それは朧月夜の会合。
愛を知らない。世間知らずの、恥ばかりかいたお嬢様。
_俺は少なくとも、そう断じている。
無知の顔が、より今世に厳しくされるのだろう。
汽車に浮世へば、夢うつつで端への階段を上る。
この家に来ることを最もらしく際立て、恥じない言葉だけを考えていそう。
花街の繁華街のその先にそびえ立つ我が家、涼夜館。
齢二十の今夜、朧月が悲鳴を上げだして、その果てには俺への祝言を交える。
…そう、俺への当てつけである、新しい妻との婚約式。
なんだか、俺にも運がないらしい。
「秀様、時間でございます。」
その言葉を橋に、俺は少し怪訝そうな顔をした。
今宵、あの女と初夜を迎えなくてはいけない。面識もない恥さらし、名家の末娘。
玄関前で待つ影は、小刻みに震えていてどこか小動物のよう。
きっとこの前のお返し、といったところだ。何もこんな娘を寄越さなくても良かったのに。
窓辺から見える涼風の白い肌が、黒い髪に習って靡いている。長髪を簪で結、首元は寒くないのか。
無知、新しい伴侶。それは大なり小なり罪の塊である。そんな娘を嫁として貰うなんて、どうしたものか。
…貰わない方が正しい選択だったのかもしれない。
まぁだがしかし、そうもいかない世の中になってしまったものである。俺は伴侶を作るつもりはない、が契約結婚という意味ではあの家に借りが出来たのもいいだろう。
夜風、窓辺から聞こえるノックの音、羞恥の言葉。
まだ花道を練り歩く酔っ払いの群れ。
「今から宴に向かう。アレを」
はい、そう侍女が唱えれば扉を開け、宴会への道を作る。
あの末娘はもう、館に入っていい時だと言うのに、まだ誰も通すことはなく。俺の言葉で侍女が侍女へと繋ぎ、ようやく扉の開ける音がした。
可哀想な嬢だな。最も、可哀想という理由で情けをかけるつもりはないが。
「次期当主が涼風秀様のご入場です。」
侍女に導かれるまま宴の根に入った。
真っ赤に染った床、甲高い女性の声、どれをとっても最悪だな。これこそ俺の恥さらしじゃないか。
「皆の者、先ず今宵婚約の義にて集まって頂いたことに感謝をしよう。」
そう、続けて祝言を上げる。
ひとしきり、これは嘘くさいだの、これは思ってもいないことだの、これは媚びた言葉だと、心の中で思う。
酒と香の匂い。あまりに激しいその匂いに、少々胸を打たれた。
読み上げる指先が、少し震えたかと思えば更に震え上がる。
予想以上、俺はこの香りが大嫌いらしい。
「_以上で、祝言を終了する。」
短くも、長くも感じた一時に、背に油をかいた。
なんとか読み切ったものの、あの娘のように震えた影は元に戻らない。
錦秋の蝉が泣いた。現世が産み出すその景色が、何よりもの恥であった。
宴手前、中央に位置する主席に着いたかと思えば、恥さらし_新しい妻のご登場らしい。
紅に見初められた乙女が、姿を現した。
「涼家の皆様、ご機嫌麗しゅうございます。」
揺れる、朱色の袖。したたかに燃える動作一つ一つが、その余裕を隠しきれていない。
この女は、本当に先程までのおなごか?
足をすり、ゆっくりと近づく女。
草履の音。一歩、一歩が繁華の花魁のよう。小首を少し左に傾け、完全に自分の領域を知っている。
「初めまして、旦那様。」
目を伏せて視線は少し下。ハッキリとした二重に、長いまつ毛、満月の瞳。
何を感じようが、確信高い美貌は俺の視線を釘付けにした。
「あ、嗚呼…初めまして、涼風秀だ。君は?」
うららかな黒の髪、真っ青な首元の素肌、手。
はだけた指先が、そっと俺の唇をなぞった。
呼吸が早くなる。心音もこいつに聞かれているくらいには、大きい。
「あら、アタシの婚約者というのに、名前を知らないの?」
先程までとは打って変わって、大変艶のある女。
花魁のように、俺の頬に触れればまるで可愛いとでも言わんばかりの顔を浮かべる。
「…すまない、が名前を知らないのだ」
言い訳がましい事を言って、ようやく罪の深さに気づいた。
ゆっくりと、俺から手を離して自分の袖へ。
「そう。アタシは華途すみ子、華家の末娘。」
瞬間、その一言で世間知らずの恥さらしとは俺の事だと、そう分かった。




