12
けっきょく、灯りを持ってぼくひとりで地下室へ下りた。
独特な匂いが漂っている暗い地下室。なんともないかな? それに女主人レッターに連れられてきたときから、変わったこともないようにみえる。
気のせいかな? ぶらさげてある肉塊の量が少し増えているような気がする。いや、そんなことは……疲れているせいだ。たぶん、気のせいかもしれない。
そういえば、きちんとこの場所を調べてみる余裕なんてなかったから、いろいろと発見があるかもしれない。
まず、壁のところに引き出しのついた棚がある。
見てみると、なかには刃物が入っている。いろんな種類の刃物がある。
とうぜんといえばそうかもしれない。ここで死体を……なんだか想像して、それとあのときのことを思いだして気分が悪くなりそう。とにかく、棚には道具がいれてある。それだけ。肉をさばくための刃物なわけだ。
そういえば、あの女主人レッターの死体は、どこへいってしまったんだろう? 床に吸い込まれるみたいに消えた。
それに、ここにある肉……皮は剥いであるけど。それに人間を殺してばらばらにしたのなら、その頭はどこに置いてあるんだろう? わからない。そんなことよりも、お腹がへった。
吊るされている肉塊の一つ、一番小さいのををとってみる。
細長い肉塊……腕かな?
少しひんやりとしているような気がする。
ふつうなら、これだけの肉なら塩漬けか燻製にでもしておかないと、かんたんに腐ってしまうと思うんだけど、それどころか虫がたかっているようなこともない。匂いをかいでみても、ふつうの生肉の匂いっていうのかな? 腐っているような感じはしない。まるでついさっきまで……ううん、そんなことはどうでもいいや。
とりあえず、これを厨房に持っていって、焼くなり煮るなりしてみよう。新鮮な肉、なのかな? ふつうの状況だったなら、とっても贅沢な食事のずだ。
厨房まで持っていくのに、なにかで包んだりしたいけど、適当なものがみあたらない。しょうがないないや、そのまま持っていこう。
「ハンク!」
ヘレンの呼び声がした。
「ハンク、大丈夫なの?」
「うん! いま戻るから」
それでぼくは階段を上って地下室を出た。
ヘレンはぼくのことを見てほっとしたような顔をして、それから固まったような表情になった。
「ハンク……持っているの、その、それって、それ、」
「肉だけど」
「ほんとうに、食べるつもりなの?」
「腐ってはないと思う」
「そういうことじゃないわ。ほんとうに、この肉……だって人の肉なのよね」
「たぶん、腕の肉かな」
ヘレンは困惑しているけど、どうしてそこまで拒もうとするのか、ぼくにはよくわからない。ほかにまともな食料がないんだから、神様だって少しくらいは見逃してくれるはず、たぶん……。
「厨房に戻ろうよ」
ヘレンは少し視線をそらしたままで、小さくうなずくだけだった。
それで会話もなく、また厨房へ向かう。
***
そろそろフライパンが熱くなってきたかな?
皮を剥がされて骨も取った小さい肉塊だけになったものをみていると、それが人間のもの、あるいは魔族、はたまた獣人のものだったとしても、ぱっと見ただけだと判別なんてできそうにない。
包丁で切った肉片の一つを、フライパンのなかへ入れる。
ジュっと肉の焼ける音がした。
これだけだと、ほんとうにただ平凡に肉を焼いているだけみたいに思える。そうして焼ける肉の香ばしい匂いが、厨房に広がっていく。
とりあえず肉片をさらに焼く。
おいしそう……空腹だから、よけいにそう感じるのかもしれない。
そうして、焼きあがった肉をみれば、それが人間のものだったかどうかなんて、もうわからない。
棚から出していた皿に、焼いた肉を盛りつけていく。でも塩も香辛料も、なにかしらの味付けをするものはない。
「ほんとうに食べるつもりなの」
「うん……」
ヘレンは集めたサラザンの実にまったく手をつけていない。それともぼくは別の場所で、ひとりで食事をするのがいいのかもしれない。
「見るのが嫌だったら、ぼく、外で一人で、」
「わたしも食べるわ」
「え?」
「ハンクがほんとうにこの肉を食べるのなら、わたしもいっしょに食べる」
「えっと、そんな無理しなくてもいいけど」
「決めたの」
「わかった。それならそれでいいんだけど」
とりあえず、焼いた肉切れの一つを、口に入れた。うん……おいしいとは思わないけど、とりわけまずいわけでもない。あっさりしている。
それでヘレンは、まるで毒物と分かっているものを食べないといけないみたいな表情をしている。そして覚悟を決めたような顔で、焼いた肉を口に含んだ。
でも、口を手で押さえて庭へ出ていった。
すぐに追いかけてみれば、ヘレンは外で膝をついて、その場に吐いている。
「ヘレン、大丈夫?」
「嫌! 触らないで!」
駆けよったのに、なんだか全てを拒絶されたような、首や胸を縄でしめつけられたような感じがした。なんて答えたらいいのか、わからない。
ぼくは立ちつくして、ヘレンをみつめることしかできなかった。
ほんの少しだけだったけど、しばらくの沈黙がとてつもなく、長く感じた。
ヘレンは口元をぬぐってゆっくり立ちあがった。それから井戸に向かって水をくんで、顔を洗う。
ぼくはただ、その近くで黙って立っていることしかできなかった。
「ごめんなさい、ハンク。」ヘレンはつぶやくように言う。「思わず……あんなこと言って」
「う、うん、気にしてなんかいないよ」
「でもわたし、わたしは、無理よ、こんなの……」
それからぼくのほうに、きちんと向き直る。
「ハンクは平気なの? どうしてそんなにも平然とした顔をしているの?」
「ええっと、そんなこと言われても……」
「この屋敷から出られるまで、こんなことつづけられるって言うの!」
「わ、わからない……わからないよ。でも、今日をすごして明日を生きるためなら、ぼくはできることはする。これまでもそうしてきたんだから」
「そうよね……でも、でもやっぱり、こんなことをしていたら、ハンク、あなたがあなたじゃなくなってしまうような気がして。醜い魔物かなにかに変わっちゃうかもしれないように思えて……わたしだって、自分がどうにかなりそうで、怖いの」
「大丈夫だって、きっと。これまでもいろいろと、たいへんだったこと乗り越えてきたし」
「わたしは、そこまで楽観的になれない」
「あとそれに、もう醜い姿だし」
「え? なにをいっているの?」
「だってぼくは、こんなケモノ耳と尻尾がある中途半端な獣人だから。それに右目まで無くなっちゃったし、じゅうぶんに醜い格好だと思うよ」
「へんな冗談言わないで! それでも、そんな格好でも好きだから」
「そう言ってくれるのはうれしいな」
「でも、今の、こんなことは間違っていると思うわ」
「それはわかっているけど。でも、食事なしだと堪えられないよ」
「せめて、それだったらせめて食前のお祈りをきちんとして」
「うん……わかった」




