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スタロヴァヤ ―それは名もなき館―  作者: 菅原やくも


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「ところでよ」エッジがぼやくように言った。「ほんとに、こんな古くて狭っこい街道沿いに屋敷なんてもんあり得るかあ?」

「そうは言ってもだね」ブリムが答える。「話に聞いた目印を見落とさないように。気をつけて進むしかない」

「おれたち、なんか騙されたんじゃないよな?」

「だけれども前金に貰った一人一枚の金貨。これは本物で間違いない。騙すにしては気前が良すぎると思うよ。それからカミンスキー君やステットソン君はどう思う?」

「わたしはなんとも言えないわね。少なくとも依頼人が噓をついているとは思わないけど」

「いざとなれば、このまま逃げればいいんじゃないのかな?」

「ハンクってば、とんでもないことを考えるのね」

「ぼくはそういうのは初めてじゃないから。一度や二度、そうしたことがあったよ」

「んなら、もうちっと進んでみてから考えるとしようぜ」


 今回の依頼の話を簡単にまとめると、村近くの森の中に奇妙な屋敷が現れたというものだ。さらに付け加えると、その屋敷を見に行った勇気ある村の若い衆が戻ってこなかったという。

 なるほど、たしかにどこか怪しげで危険な香りが漂ってくるような案件に思える。となるとこういった危なそうな事態の対処に慣れている、ぼくたちみたいな旅の冒険者に依頼を持ち掛けてくるのも無理はないのかもしれない。

 でも、村の若者が行方不明になったのことは、もしかしたら屋敷は関係ないかもしれないし、あるいは森に凶暴な野生動物か魔物がいる可能性もなくはない気がする。いずれにしても一つ言えるのは、危ない仕事の依頼ということだった。


 ともかくそうして進んでいると、道のそばに木の杭が打ってあって布切れが旗のようにして結わえてあるのをみつけた。

「これが例の目印かな?」

「だろうぜ。にしても妙な目印だよなぁ。あの依頼人と同じくらい、うさんくささが漂ってるぜ」

「それにしても、この先には森があるだけで、他に道があるようにはみえないけれど」

「ともかく、少しだけ森のほうへ入ってみよう。話に聞いた別の道が見つかるかもしれない」

「見つからなきゃ、そんときは我らのステットソン君曰くのアイデアを採用しようぜ。引き返してトンズラだ」

 そこから木々のあいだに入って、しばらく進むと砂利道が現れた。白っぽい小粒の石で、きれいに整えられている。

「変な道だぜ。森の中でいきなり出てきやがった」

「うむ、エッジの言うように、たしかに妙だ。皆、気を付けて進むのがいい」

 ぼくはなんだかここに来て、妙に気が進まないような気分になった。

 なんというか、この手の経験からくる直感というか、野生の勘みたいな、そういう感じのものが急に働きだした気がした。

 思わず立ち止まって周囲を見渡すけど、この砂利道以外はありふれた木々に囲まれた森だ。 匂いを嗅いでみても、不審なものは感じない。でもなんだか変な感じがする。でも上手く言い表せない。

 振り返ってみても、不審なものはない。

「おい、ハンク。どうかしたのか?」

「いや、なんとなく悪い予感というか、なんだか嫌な雰囲気がする」

「おいおいどうした賞金稼ぎのハンク・ステットソン君、ここに来てビビってんのか?」

「ねえエッジくん、そんな言い方はないんじゃないの?」

 それからブリムも割って入ってとりなす。

「まあまあ、ここはとりあえず進めるところまで進んでみて、それから考えよう。僕も今回の依頼には少々の疑念を感じている」

「えー、兄貴までなに言い出すんだよ」

「エッジ、直感というものは、こういう時に一番信頼できるものだよ」

「そうかぁ? おれは、なんとも感じねーけどな」

 それからまた周辺のようすを気に掛けながら進んでいくと、唐突に視界が開けた。

 まるで意図して作ったような広い場所だ。あたりは森にかこまれているけど、その中心部には、どことなく上品な雰囲気の二階建ての建物が建っていた。壁面は白く、屋根は明るい赤褐色をしていた。建物の周辺の芝生はきちんと手入れをされているような感じ。これだけの土地を森のなかで整えるのは相当に手間がかかっているだろう。

「いよいよ、あれが例の屋敷のようだ」

「なんだか、」ヘレンがつぶやくように言った。「ここって、まるで箱庭の中に入っちゃったみたいな感じね」

「しっかしまぁ、あの屋敷のまわりの芝生のなかには、ヤベー罠がいっぱいあるかもしれねぇぞ」

「さて、」ブリムは深呼吸して続ける。「いよいよ、このお屋敷にお邪魔するとしようか」

「ちょっと待った」

 ぼくはブリムに向けて言った。「ちょっといいかな?」

「どうしたんだい?」

「仕事にかかる前に、銃の弾を込め直しておきたいんだけど」

「あんだぁ、」エッジがあきれたように言う。「空っぽの銃を持ち歩いてたのか?」

「いや、そうじゃなくて、鉛玉を銀の弾丸に詰め替えるだけだよ」

「手間がかかることをするなぁ」

「まあそれなら、」ブリムがとりなすように言った。「そのあいだに僕たちで、あの屋敷の周囲をみてまわることにしよう。なにか得られることがあるかもしれない」

「兄貴、偵察ってわけだな。まあ、それもいいかもな」

「わたしはハンクといっしょがいいかしら?」

「お? お二人さんよ、仕事前に惚気か」

「ちょっとエッジくんってば、そういうんじゃないわ!」

 エッジは事あるごとに茶化すようなことを言うけど、もう慣れっこだ。でもヘレンは、ぼくとのことでこういうふうなことを言われるとむっとしたようになる。

 それでぼくとブリムは、たまに視線を交わして、やれやれといった感じになる。

 いつものことだ。

「なんてことないよ。三人で見てまわってきたらいいんじゃないかな? ぼくはべつに銃に弾を込めるだけだし」

「いいの? 一人だと危なくない? なにかあったらどうするの?」

「万が一のときは、」

 ぼくはよそへ向けて銃を撃つジェスチャーをしてみせた。

「ズドン。銃声でわかると思うけど」

「まあまあ、ステットソン君がいいと言うなら、そうしようか?」

「ハンクがそこまで言うなら好きにすれば。たまには一人の時間も大事よね」

 それでいったんは三対一で別れることになった。


***

 

 なんだかヘレンの好意を無下にしてしまったようで、少し心地が悪いような気もする。

 べつに一緒に二人っきりでもよかったけど、なんだか今回はすこし一人で集中して作業したい気分だった。

 ホルスターを外して銃を置き、荷物の中から必要なものを取りだす。

 拳銃は二連装で、左右に一丁ずつ持ち歩いているけど、ふだん歩いているときは利き手側の銃にだけ装填している。

 そうすることにはもちろん、ぼくなりの理由がある。暴発で怪我するなんていう経験は、一度すれば充分だってことだ。

 まず装填していない銃のほうには、そのまま火薬(ブラックパウダー)銀の弾丸(シルバーブレット)を込める。このさいだ、ついでに鶏頭(ハンマー)火打石(フリント)も新しいのに変えて微調整もする。

 そして鉛玉が込めてあるほうは、いったん分解する。そして銃身の尾栓を外して、入れていた火薬と弾丸を取り出す。

 それから銃を組み立て直して、あらためて火薬を入れ直して銀の弾丸を詰める。

 ついでに一本だけは、小粒の玉を一塊にした散弾にしておく。それと火薬の量も今回は銃の強度が許す限りの目いっぱい入れておく。いざというときの最後の一撃。まあ保険みたいなものかな。

 剣や弓なら、こんな面倒なことをしなくていいし、持ち物も少なくて済むけど、ぼくには剣を振るったり弓を射る才能があまりなかった。

 それとべつに銀の弾丸(シルバーブレット)を使うことに特別な意味があるというわけじゃない。それに銀はけっして安いものじゃない。

 相手が人間ならもちろん、魔族の人物や魔物だったとしても、条件次第で鉛弾で倒すことはじゅうぶんに可能だ。銀の弾丸を使う理由は、お守り代わり、信仰、あるいはジンクス……かな?

 とくになにか大きな仕事のときは、こうして細かいことにこだわる。これまでそうすることで上手くやってくることができたわけだ。それに直前のこの作業は集中力を高めてくれる。それだけのことだ。

 作業が終わったら、道具はきちんと片付けて、荷物はしっかりとまとめる。ホルスターを身に着けて、銃の抜き撃ち具合を確かめる。

 それで準備が整ったところでヘレンたち三人が戻ってきた。

「どうだい? 準備は終わった?」

「うん、いつでも行けるよ」

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