、悲鳴を遥かに超えた絶叫が響き渡った。
「な、なんだこれ!? 水晶が……砂になって崩れた!?」 「それだけじゃない! ギルド中の魔導具の火が消えたぞ! 街の街灯まで……!」
俺が水晶を通して一瞬だけ適用した「基準(最適解)」。
それが、ギルド全体の魔力ネットワークを駆け巡り、「あまりに効率の悪い旧時代のシステム」を全てゴミと判断して強制終了させたことなど、俺はまだ知る由もなかった。
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