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気がつくと、椅子に座っていた。あるいは座らされていたというのかな? 来客用のしっかりとした感じの椅子。
目の前には大きなテーブル……たぶんここは、客人を招くための広間のような部屋っぽい。窓の外は陽が傾きはじめているみたいだ。
それにしても右目、頭が痛い。かなり痛い。右手は赤黒い色で汚れている。服も血が染みて黒っぽい色になっているところがある。
「はぁ……」
すぐに立ち上がる気力もでてこない。
とにかく怪我の血は固まっていた。死ぬほどの流血はしてない。
ぼくは長いこと気を失っていたのだろうか? なにが起きていたのか、すぐに思い出せない。
そうだ。右目……もう右目が光を見ることは叶わない。べつに銃を失うようなことだったら、そんなのはいっこうにかまわないけど。視野が狭くなって、なんかへんな感じがする。
ああ、それとエッジとブリム……ヘレンは? 兄弟はどう見ても、やられていた。ヘレンは? いや、だめだったかもしれない。でももしかしたら? みんなやられたのかな? 信じられない。受け入れがたいよ。
目の前のテーブルのうえに、二丁の銃が置かれていることに気がついた。ぼくの使っているものだ。でも弾はぜんぶ使った。あるいは、そうだ、いま再装填すれば、もしかすると……
そのとき声がした。
「さて、どうしたものでしょうか? 銃を持つ獣耳の男よ」
ゆっくりと、椅子のうしろを振り返ってみると、あの女主人がいた。
その顔の頬には、細い線のような、血が滲んだ傷があった。
結局は銃弾は掠めただけだったのか? たしかに顔の真ん中を狙った。女主人は避けたに違いない。でなければ、ぼくがしくじったとうことだ。どっちにしても、この女主人は巷にいるような魔法使いや魔女なんて目じゃないくらいのバケモノ級の能力者かもしれない。
よく見れば女主人は盆を両手で抱えていて、そこにはカップやケトルが載っていた。これからティータイムでも楽しもうかとしているかのように思える。
ぼくはとっさに銃の一つを手にとって席を立ち、銃口を女主人に向けた。だけど、めまいがして倒れそうになった。
椅子につかみかかって耐える。だめだ……銃を持つ手が震える。
そのうえ相手は、まったく動揺したそぶりをみせなかった。むしろ優雅に笑みをみせた。
「あら頑固なことですこと。今度は上手く撃てるところを、お見せいただけるのでしょうか?」
ぼくのことを刺すような眼差しで見つめている。
たぶんだけど……こっちの手の内は、ぜんぶ見えているのかもしれない。この相手には、ハッタリは通用しないだろうな。
ぼくは銃を下げた。
「銃は、弾切れだよ」
「それはそれはとても残念なことですね」
女主人は、テーブルのぼくの向かい側にまわり、お茶の準備をはじめた。ご丁寧なことにきちんと二人分を用意している。つまり、ぼくの分も持ってきたというわけだ。なにを考えているんだろうか?
女主人はテーブルの席についた。
それでぼくのことを黙って見つめている。黙っているのは耐えがたい。
「早くケリをつけたらどうかな?」
「なんともおかしなことを仰いますね。とにかく席にお座りなさってはいかが? せっかくのお茶が冷めてしまいます」
なんだ? なにを企んでいるんだ? それともなにかの交渉をさせるつもりなのか?
とにかく銃をテーブルのうえに置いて、席に座った。これからなにを始めるつもりなんだろうか?
「このお茶……」
「ご心配なさらなくても、毒などは入れておりませんわ」
「なんで、こんなことを」
「きちんとしたおもてなしは必要でしょう?」
「おもてなし? もてなしは十分にうけたような気もするけど」
「よいではありませんこと? お互いに冷静になるには、今は良い時間かと思いますわ。それにわたくしは、いつでもあなたを始末できますのよ」
女主人はカップを手にしてお茶を一口飲んだ。そして続けた。
「もっとも、だからといって易々とあなたを片付けるというのも、もったいない話というものです。少なくともあなたがた四人は、わたくしの仲間を二人とも倒してしまいになさいました。屋敷のなかの後片付けをどういたしましょう。わたくし一人だけで?」
「ぼくに、ことの後始末をさせてから、ぼくを消そうって魂胆?」
「わたくしが望むように生かしておくこともできますのよ」
「それって、つまりは……ぼくを従順な手下かなにかにさせたいわけかな?」
「なにも、完全な奴隷になり下がるように言っているのではありませんのよ」
「奴隷じゃなくて、下僕だとしても似たようなものじゃないの?」
「もちろん、反抗的な態度を続ければ、」
直後、右目の奥をキリで突くような痛みが走った。
「ぅ……」
声を出せないほどの痛みで、頭をただ抱えるしかないような……痛い!
「身体で知れば、よく分かることでしょう?」
その言葉を聞いた直後に、すっと痛みが消えた。
この女主人の仕業? 思った通りだ。なにかしら魔法が使えるってわけだ。よく見れば女主人は白色の小さな球体のようなものを手にしている。
でも、ただの球体じゃない。あれは……あれはぼくの右目だ。
「あなたが死を選ぶのだとしても、その前に時間をかけて苦しめることだってできるのですよ。この右目だけではありません。その耳や尻尾などは、痛めつけるにはずいぶんと適していることでしょう」
なんてことを言うんだろう。もしも、ほんとうに拷問みたいなことを受けるとして……そんなことは少し考えるだけでもぞっとする。
「ぼくとしては、もう痛いのは願い下げかな」
でも女主人は無視して続けた。
「じつは契約の準備は、ほとんど終わっているです。あとはあなたのお返事次第ということになります」
契約だって? 本気で言っている? それもとなにかの罠? いや、ぼくが気を失っているあいだになにかしたのだろうか? こんなところで、こんな奴を相手に契約なんて……でも殺す気だったのなら、もうやっているはずだ。
つまりは生け捕り。そのうえ、ぼくが苦しむ姿をみて心底楽しんでいるにちがいない。じっさい、レッターと名乗る女主人はこの状況で、微かにほくそ笑んでいる!
どうする? でも銃の弾は無し、そもそも立ち上がったところでフラフラするような状態じゃあ、勝ち目なんて無いに等しい。
それでも最後まで抗うことを選んだところで、この女のことだ。ぼくを易々と楽にしてくれるようなことはないだろう。さっきも言っていたように、ほんとうにぼくの耳や尻尾を切り刻むようなことを……考えたくない。
となると、選択肢は降伏だ。言われるがままに契約をするしかない。負けだ。負けたんだ。あのときに、もう負けていたんだ。
どうする?
ぼくは目の前に出されているティーカップに、ゆっくりと手を伸ばした。もしかすると、お茶を飲みながら時間が稼げるかもしれない。
一口飲んでみても、香りや味を嗜むなんて気分にはならなかった。でも少しだけ神経が落ち着くような感じがした。
だけど、なにか一発逆転でもできそうなアイデアや考えは浮かんではこなかった。たぶん答えは、もう出ている。
ぼくはゆっくりとお茶を飲んだ。
敗北を認めるんだ。銃でもやり合えない相手に、素手で挑んだところで勝てる見込みなんてない。
「分かったよ。ぼくたちの負けだ」
でも決して諦めるなんてことはしたくない。相手を油断させることができれば、もしかすれば逃げ出すチャンスが、いつかどこからか巡ってくるかもしれない。ここからは打ちひしがれた態度でいこう。
「あら? 意外と素直になるのですね」
「見ればわかると思うけど。それに、ぼくは疲れた」
「現実を受け入れて、素直にものを考えるというのは利口なことです」
「それとだけど、ぼくの右目は返してもらえるのかな?」
「残念なことですね。これはわたくしが預かることにしました。でもご希望であれば、あなたが死ぬときにはお返しするとしましょう」




