10
玄関近くの壁際で、ぼくは床に寝そべっている。
もう外は真っ暗になっている。立てかけて置いたヘレンの杖に灯っている冷炎の光が、かろうじてぼくたちを照らしている。
ヘレンは、ぼくのすぐそばで、壁にもたれるようにして座っていた。
「ねえヘレン、ほんとうに外へ出ることができる瞬間なんて、あるのかな?」
「ちゃんと確かめてみないと分からないわ」
「そうだね……」
玄関扉は開けっぱなしにしてあるけど、あの黒い壁はずっと同じように立ちはだかっている。
「わたしは、希望は捨てないわ。でも……もしものときは、そのときに考えましょう」
「わかった」
「ハンク、ゆっくり休んでちょうだい。怪我もしているんだから」
「大丈夫だよ。交代したいときは起こしてくれていいよ」
「わたしだって大丈夫だから。とにかく休んで」
「うん……」
そういえば、お腹が空いた……
魔窟だとか魔境だとか、あるいはダンジョン探索に行くような場合だったなら、食料だってそれなりにきちんと準備したのだろうけど、今回はちがう。こんなことになるなんて思ってもみなかった。
まったく、予想なんてできるわけなかった。
ここに来てから口にしたものといえば、あのお茶と井戸でくんだ水だけだ。
あの日記に書かれていたことを思いだす。
“恐ろしい。ここでは、まともな食料が人の肉しかない”
こんなことがあってもいいのかな?
それとも、今の状況そのものがなにか罠なのかな? いいや、悪夢をみているんだ。これは現実じゃない……そう思いたい。
ああ、横になって目をつぶっていても、眠れない……一度にいろんなことが起きすぎたんだ。
頭のなかで、いろんなことがぐるぐると渦を巻いているみたいな感じがする。でも身体は重たい感じ。とても疲れている。
それもそうだ。屋敷まで歩いて来て、あっという間に戦って負けて、ヘレンと一緒に反撃して、でも屋敷から出れなくて、いろいろと試したり、みてまわったりして、でもなにも解決しなくて、気分を落ち着けたくても落ち着かなくて。一晩過ぎて、屋敷のなかをあちこち調べてまわって……また夜になってしまった。
忘れていたことがあった。
「あ、」
「どうしたのハンク?」
「銃、手入れをしなきゃ」
それでぼくは起き上がって、荷物の中身を投げだす。
銃の清掃をすることをすっかり忘れていた。眠れないならなおさら、やるべきことに手をつけておこう。
「ハンク、無理しないで。あした、明るくなってからのほうがいいんじゃないかしら?」
「でも、眠れそうにないし、それになるべく早めにきれいにしておくのがいいから」
ぼくはヘレンの横で、同じように壁にもたれて座った。
道具類だけ残して、他の持ち物はきれいに整えてカバンに収める。
さて、まずは銃の分解。二つともまとめて作業する。
部品を一つ一つ外す。とにかく銃身だけは、かんぺきにきれいにしたい。火薬のススまみれのままにしておくと、あっという間にサビちゃうから。
できれば熱湯で洗いたい。ここなら井戸もあるし、厨房でお湯を沸かせば……考えながら立ちあがったけど、めまいがした。
「ハンク、今度はどうしたの?」
「うん、ちょっとめまいがしただけ」
「そうじゃなくて、どこへいくつもりなの?」
「えっと、これ、」
ぼくは抱えるように手にしていた銃身二つをヘレンにみせた。
「これ、お湯で洗いたいんだ。厨房でお湯を」
「だからハンク、無理しないでって」
「でも、しないわけにいかないから」
「それなら、わたしが魔法できれいにしてあげる」
「できるの?」
「汚れを落として、きれいにすればいいのよね?」
「うん」
「任せて」
そういえば、いっしょに旅を続けてきたけど、ブリムやエッジはもちろんだけど、ヘレンにも自分の銃を触らせるようなことはなかった気がする。
「心配しなくて大丈夫、ハンク。壊したりしないから」
ぼくはヘレン手渡した。
「これ、こんなに重たいのね」
「だって鉄でできているんだよ。」
「二つとも、ぜんぶきれいにすればいいのよね?」
「うん、外側も内側もぜんぶ」
「それじゃあやってみるから、少し待っててね」
ヘレンは両手で抱えるように持って、まるで祈りをささげるときみたいな格好で「グラーテス プルガーディオ」とつぶやく。それから、ふっと息を吹きかけた。
すると、きらきらと輝きながら粉みたいなのが舞って、あたりに散って消えていった。
「これで終わりよ」
そうしてぼくに返してきた。意外とあっさりした感じだ。
「こんな感じで、大丈夫かしら?」
「みてみるよ」
銃身の内側をたしかめようとして、右目でのぞこうとしたけど、見えなくて、右目を失っていたことにあらためて気づいた。
左目でたしかめてみるけど、今は暗くて薄明かりしかないから、はっきりわからない。たぶん、大丈夫かな?
「ハンク、どう?」
「うん、ありがとう」
「それにしても、こんなに重たい武器を二つも腰にさげているのね。
「まあね、でも、そんなに気にしたことないよ」
「たいへんじゃない? お手入れとかもたいへんそうだし」
「まあ、そうかもしれないけど」
とりあえず、ブラシをいっかい通してから、ちょっと多めに防錆の油を引いておく。それでまた組み立てなおす。
疲れているせいなのかな、なんだかいつもみたいに、すばやく組み立てができない。
「ねえ、ハンク」
「ん?」
「わたしのこと、もっと頼ってくれてもいいのよ」
「え?」
「ハンクって、いっつも身のまわのことを、自分一人でこなそうとしているじゃない?」
「そうかなぁ。まあ、ヘレンたちと出会う前は、ぼくひとりだったからね」
「なんだか、いろんなことをぜんぶ、独りで抱えこんでいるみたいみえる」
「そんなことないと思うけどな」
ヘレンと話しながら、ひとまず一丁が組み終わった。
「それに、ぼくにとっては、ヘレンがそばにいてくれるだけで十分だよ」
でもヘレンからの返事はない。視線をむけてみると、うとうとしているみたいだった。
その肩にふれようとしたら、ぼくのほうへすーっと倒れてきてから、あわてて受けとめた。小さな寝息をたてている。
ぼくはそっと、ヘレンをその場に寝かせた。彼女だって疲れているんだ。
「ゆっくり休んでていいよ。ぼくが起きているから」




