第16話:国家の「穴」を埋めるのは容易い
ギルドマスターというゴミが片付き、俺は商会の執務室で新しい物流網の最終調整に入っていた。
「……レインさん、例の方がお見えです」
扉を開けたのは、あの日、俺が荷車を直してやったあの少年だ 。 彼はこれまでにないほど緊張した面持ちで、俺の顔を伺っている。
入ってきたのは、全身を深いフードで覆った女性だった。
彼女がフードを脱ぐと、王族特有の威圧感を纏った金髪の少女が現れる 。 この国の第一王女、リリアーネだ。
「……あなたが、レインね。ギルドを壊した張本人だと聞いているわ」
王女は冷淡な目で、演算機を叩く俺を見下ろした。
「ギルドは国の機関よ。それを民間の商人と組んで陥れるなんて。この国の法を何だと思っているの?」
俺は演算機から目を離さず、鼻で笑った。
「法? そんな数字にもならない話をしに来たのか」
「なっ……! 無礼な!」
「王女様。そんな偉そうな顔で俺を睨む前に、自分の財布の中身を計算し直したらどうだ」
俺は手を止め、彼女の「現状」を突きつけた。
「あんたの背後にいる護衛、一昨日から給料が未払いだろ 。あと、その着ている服。金糸の刺繍が一部抜けてるな 。予算がなくて、新調すらできなかったんだろ?」
「…………っ!」
王女の顔から余裕が消える。財務官たちが『計算は合っているのに金が足りない』と泣きついてきたから、わざわざ変装してまで俺をスカウトに来た。違うか?
「……お願い。助けてほしいの。このままじゃ、国が内側から崩壊するわ」
「助けて? ついさっきまで俺を犯罪者扱いしていた女が、よく言うな」
俺はわざとらしく、計算を再開した。
「俺は忙しいんだ。一国の王女様なら、俺の『時間』にどれだけの価値があるか、計算できるだろ?」
リリアーネは、ドレスの裾を強く握りしめた。
そして、側近たちが止める間もなく、俺の目の前で深く頭を下げた。
「……この通りよ! だから、お願い。この国を救って……!」
王女が民間の元補給係に、プライドを捨てて頭を下げる。
俺は、彼女が差し出した分厚い『国家予算報告書』をひったくるように受け取った。
財務官たちが数ヶ月かけて間違いを見つけられなかったという、完璧な書類だ。
俺はそれを数秒眺め、一箇所に指を置いた。
「ここだ」 「え……?」 「予備費の減価償却率。ただの入力ミスだ。学者はマニュアルは読めても、現実を見ないからな。この一文字のミスが複利で膨れ上がって、巨大な数字の穴になってるだけだ」
俺は一文字だけ修正し、演算機の結果を彼女に見せた。
「これで、明日には止まっていた予算の半分が実体として浮き上がってくる。ほら、受け取れ」
「…………っ」
王女は、俺が渡した紙を震える手で受け取った。そこに書かれた正しい数字を見た瞬間、彼女の瞳に大粒の涙が浮かぶ。
「……信じられない。あんなに大勢が悩んでいたことが、たった数秒で……?」
「俺にとっては、子供の算数ドリルより退屈な作業だ」
俺は再び、自分の仕事に戻った。
「用が済んだなら帰ってくれ。次に会うときは、もう少しマシな計算を持ってこいよ」
王女リリアーネは、俺の背中に向かって、もう一度深く礼をした。
これでもう、この国は俺なしでは回らない。王族すら俺の基準に依存せざるを得ないことを、彼女自身が一番理解していた。




