Ⅲ
ベッドに横になっても背中が痛いうえに、すっかり目が覚めた状態じゃあ、二度寝をするのもしんどいというものだ。
かといって窓の傍から外を眺めるとかしたとこで、森が見えるだけだ。
ん? というかここは二階の部屋か? まさかあの獣人女、俺をわざわざ担いで運んだのか?
するとさっきの獣人女が盆を抱えて部屋に戻ってきた。
「食事を持ってきたわよ。たぶん、お腹が空いているでしょ?」
「ん、まあな」
答えた直後、俺の意志とは関係なしに、空腹を訴えるかのように腹が鳴りやがった。ああ、クソ……みっともないところをみられるハメになった。
だが彼女は、さして気にもしていない様子だ。
それで机に置かれた盆にはティーカップとケトル、それとなにかしらの料理が入っている深皿から、かすかに湯気が上がってる。
とにかく、久しぶりに温かい食事にはありつけるというわけだ。冷静になって思えば、ずいぶんと長いあいだまともな食事にありつけてない。
「ところであなた、手がそんなことになってるけど、持てるかしら?」
「ああ、酷い怪我だが、飯のために使うぶんには問題ないだろう」
それで湯気の立っている深皿とスプーンを、彼女の手から受け取る。
「それより君はいいのかい?」
「私はちょっと前に済ませてきたから、ここではお茶だけいただくとにするわ」
彼女はお茶をカップに注いで、椅子に腰掛けた。
俺は受け取った木製の深皿に視線を向ける。そこに入っているのは、豆がほんの少しだけ混ざっている肉のスープだ。
うーむ……肉がたっぷりあるのは贅沢なことだ。が、一口食べてみると、お世辞にも旨いとは言えない代物だ。まあ空腹じゃなければ遠慮していたかもしれん。
豆はともかくとして、まず味が薄い。味付けもだが、肉そのものの味が奇妙な感じだ。それにスジばっている感じで、これまでに食べたことのないような食感がした。絶対に鳥の肉や兎の肉じゃないことは分かる。豚でもない。カエルも食ったことがあるが、ありゃもっと鳥に近い感じだった。
野生動物かなにかの肉なのだろうか? 鹿の肉とも違う。熊か、それとも猪か? それにしても臭みがほとんど無いのも奇妙なところだ。
まあどうでもいい。肉は肉だ。食事はいつだってありがたい。あるいは単純な話で、彼女が料理下手というだけのことかもしれん。
不満があっても、文句を言う場合じゃない。とは思うんが……
「なあ、助けてもらったうえに食事まで出してもらってるのに、こういうことを言うのもあれだが、パンとか、そういうのは無いのかい?」
彼女は少し困ったような表情をみせた。
「そうね……ここでは黒パンだとしても、贅沢品かもしれないわね」
黒パンが贅沢品? とんでもないセリフだ。
「まあ……なければないで、そりゃかまわんさ」
「ごめんなさいね。ここでは食事の贅沢は言わないで。私だってそれは同じことなんだから」
「そもそも君と俺じゃ、食事の好みも違うかもな」
彼女は怪訝そうな表情をみせた。
「どういう意味なのよ、それ」
「いや、別に」
「なんだか嫌味な人ね」
悪気はなかったんだか、少しばかり余計なことを言ってしまったか。
それで会話は止まってしまった。
彼女は椅子に座ったまま、お茶をすすっている。なんだか俺の食事のようすを観察しているみたいにも思えた。
落ち着かん……
ゆっくりと食事をしながら、会話の続きを思いついた。
「ところでそうだ、名前を訊いていなかったな。俺はカルバンだ。君は?」
「私は、クリスティ」
「それで君は、何者なんだ? ほかにも誰か住んでるのかい?」
「何者って言われても……そうね、このお屋敷の主人、とでもいうのかしらね? それと今は私ひとりよ」
なるほど……それにしてもこんな屋敷に一人住まいとは変わっている。
「ふむ、女主人というわけか? それにしても、ずいぶん変わった場所に屋敷を建てたもんだ」
「べつに、私が所有しているってわけじゃないんだけど」
持ち主じゃない? というなら、いわゆる管理人的な存在なのだろうか?
俺はこの獣人女のことが気になってきた。
「まあともかく、クリスティはここに住んで長いのかい?」
「んーと、どうかしら? 長いといえば長いような気もするんだけど。いろいろとあって、なんていうか、複雑なのよ。それに、このお屋敷は普通じゃないから」
屋敷が普通じゃない? なんとも妙な言い方をする女だ。
「その、普通じゃないってのは、どういうことだ」
「そうね……とりあえず今は、あなたは何も考えずに、気楽に構えるのがいいと思うわ。あなたがこのお屋敷から去ることができそうなら、なにも知らないほうがいいわ」
こりゃまた妙なこと口にしやがる。
「どういう意味だ?」
「細かいことは気にしないことよ。それにカルバン、あなたには療養というものがまだまだ必要だと思うわ。それと食事のあとで包帯も替えたほうがよさそうね」
そして彼女はカップを盆に戻して立ち上がった。
「まあ、ゆっくりと食事しててちょうだい」
そう言って彼女は部屋を出ていった。
***
食事を終えた後で、クリスティが慣れないような手つきで包帯を取り替えるの見ながら、ここに来るまでに俺が置かれていた状況を思い出した。
「ところでクリスティ、聞きたいことがあるんだが、昨晩は俺以外には誰も来なかったか?」
「一昨日のこと? あの日の晩は、あなた以外は誰も来なかったわよ。それに今日も」
おとといだって? そりゃ驚きだ。
「そりゃほんとか?」
「分かっていないようね。あなたは相当な怪我をしていて、まるまる二日近く寝ていたのよ。というか、気を失っていたっていうの? あるいは、生死をさまよっていたといった感じかしら?」
「そ、そうか……」
そりゃ怪我は当然のこと、身体の調子もおかしいわけだ。
「カルバンは、誰かに追われているの?」
「ああ、もう追われてないと思いたいもんだ。俺が死んだものだと思われてるほうが都合がいいんだがな」
「それなら、隠れて身体を休めるのには、ここはいい場所かもしれないわ」
「そいつは心強いね」
「ここは来ようと思っても、簡単に来れる場所じゃないみたいだから、たぶんだけど」
「辺鄙な森のど真ん中なら、そうだろうな」
それでクリスティは包帯を巻き終えた。
「こんな感じで大丈夫そう?」
「ああ、十分だろう」
「ところでカルバン、あなたは剣士かなにかなの?」
「なんでそう思ったんだ?」
「だってほら、剣の鞘を提げていたでしょ? でも肝心の剣は、持っていなかったようだけど」
「ああ、そうだな。どこかに置いてきちまった。それにこの手の怪我じゃ、しばらくは振り回すこともできないさ」
「それで、どうして森のなかを逃げていたの?」
「気になるのか?」
「そうね、だってこんな怪我をして追われていたって、どうみても普通じゃないわよ」
「言われてみればそうかもな」
「なにか悪いことでもしたのかしら? それとも冒険者パーティとかでの内輪揉め? もしかしてじつは大悪人だったりするの?」
「いいや、騎士団にいた」
「騎士団?」
「だが辞めたくなったのさ。まあ下っ端だったけどな」
「でもどうして、辞めたくなったからってこんな目に遭わなくちゃいけないの?」
「裏切者認定されたってわけだな。だが死の制裁を甘んじて受ける気なんてなかったさ」
「なんだか野蛮で物騒な話ね」
野蛮で物騒……か、ため息をついて肩をすくめた。
「まあ、だろうな」




