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スタロヴァヤ ―それは名もなき館―  作者: 菅原やくも


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3/22

 相手の姿がよく見えない。そして目の前で刃物かなにか、刃先がきらめく。

 手に鋭い痛みが……

 気がつくと、見知らぬ部屋の天井が見えた。

 どうやらベッドの上だ。なにが起きたんだ? ただの夢か? さっきの光景は夢で、俺は寝ていたらしい。

 なにがあったんだか? さっき見えてたものは夢か? そうだ……俺は逃げてた。それに加えて背中に腕にと切りつけられ、死にそうになりながら森の中を進んでた。いや彷徨っていたというのがお似合いだ。それで俺は見知らぬ屋敷を見つけ、その玄関先で、そこで限界だった。あとの記憶はない。 

「っ……」

 起き上がろうと身体を動かしたら、あちこちが痛む。特に右腕と背中。とにかく痛みをこらえて上半身を起こす。

 俺はまだ死んではないってこった。運がいいのか? それとも神の思し召しだってか?

 ここは屋敷のなかの、どこかの部屋だろうな。

 着ていたはずの服が、きちんと整えられて部屋の壁にかけてある。それから自分の身体をたしかめると、上半身、それと右腕にも包帯……というか細く裂いた布が巻いてあった。

 腕のほうは、わずかに血が滲んでる。

「ひどい傷になっちまったな、こりゃ」

 ともかく、少なくともこの屋敷には誰か、あるいは何者かが住んでる。ほんでもって間に合わせの手当てをしてくれる程度には良識のある主人(あるじ)がいるというわけだ。

「まあ……ありがたい話ってこった」

 少し頭がぼんやりとする。疲労と怪我のせいだ。ともかく状況を把握しておかなければ。

 部屋の中はさっぱりとした印象だ。ベッドのすぐ横には簡素なテーブルとイスが置かれてる。

 この痛みをこらえてベッドから出て、部屋の外のようすも確かめるべきかどうかと迷ってると、部屋のドアが開いた。

「あら? 気がついたのね」

 そう言って部屋に入ってきたのは女だった。

 だが人間じゃない。衣服もきちんとした身なりをしてるが、琥珀を連想させるような明るい茶色がかった艶やかな毛並み、キツネあるいはオオカミみたいな感じの、鼻筋のとおったイヌ系統(ウルフトライブ)の顔だちをしている獣人だ。

 この手の獣人らの美的感覚ことはあまり知らないが、たぶん彼女は同族のなかで美人と呼ばれるにはさほど問題ない部類に入るのだろうなということは、なんとなく想像がついた。

「意識が戻ったみたいで良かったわ」

 しばらくその女の顔を見つめた。なんて返すべきか言葉がすぐに出てこない。

「どうかしたのかしら? それとも、私の顔を見て驚いているの?」

「あ、いや……いろいろと混乱してるだけだ」

 深呼吸した。落ち着くんだ。少なくとも相手は敵なんかじゃない。

「ここは地獄じゃないよな? 俺は生きてるってか」

「そのくらいのこと、自分で分かるでしょ?」

「まあ……それもそうだな。それで、君がこの傷の手当てを?」

「そうよ」

「ああ、礼を言うよ。助かった。おかげで俺は命拾いしたわけだ」

「そうね。それより具合のほうはどうかしら?」

「まあ、かなり痛むね」

「それなら、あまり無理はしないことね、あと残念だけど、痛み止めになりそうなものは無いから我慢してちょうだい」

 その口ぶりからすると、初歩的な手当以上のものは期待しないほうがよさそうな気がする。

「強めの酒なんかも、なしか?」

「え? お酒ね……もしかしたら、厨房の棚のどこかにあるかもしれないわ。でもあれこれと期待しないでね」

 そういえば辺鄙な森のなかにある屋敷だ。あれこれと期待するほうが間違いなのかもしれん。

 いずれにせよ、俺はこの屋敷がどんなものなのか知りたかった。

 ベッドから出ようとしたが、そうやすやすと歩き回るのは、まだきついかもしれん。

 さすがの獣人女も驚いたようだった。

「ちょっとあなた、ベッドから出て歩き回るのはやめたほうがいいんじゃない? ほんとうに無理しないほうがいいわよ」

 背中の傷は当たり前に痛む。さらには足腰も無理をして歩き続けたせいなのか、筋肉が痛む。

「ああ、そのようだな」

 だが多少の無理をしても今は、一つだけ行きたい場所があった。

「トイレくらい行かせてくれ」

「は?」

「このベッドを汚しちゃまずいだろ? それにそういうのは俺のプライドが許すわけにいかん」

「あきれちゃうわね。用を足すだけなら、部屋の隅でもできるわよ」

 彼女が示した先には、よく見ればそれのための大きな壺が置いてあった。

「どうかしら? そのひどい状態の身体でも、これなら問題ないんじゃないかしら?」

「ああ、そうだな」

 そして彼女はご丁寧なことにベッドの近くまでそれを動かしてきた。

「これでいいかしら? それともまだ手助けが必要?」

「いや、それで充分さ」

「それじゃあ、また後でくることにするわね」

 そう言って彼女は部屋を出ていってしまった。

 まあいい、とにかくベッドから出て、ほんのわずかな距離を動いて、済ませることを済ませた。たかが数歩だ。だがベッドから出て戻るまでが途轍もなく長く思えた。

 それでまたベッドに戻り、ゆっくりと寝そべる。傷が痛む……

 身体が元の調子に戻るまでに、まだ相当な時間がかかりそうだ。

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