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スタロヴァヤ ―それは名もなき館―  作者: 菅原やくも


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6/22

 いよいよ屋敷の玄関先まで来ると、エッジが冗談めかして言った。

「どうするよ、兄貴。紳士的に行くか? それとも殴り込みにするか?」

「そうだね、まずは紳士的に、それから相手の出方を見て判断しよう」

 だけどブリムがノックするよりも先に、玄関のドアが開いた。

「ようこそ、旅のお方たちですね」

 出迎えたのは高価そうな服に身を包んだ長身の女性だった。

 その顔つきは色白で端正、いわゆる美人と言える顔ではあった。だけどその目つきは、どこか冷酷な感じがした。どことなく雰囲気も不気味だ。

「どうぞ、お入りになられても構いせんのよ」

 ぼくたちはそっと顔を見合わせた。

 行くしかない。緊張が高まる。

 玄関ホールは広かった。吹き抜けになっていて、階段が優美な半円を描いて二階へ続いている。

「わたくしは、この屋敷の主を勤めております。レッターといいます」

 その女主人は、にこやかな表情で言ったけど、その眼から歓迎の意は感じられない。

「あなた方のご用件は、しかと把握しておりますのよ」

 直後にバタンと大きな音がした。

 振り返ってみると玄関ドアは閉じられ、まるで熊みたいな獣人の大男が立ちはだかっていた。まるで凶悪さを強調するように、その顔には大きな傷跡があった。そして体格に見合った大きな棍棒を手にしている。

 それから天井に、赤毛の女が逆さまに仁王立ちの恰好で現れた。よく見れば頭には二本の(ツノ)が生えていて、魔族系統らしいことはたしかだ。そして天井から壁を歩いて、そのまま下まで降りてきた。

「おっと、こりゃないぜ。」エッジは剣を鞘から抜いて構えた。「バカみたいにデカい熊男、壁を歩き回るの魔族の小娘、おっかねえ女主人ときたもんだ」

 ヘレンも杖を構えていたし、ブリムも弓の矢をいつでも手に取れる状態だった。

 ぼくは屋敷に入ったときから銃の握把(グリップ)に手をかけている。早撃ちならいつでもお任せ。

 敵の屋敷の中にいるということを考えると、四対三なら五分五分の戦いになるかもしれない。

 だが女主人は不敵な笑みを浮かべていた。

「いつでも始めていただいてけっこうですのよ。わたくしどもは慣れていますので」

 それを聞いてブリムが小さく舌打ちして呟いた。

「どうやら、罠にハマったかもしれない」

「どうする?」

「バカでかい熊男は、おれが相手するぜ」

「あの女主人さん、もしかして魔女なのかしら? まるで無防備に構えているけれど」

「油断しないほうがいい。カミンスキー君と僕とで女主人を相手しよう」

「それなら、ぼくが魔族の女を引き付けておく役になるわけだね」

「頼んだよ」

「んじゃ、ひと暴れすっか」

 行動開始だった。


***

 

 たしかに、その身体を狙って銀の弾丸を撃ち込んだ。装薬は一割増し。ちょっとした魔物だってひるむほどの威力のはずだ。

 だが平然としている。外したんだ。壁や床をすり抜けるうえに、すばしっこいやつだ。

 それに、この魔族女……戦いを遊びかなにかと思っているのだろうか? まるで子供みたいにはしゃいでいる!

 こうなったら、至近距離で間髪入れずに散弾を撃ち込むしかない。

 ぼくはあえて立ち止まった。危険なのは承知だ。近くではエッジと大男がやり合っている。だけど相手のほうから、すぐに近づいてきた。驚かすみたいに、床のなかから飛び上がってきた。

 かかったな。すぐ相手の腕をつかんで引き寄せた。が、とたんに右目あたりに鋭い痛みが走って、顔が濡れたような感覚がした。

 なにかの攻撃魔法? あるいは毒液かなにかでも使ったのか? 

 武器を持ているようにはみえなかった。

「ごめんね、ケモノ耳のお兄ちゃん」

「は?」

 なにを言うのかと思えば、ごめんねだって?

 でもこのチャンスを逃すわけにいかない。引き金を引いた。

 目の前の光景が、ゆっくりと流れていく。

 銃口から散弾が放たれ、硝煙が舞う。

 相手の顔から飛び散る鮮血がはっきりと見えた。魔族女はまるで硬直したような格好で床に倒れて、そのまま動かなった。

 仕留めた。

 その顔面を吹き飛ばすまではいかなかったけど、血で真っ赤だ。

 なんだかすごくすっきりした気分になっている。高揚感? これまで敵と戦って、こんな感覚になるのは初めてだ。

 弾切れの銃をホルスターに戻し、自分の顔を拭うと、手が真っ赤に染まった。返り血……にしては量が多い。

 これは、ぼくの血? 刺された……のだろうか? 顔が濡れている。血だ。流血しているんだ。

 なんてことだ。どうやら右目が見えない。それに痛い……とたんに激しい痛みが感じられた。

 倒れている女の手の中に、なにかあった。

 それは白くて丸くて……眼だ。一個の眼球がある。

 自分がどうなっているのか理解した。

「もしかして……ぼくの眼なのか?」

 勝利の代償としては、少しだけ高いかもしれない。

 それから急に、なにか眠りから揺さぶられて夢から引き戻されるような感じになった。

 ヘレンたち、エッジは? ブリムは? ほかの戦いはどうなった?

 屋敷の中は妙に静かになっていた。

 それであたりに視線を向けて、それで……見えるものが、信じられなかった。

 ヘレンとブリムの姿は玄関ホールにない。それでエッジが床に倒れている。そのすぐそばの壁には、広範囲に赤い染みがあった。

 倒れているその姿には、身体には頭がついていなかった……

 よく見ると、かつては彼の頭部を構成していたであろうものが、あたりに散らばっていた。

 ただ、大男も倒れていていた。その腹部から内臓らしきものがはみ出して、大量に出血していて、その身体は微かに痙攣していた。少なくとも立ち上がってくることはないだろう。 相打ちだ。

 それで、カレンは? ブリムは?

 一階には姿がない。二階か?

 動くと痛みで頭がくらくらするような感覚がした。それでも階段をあがり、ブリムが途中で倒れていた、片方の手で胸を押さえて、目を見開き驚愕の表情を浮かべていた。

 起こそうとしたけど、手遅れなのが分かった。

 まるで大砲に撃たれたみたいな大穴が、その胸に開いていた。

「ヘレン!」

 そして階段を駆け上がった先に、二人の姿があった

 それでヘレンは、彼女は……女主人が片手でヘレンの首を掴んで持ち上げている。ヘレンが持っていていた杖は床に落ちていて、ヘレンの手足は力なく垂れさがっていた。

 この女主人は、人のかたちをした化け物なのか!

 銃には一発の弾がまだ残っている。

 女主人に銃口を向ける。はたしてやれるかはわからない。いや、やるしかないんだ。

「ヘレンを放せ!」

 すると女主人はあっさりと手を放した。が、ヘレンはその場に落ちて、崩れるように倒れて動かなかった。まるで人形みたいだった。

 そんなはずがない。信じられない……信じたくない。

「噓だ……」

 こんなにも簡単に、ぼくたちがやられるなんて、嘘だ。なにかの間違いだ。

 女主人はゆっくりと、ぼくのほうへ近づいてきた。その表情は穏やかにみえたが、どこかぞっとするものだ。

「わたくしを撃つおつもり?」

 その問いかけと、引き金を引いたのは、ほとんど同時だった。

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