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第1話:追放された瞬間、すでに彼らの「計算」は狂っていた

その日、俺は二度、追放された。


一度目は派遣先のパーティから。 二度目は、三年間しがみついた冒険者ギルドからだ。


「――おい。聞いてるのか、レイン。お前は今日限りでクビだ」


最強パーティのリーダー・ゼノンが、俺の前に『解雇通知』を叩きつけた。


「……ゼノン、悪い。俺の努力不足だ。……でも、せめてこの『防腐処理』の同期が終わるまで待ってくれないか? 今やめると、備蓄食糧の魔力バランスが――」


「うるせえ! 魔力ほぼゼロのお前がやる『手入れ』なんて、そもそも全部無駄なんだよ!」 ゼノンは鼻で笑い、仲間の魔術師たちと顔を見合わせた。


「いいか? 俺たちは選ばれた『最強』なんだ。お前みたいな無能がチマチマした細工をしなくても、俺たちの魔力があれば飯は腐らねえし、剣も折れねえ。お前が後ろでやってるのは、ただの『暇つぶし』だろうが」


俺は、パーカーのフードの下で唇を噛んだ。 俺は生まれつき、魔力がほとんどないーー。

だから、せめて仲間の武器が錆びないように、飯が腐らないように、温度と湿度の変化から『魔力の逃げ道』を逆算して、毎日欠かさず調整してきた。


魔力がない俺にできる、唯一の「普通」だと思って。


「……わかった。俺が未熟なせいで、みんなに余計な気を遣わせたな。……今まで、ありがとう」


俺は深々と頭を下げ、酒場を後にした。


俺はそのまま、派遣元であるギルド本部へと戻った。 だが、執務室に入った瞬間、ギルドマスターは俺の顔に厚い書類の束を投げつけた。


「レイン! また現場から苦情が来ているぞ! 『この横領野郎をなんとかしろ』とな!」 「……横領? 何のことですか?」


「とぼけるな! この報告書は何だ! なぜ『保存用の魔石オイル』を規定の五倍も消費している! ギルドの備品を売って金にでも変えたか?」


「違います! あれは、備蓄庫の床下に魔力が溜まって爆発する予兆があったから、中和するために……」


「言い訳はいい! それにこの賞味期限の偽装は何だ! ギルドのマニュアルでは三日で廃棄すべきパンを、一ヶ月も『安全だ』と書き換えて……! 食中毒でも起きたらどうするつもりだ!」


「……マニュアルが間違っているんです。俺が魔法回路を同期させて、熟成の時間を止めているから、一ヶ月経っても焼きたてより新鮮で――」


「黙れッ! 魔力ゼロのお前が、そんな高度な術式を使えるわけがないだろうが!」


マスターが机を叩くと、執務室の外から「プッ」と吹き出すような笑い声が聞こえた。 同僚の職員たちが、ドアの隙間からこちらを見てニヤついている。


「またレインがデタラメ言ってるよ」 「魔力もないのに、術式の書き換えなんてできるわけないのにね」 「マニュアルも守れないなんて、事務員失格だろ」


突き刺さるような嘲笑。 俺は、自分が信じてきた「数字」が、ここではゴミ以下の扱いなのだと悟った。


「お前のような『基準以下』の人間は、組織の汚点だ。今すぐ出ていけ! 二度とギルドの敷地を跨ぐな!」


割れたギルド証が、足元に転がる。 俺はそれを拾い上げ、もう一度、深く頭を下げた。


「……。今まで、お世話になりました。……すみませんでした」


雨の降り始めた街を、一人で歩く。 パーカーのフードを深く被り、俺は自分の情けなさに溜息をついた。


結局、俺は何一つまともにできなかった。 みんなが安全に戦えるように。街のみんなが、明日も美味しいパンを食べられるように。 魔力のない俺が必死に繋ぎ止めていた、俺だけの「こだわり」。


……それを、俺はそっと、手放した。


その瞬間、頭の中に響いていた数万の「数字」が、ふっと消えた。


俺が、誰にも気づかれずに抑え込んできた、最強パーティの装備に蓄積された「金属疲労」。 俺が、誰にも気づかれずに管理してきた、街全体の「保存魔法」。


「――さあ。世界を、お前たちの望んだ『普通』に戻してやるよ」


その声は、雨の音に消えた。


明日、この街のパンは石のように硬くなるだろう。 そして最強を自称する彼らの剣も……俺が止めていた「歪み」が、いつか耐えきれなくなって弾けるはずだ。


それは俺のせいじゃない。 俺という『防波堤』が消えて、世界が本来の姿に戻るだけ。


俺は少しだけ肩の荷が下りたような気分で、夜の闇へと足を踏み出した。

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