第13話:数字では、腹は膨れない
ギルドの会議室は、もはや「会議」の体をなしていなかった 。
「ふざけるなッ! 小麦が届かないとはどういうことだ!」 「北の砦が全滅!? あそこには俺たちの商会の荷も預けてあったんだぞ!」
商人たちが立ち上がり、机を叩いてギルドマスターに詰め寄る。
先ほどまでレインを「犯人」に仕立てようとしていた空気は消え、そこにあるのは自分たちの生活が瓦解していくことへの、剥き出しの恐怖だけだった。
「ひ、卑怯だぞ貴様ら!!! 先ほどまでは私の計画を支持していたじゃないか!」 ギルドマスターが椅子を引いて後退る。
「いい加減にしろ、この無能が!!」
一人の老商人が、一喝した。
「あいつが辞めてから街のすべてが止まったのなら、あいつがこの街の『基準』だったということだろうが!」
「マニュアルで腹が膨れるか! 数字で荷車が動くのか!」
老商人はギルドマスターの鼻先に、一通の書類を叩きつけた。
「レインがいた頃、彼は夜な夜な運送屋と独自の『予備ルート』を確保していたそうだ。お前はそれを『不透明な癒着』として切り捨てたそうだが、その『透明性』のおかげで、今、街からパンが消えたんじゃ!」
一方、その頃。俺は街の外れにある、静かな丘の上にいた 。 眼下に広がる街は、もはや機能停止に陥っている。
「……始まったか」
俺がいなくなったことで、俺が計算し、個人的に維持していた「補正」がすべて消えた。
あいつらが信じていた『基準』がいかに現実に即していない砂上の楼閣だったか、身をもって知ることになるだろう 。
「……レインさん!」
背後から声がした。 振り返ると、そこにはあの日、俺が荷車を直してやったあの少年が立っていた。
少年の後ろには、王都でも名の通った有力な商人たちが、必死な形相で控えている。
「お願いします……! ギルドではなく、俺たちのために力を貸してください!」
少年が、俺の前で深く頭を下げた。 その後ろで、大人たちが一斉に膝を突く。
俺は、小さく口角を上げた。 ギルドを直す必要はない。
「いいだろう。ただし、俺の報酬は高いぞ。……帳簿上の数字じゃなく、俺の『正解』に従ってもらう」
「いくらでも払います! あなたがーーあなたが俺たちの『基準』だ!」
俺は頷き、少年と共に丘を下り始めた。背後の街では、まだギルドマスターが「数字は合っている」と虚しい叫びを上げている。
だが、その声が届く範囲は、もうどこにも残っていなかった。




