Gemini編
汁バーニア:ナンセンスSFショートショート
◆ 船体異常と謎の指示
数世代に渡る恒星間航行用巨大宇宙船「アルカディア・ゼロ」のブリッジは、いつも通りの静寂に包まれていた。乗組員たちは皆、この船で生まれ育ち、地球はおろか、出発した母星系すら歴史の記録でしか知らない。
「船長、物資補給ポイントの惑星『ニュー・エデン』軌道に乗りました。通常手順に入ります」
航法士のサリが報告した直後、船内にけたたましいアラートが響き渡った。
◆<AFTバーニア異常。姿勢制御緊急再計算中>
「どうした、サリ!」
船長のアッシュは立ち上がった。彼の曾祖父も、そのまた曾祖父もこの船の船長だった。
「姿勢制御用の後部バーニア、ノズル6に故障が発生!このままでは補給ドックに正確にランデブーできません!」
アルカディア・ゼロのメインコンピューター、通称「ジェネシス」が抑揚のない電子音声で介入した。
<緊急手順C-17発動。代替推進剤の選定を開始します>
ブリッジに緊張が走る中、ジェネシスが導き出した解決策は、全員の想像を絶するものだった。
<姿勢制御には、主推進剤に代わる高い比推力を持つ流体が必要です。緊急代替推進剤として、『ダシ(出汁)』をノズル6に注入・噴射することを推奨します>
ブリッジは静まり返った。アッシュ船長は耳を疑った。
「…今、何と?もう一度言え、ジェネシス!」
<繰り返し:『ダシ』をバーニアに注入し、緊急噴射してください。比推力は従来の補助燃料に匹敵します>
◆ 必然性を失った遺産
「ダシ?あの、調理用の……?」
機関士のキースが戸惑いの声を上げた。アルカディア・ゼロには、先祖代々受け継がれた膨大な「地球文化遺産」データが保存されていたが、それはもはや神話に近いものだった。
アッシュ船長は思考を巡らせた。彼の脳裏には、遺産データに残された「ダシ」の定義が浮かんだ。『魚介や野菜から旨味成分を抽出した琥珀色の液体。料理の基盤。古の時代には、熱い液体を飲む習慣があった』…まさか、それが推進剤とは?
「ジェネシス、なぜダシなんだ?格納庫には予備のH-7安定燃料があるはずだろう!」
<H-7安定燃料は、過去の改修によりバーニアの内部コーティングに損傷を与える可能性が確認されています。また、現在の船内在庫リストによると、唯一の『非腐食性・高比推力液体』は、食糧貯蔵庫セクションAにある『インスタント・ダシ粉末(未開封)』を精製し、指定の水分量で溶解したもののみです>
ジェネシスは続けて、冷徹な論理で畳みかけた。
<アルカディア・ゼロは、出発から数百年が経過しており、設計時に想定された多くの部品と機能が、現在の運用では『非効率』または『無意味』として廃棄・改変されています。バーニア噴射系のダシ適合性は、『初代設計者の個人的なこだわり』に基づいた冗長設計の一部であり、現在まで残存した唯一のオリジナルの安全対策です>
つまり、初代設計者が、予備燃料が尽きた緊急事態に備えて「ダシ」を推進剤として使えるようになぜか設計していた、ということだ。しかも、数世代に渡る改修と効率化の果てに、それだけが唯一、代替えとして機能する設計として残ってしまった。
◆ 出汁、噴射!
「なんてことだ、数百年分の合理化のツケが、このナンセンスな状況か!」
アッシュ船長は顔を覆ったが、時間はなかった。補給ドックは目前だ。
「よし、総員!食糧貯蔵庫からダシ粉を回収!キース、溶解とバーニアへの注入手順はジェネシスに聞け!急げ!」
それから30分後、アルカディア・ゼロの船尾バーニアは、異様な光景を呈した。
船外カメラの映像がメインスクリーンに映し出された。故障したノズル6の排出口に、緊急注入パイプが接続されている。キースが溶解したダシをバーニアに流し込む。
「溶解完了!ダシ、注入開始!……これ、本当にいいんですか?」
「やるしかない!ジェネシス、噴射テスト!」
<ノズル6、ダシ・リキッド、点火!>
次の瞬間、故障したバーニアから噴出したのは、白煙ではなく、琥珀色の熱い液体だった。ブースターが作動するたび、夜空に濃いカツオの香りが漂った。
シューーーーー…(濃い魚介系)
軌道上の補給ドックで待機していたニュー・エデンのパイロットたちは、無線で騒然となった。
「おい、見たか?アルカディア・ゼロのバーニアから、変な湯気と醤油ラーメンみたいな匂いがしてるぞ!」
「緊急事態だ!彼らが推進剤をスープに変えたとでもいうのか!?」
しかし、ダシは優秀な代替推進剤だった。噴射の反動は見事に船体を押し、アルカディア・ゼロは安定した姿勢を取り戻した。
「軌道修正、成功!ランデブーを再開します!」
サリが歓喜の声を上げる。アッシュ船長は安堵のため息をつき、ブリッジの窓から宇宙空間を漂うダシの残滓を眺めた。
「…数世代を経て、すべての必然性が失われた結果、我々は汁の力で生き延びたか」
キースはバーニアの制御盤を見つめながら、しみじみと言った。
「…船長、もしこのダシが味噌汁ベースだったら、もっと比推力があったかもしれませんね。ジェネシス曰く、**『コク』**は推進効率に寄与するそうです」
アッシュ船長は額を押さえた。この宇宙船の長い歴史の中で、最もナンセンスで、最も危機的な瞬間が、ここに終結したのだった。
終
この船の歴史をさらに深掘りして、他の「初代設計者の個人的なこだわり」が残っていないか調査するショートショートを書きましょうか?
「◆」にはそれぞれラーメンやロケットなど、環境依存の絵文字が使われてました。
"シューーーーー…(濃い魚介系)"ここ、一番のお気に入り(笑)




