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スタロヴァヤ ―それは名もなき館―  作者: 菅原やくも


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21/22

 そろそろこの辺で止めておくか。

 同じ姿勢で研ぎを続けたせいで身体が痛い。

 切れ味の確認は、まあまた別の機会にするか。刀身をざっと水で流し、気を付けて水分をふき取って鞘にしまう。

 それで屋敷の中へ戻るのに厨房に入ると、クリスティはお茶を飲んでいた。

「ようやく終わりかしら?」

「ああ、そうだな。そのお茶、俺の分もあるか?」

 だがクリスティは唐突に小皿を差し出してきた。

「それよりも、はいこれ」

「ん? なんだ? あのイチジクか」

 見てみれば小さく切ってあるイチジクの実が盛ってある。

「あのイチジクか?」

「そうよ」

「さっそく包丁の試し切りというわけか」

「そうねカルバン、いい仕事をしてくれたじゃない? これまでより包丁の切れ味が良くなったわ」

「そりゃよかったな」

 ともかく俺は道具と剣を机に置いてから皿を受け取り、一口食べてみる。

 うむ……甘い。そこまで強烈な甘さじゃないが、酸味もなく癖のない甘い味だ。

「どうしたのよ、カルバン。急にニヤニヤしちゃって」

「ん? そうか?」

 どうにも顔に出てしまったか。

「それで、お味の方はいかがかしら?」

「ああ、甘いな。悪くはない」

「気に入った?」

 どうだかな。俺だって比較するならリンゴやオレンジだとかの方がいい。まあ、ここじゃ贅沢は言えんのだろうが。言ったところで叶うもんでもない。

「まあ、悪くはないかもな。クリスティも食ったのか」

「少しだけね。でもやっぱり、私はやっぱり少し苦手な気がするわ」

「ここじゃ甘い物は超貴重品だろ? それとも遠慮してるのか?」

「別にそういうんじゃないわよ。残りはカルバンにあげる」

「いいのか?」

 まあ、そこまで言うなら貰っておくかというとこだが。ともかく甘食ってのは、疲れた身体には沁みるな。

「それから見てもらいものがあるから、ちょっと待ってて」

 クリスティは厨房を出ていった。

 俺はその間に残りのイチジクを味わっていると、なにやら短剣を大事そうに抱えて持ってきた。

「カルバン、これを見て欲しいんだけど、いいかしら?」

「その剣はどうしたもんなんだ?」

「ノックス兄さんが使っていたものよ」

 そう言って差し出してきた。

「なんだ、これも研げってか?」

「そういうんじゃないけど、ずっと使っていなかったし、」

「ともかく見せてもらうとしようか」

 手にしてパッと見た感じ、しっかりとしてる造りな印象だ。

 鞘から抜いてみると、刃には少しばかり錆が出てる。

「サイドソードだな。護身用とでもいった感じか?」

「そうなるのかしらね。べつに騎士とか傭兵だととか、そういう家系でもなかったから」

「ふむ……ところで君の兄さん、剣や武術の心得はそれなりにあったのか?」

「剣の扱いは上手かったと思うわ」

「それじゃあ、君も扱いの心得が?」

 だがクリスティは首を横に振った。

「教わりたかった。でもノックス兄さんは、教えてくれようとしてくれなかったのよ」

「じゃあ、まったくか」

「そうでもないわよ。見よう見まねでしてみたこともあったから、少しは使えると思う。でも兄さんは、そんなことをするなって。やっぱり……女の私が剣を扱えるようになるのは、嫌だったのかしら」

「どうだろうなぁ」

 それだけが理由とは思えん。別に剣術が達者な女騎士や女傭兵は、人間や獣人、魔族の連中問わずいないわけじゃない。まあ、クリスティの兄が頑固で伝統的な考え方を持ってたのなら別だろうが。

「君の兄さんには、なにか思うことがあったんだろうさ」

「そうかしら。他に理由がなにかあるっていうの」

「そうだな……剣を使えるようになって、君の手が血で汚れるようなことになるのが嫌だったのかもしれんぞ」

「私が戦うことで傷ついてほしくなかった、そいうこと?」

「可能性として、だな」

「でも今となっては、分からないことね」

「ともかく、手入れしてもいいが明日にさせてくれ。今日は疲れたぜ」

「いつでも構わないわよ」

「とりあえず、君が持っておいてくれ」

 俺は剣をクリスティに返した。

「ところでカルバン、私が剣を扱えるようになることは、どう思うのかしら?」

「なにがだ?」

「女が剣を振り回すのはどう思うかってこと」

「別に俺は、女だとか男だとか、そういうのはどうでもいいと思ってる。覚悟があるかどうかだ、重要なのは。剣を振るう時、そこには相手が存在する。斬るか、斬られるか。想像できるか?」

「言いたいことは分かるけど……でも、いまいちピンとこないわね」

「まあ、君が教えて欲しいってなら構わんわけどな。ただ教え方が下手かもしれんが」

「いいわ。それなら今度、教えてちょうだいね」

「ああ」

 俺はまた短剣に視線を向けたが、持ち手のことろ、恐らく血でできただろう染みが目についた。

「ところで君の兄さんは、この剣を使うこともあったのか?」

「ええ、そうね」

 クリスティは言い淀んだ。

「どうした?」

「私と兄さんの二人で、来訪者を殺したこともあるわ」

 クリスティはどこか深刻そうな口調だが、まあ今更驚くことでもない。

「私たちが最初に相手をしたのは、道に迷って森を彷徨っていたみたいな感じの一人の旅人だった」

「ところでだが、その、来訪者がやって来た瞬間ってのは、玄関と外が繋がったのか?」

「ええ、そうよ。それにもちろん試してみたわよ、出られるかどうか。でもダメだった」

「どういう感じなんだ?」

「まるで見えない力で阻まれているっていうか、屋敷の中から身体全体を引っ張られているみたいな感じがしたわ」

「なるほど……まるで、屋敷全体が意志でも持ってるような感じだな」

「どうかしらね。私はそんなふうには感じないわ」

「ところで、どうして殺したんだ?」

「食べ物がなかったから。しょうがなかったのよ」

「その一度だけだったのか?」

 訊いておきながらだが、そんなことはないだろうなも思った。

「いいえ。二度目と三度目の来訪者は、明確な敵意を持ってやって来たわ」

「戦ったのか?」

「二度目のときは、まだノックス兄さんがいたから、私はただ身をひそめて祈ることだけしかできなかった。人間と猫系統(キャットトライブ)の獣人っていう二人組だった。賞金稼ぎって感じかしらね」

 その言い方に、俺は訊かずにいられなかった。

「三度目は、どうだったんだ?」

「人間の女が一人だけだったけど、私が相手をするしかなかった。でもまあ、私が負けていたとしても、あの女がこの屋敷に暮らすことになったんでしょうけど」

「にしても、なんとか話し合う余地もなかったのか?」

「そんな余地なんてなかったのよ。結局のところ、殺しに来るのが目的だったみたいだったし。ノックス兄さんが戦った相手なんかは、悪魔の手先と話し合うつもりなんてない、みたいなことを言ってみたい」

「なるほどな。まあ、戦うつもりでやって来たような相手なら、当然と言えば当然のことだろうな。森の中で、得体の知れない館に住んでる奴を相手にするとなれば猶更か」

 人を喰う館……この異名のせいか? まるで負の連鎖ってやつだ。

「そういや、あの日記なんかも、魔物が人間の女の姿をしてたみたいなことが書いてあったな。クリスティはどう思う?」

「どういうこと?」

「その女ってのも、ただ単純にここに囚われて住人になっただけの人かもしれんわけだ」

「ええ、そうね」

「人ってのは恐れの感情から、ありもしないモノを見るのが得意だからなぁ」

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