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スタロヴァヤ ―それは名もなき館―  作者: 菅原やくも


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20/22

10

 玄関近くの壁際で、ぼくは床に寝そべっている。

 もう外は真っ暗になっている。立てかけて置いたヘレンの杖に灯っている冷炎の光が、かろうじてぼくたちを照らしている。

 ヘレンは、ぼくのすぐそばで、壁にもたれるようにして座っていた。

「ねえヘレン、ほんとうに外へ出ることができる瞬間なんて、あるのかな?」

「ちゃんと確かめてみないと分からないわ」

「そうだね……」

 玄関扉は開けっぱなしにしてあるけど、あの黒い壁はずっと同じように立ちはだかっている。

「わたしは、希望は捨てないわ。でも……もしものときは、そのときに考えましょう」

「わかった」

「ハンク、ゆっくり休んでちょうだい。怪我もしているんだから」

「大丈夫だよ。交代したいときは起こしてくれていいよ」

「わたしだって大丈夫だから。とにかく休んで」

「うん……」

 そういえば、お腹が空いた……

 魔窟だとか魔境だとか、あるいはダンジョン探索に行くような場合だったなら、食料だってそれなりにきちんと準備したのだろうけど、今回はちがう。こんなことになるなんて思ってもみなかった。

 まったく、予想なんてできるわけなかった。

 ここに来てから口にしたものといえば、あのお茶と井戸でくんだ水だけだ。

 あの日記に書かれていたことを思いだす。

“恐ろしい。ここでは、まともな食料が人の肉しかない”

 こんなことがあってもいいのかな? 

 それとも、今の状況そのものがなにか罠なのかな? いいや、悪夢をみているんだ。これは現実じゃない……そう思いたい。

 ああ、横になって目をつぶっていても、眠れない……一度にいろんなことが起きすぎたんだ。

 頭のなかで、いろんなことがぐるぐると渦を巻いているみたいな感じがする。でも身体は重たい感じ。とても疲れている。

 それもそうだ。屋敷まで歩いて来て、あっという間に戦って負けて、ヘレンと一緒に反撃して、でも屋敷から出れなくて、いろいろと試したり、みてまわったりして、でもなにも解決しなくて、気分を落ち着けたくても落ち着かなくて。一晩過ぎて、屋敷のなかをあちこち調べてまわって……また夜になってしまった。

 忘れていたことがあった。

「あ、」

「どうしたのハンク?」

「銃、手入れをしなきゃ」

 それでぼくは起き上がって、荷物の中身を投げだす。

 銃の清掃をすることをすっかり忘れていた。眠れないならなおさら、やるべきことに手をつけておこう。

「ハンク、無理しないで。あした、明るくなってからのほうがいいんじゃないかしら?」

「でも、眠れそうにないし、それになるべく早めにきれいにしておくのがいいから」

 ぼくはヘレンの横で、同じように壁にもたれて座った。

 道具類だけ残して、他の持ち物はきれいに整えてカバンに収める。

 さて、まずは銃の分解。二つともまとめて作業する。

 部品(パーツ)を一つ一つ外す。とにかく銃身(バレル)だけは、かんぺきにきれいにしたい。火薬のススまみれのままにしておくと、あっという間にサビちゃうから。

 できれば熱湯で洗いたい。ここなら井戸もあるし、厨房でお湯を沸かせば……考えながら立ちあがったけど、めまいがした。

「ハンク、今度はどうしたの?」

「うん、ちょっとめまいがしただけ」

「そうじゃなくて、どこへいくつもりなの?」

「えっと、これ、」

 ぼくは抱えるように手にしていた銃身二つをヘレンにみせた。

「これ、お湯で洗いたいんだ。厨房でお湯を」

「だからハンク、無理しないでって」

「でも、しないわけにいかないから」

「それなら、わたしが魔法できれいにしてあげる」

「できるの?」

「汚れを落として、きれいにすればいいのよね?」

「うん」

「任せて」

 そういえば、いっしょに旅を続けてきたけど、ブリムやエッジはもちろんだけど、ヘレンにも自分の銃を触らせるようなことはなかった気がする。

「心配しなくて大丈夫、ハンク。壊したりしないから」

 ぼくはヘレン手渡した。

「これ、こんなに重たいのね」

「だって鉄でできているんだよ。」

「二つとも、ぜんぶきれいにすればいいのよね?」

「うん、外側も内側もぜんぶ」

「それじゃあやってみるから、少し待っててね」

 ヘレンは両手で抱えるように持って、まるで祈りをささげるときみたいな格好で「グラーテス プルガーディオ」とつぶやく。それから、ふっと息を吹きかけた。

 すると、きらきらと輝きながら粉みたいなのが舞って、あたりに散って消えていった。

「これで終わりよ」

 そうしてぼくに返してきた。意外とあっさりした感じだ。

「こんな感じで、大丈夫かしら?」

「みてみるよ」

 銃身の内側をたしかめようとして、右目でのぞこうとしたけど、見えなくて、右目を失っていたことにあらためて気づいた。

 左目でたしかめてみるけど、今は暗くて薄明かりしかないから、はっきりわからない。たぶん、大丈夫かな?

「ハンク、どう?」

「うん、ありがとう」

「それにしても、こんなに重たい武器を二つも腰にさげているのね。

「まあね、でも、そんなに気にしたことないよ」

「たいへんじゃない? お手入れとかもたいへんそうだし」

「まあ、そうかもしれないけど」

 とりあえず、ブラシをいっかい通してから、ちょっと多めに防錆の油を引いておく。それでまた組み立てなおす。

 疲れているせいなのかな、なんだかいつもみたいに、すばやく組み立てができない。

「ねえ、ハンク」

「ん?」

「わたしのこと、もっと頼ってくれてもいいのよ」

「え?」

「ハンクって、いっつも身のまわのことを、自分一人でこなそうとしているじゃない?」

「そうかなぁ。まあ、ヘレンたちと出会う前は、ぼくひとりだったからね」

「なんだか、いろんなことをぜんぶ、独りで抱えこんでいるみたいみえる」

「そんなことないと思うけどな」

 ヘレンと話しながら、ひとまず一丁が組み終わった。

「それに、ぼくにとっては、ヘレンがそばにいてくれるだけで十分だよ」

 でもヘレンからの返事はない。視線をむけてみると、うとうとしているみたいだった。

 その肩にふれようとしたら、ぼくのほうへすーっと倒れてきてから、あわてて受けとめた。小さな寝息をたてている。

 ぼくはそっと、ヘレンをその場に寝かせた。彼女だって疲れているんだ。

「ゆっくり休んでていいよ。ぼくが起きているから」

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