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スタロヴァヤ ―それは名もなき館―  作者: 菅原やくも


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2/22

 木々が鬱蒼としている。ぼくたちは森の中に続く小さな街道を進んでいた。

先頭はショット兄弟、それからヘレン・カミンスキー、一番後ろがぼくだ。移動するときの、いつもの定位置。

 ぼくはなんとなく、この三人組と初めて出会ったときの日ことを思い出した。

 あの日はほんとうに大変な目にあっていた。あの出会いがなければ、もしかすると、ぼくはこうして旅を続けることなんかできなくなっていたかもしれない。

 斜め後ろからヘレンのことを見つめていると、彼女がこちらを振り返った。

「どうかしたの? ハンク」

「あ、いや、べつに」

 そのやりとりにエッジがこちらを振り返った。

「どうかした? お二人さんよ。また惚気てんのか?」

「ステットソン君、なにかあったのかい?」

 ぼくは軽く首を振った。

「いや、べつに、君たち三人と初めて出会ったときの、あのときのことをなんとなく思い出していただけ」

「そういえば、あの後に街へ向かうときも、こんな感じの道を進んだのだったかしら? あのときは大変だったよね」

「そうだね」


***


 ぼんやりとした視界、鋭い痛みと不快感、ぼくは地面に倒れている?

 それから……

 二人の男の声が聞こえた。

「あーあ、せっかく尻尾と耳付きの半獣人間だってんなら、ここはネコ耳の美少女とかだったら、これからの旅の道中もおもしろいことになっただろうになぁ」

「こらエッジ、人様の前で滅多なことを言うものじゃない」

「気失ってるからいいじゃんかよ。まあ、悪人じゃなきゃいいんけどさ」

 それから女性の声もした。

「ねえちょっと二人とも、この人どうやら気がついたみたいよ」

 ぼくのすぐ横には、一人の女性がかがんでいて、地面に仰向けに寝そべっている状態のぼくのことをのぞき込むようにして見ていた。

 どうやらぼくは、この場に倒れている。それでこの三人組に助けてもらったみたいだった。

 二人の男のほうは背丈に少し違いがあるけど、兄弟なのか、その顔はそっくりだ。

 それから起き上がろうとして、脇腹のあたりに刺すような痛みが走った。

「うっ……」

「まだ完全に傷が塞がっていないから、無理をしちゃだめ」

 つまりぼくは、ひどい目にあったというわけだ。起き上がるには時間をかけたほうがよさそうだ。

 そこで思い出した。ぼくは一人の男を追いかけていた。

 それは賞金首になっている人物だ。相手を追い詰めていたはずだった。あとちょっとのところだった。これでまとまった額のお金を手に入れることができると、そう思って気が緩んだわけだ。

 そうだ。結局のところ、反撃を食らったというわけ。あるいは“窮鼠猫を嚙む”とでも言うやつだろうな……ぼくはぜんぜん猫じゃないけど。

「銃でなら、剣を相手にしても負けないと思っていたんだけどな」

 そう言いつつ、お腹の傷を抑えながらなんとか身体を起こしたけど、かなり痛みがきつい。すぐには立ち上がれそうにはない。

「どういう意味なの?」

「どうやら不覚だったみたいだ。今回の手合いは、どうやら短剣の投擲は名人だったらしい」

 どうであれ、胸や顔が狙われなかっただけ運が良かったのかもしれない。

 背が少し高いほうの男が声をかけてくる。

「とはいえ勝負は君の勝ちのようだ。あっちに倒れているのが、その相手だったのかい?」

「そうだね。死んでいるかな?」

「君の方がうまく仕留めたようだ」

 それと軽口を叩いていた男が、倒れている賞金首のほうへ向かっていった。

「あなたって、少しばかり野蛮なことをするのね。こんなところで決闘なの?」

「決闘じゃない。相手は小物だけど、賞金がその首にかかっている男だよ」

「ふむ、それじゃ君は賞金稼ぎ(ハンター)といったところなのかい?」

「つまりは、そんなところかもね」

「おーい!」軽口の男が声をあげた。「ケモノ耳の拳銃使い(ガンマン)さんよぉ。射撃の腕は悪くないんだな」

 そう言って、賞金首の遺体を引っぱってきた。

「見ろよ、眉間に一発だぜ。生け捕りだったら高値だったのか?」

 いいや、たいしたことはない。ぼくは首を振った。

「どっちでも大したことないよ」

 それでなんとか立ち上がってはみたものの、傷は痛い。

 怪我のことをはっきりと自覚したとたんに、よけいに痛みが強くなったような気がした。少なくとも走るのは絶対に無理だ。

「あなた、ほんとうに大丈夫? 無理しちゃだめよ」

 手当てをしてくれたという女性は、とっても心配そうな表情をしている。

「ところでなんだけど、痛み止めの魔法とかはないのかな? あるいは薬とかでもいいけどな」

「ごめんなさい。いつもなら薬草を持っているのだけど、ちょうど切らしているところなの」

 となると堪えるしかないみたいだ。まあ、死ぬよりは断然いいに決まっている。

「いや、ならいいんだ。とにかく助かった。ありがとう」

「特に念入りに、彼女には礼を言っときなよ。」軽口の男が横から言ってきた。「カミンスキーが助けようなんて言いだしたんだからな」

「だって、まだ息をしていたのよ! それに見た目ほど、ひどい傷じゃなかったんだし、悪い人には思えなかったし」

 この三人は、ただ単純な旅人グループという感じではなさそうだ。

「ところで君たちは、冒険者のパーティかなにかかい?」

「まあ、そんなところだね。そうだ、自己紹介をしておこう」

「おれはエッジ。エッジ・ショットっていうんだ」

「僕はブリムだ。ブリム・ショット。みてのとおり、エッジとは兄弟だ」

「ブリムのほうが兄さんだぜ。まあ見りゃ分かるか」

「えっと、それで君が」

「わたしはヘレンカミンスキーです」

「彼女が君の傷を手当てしくれたんだ」ブリムが再度、補足するよう言う。

「感謝するよ。ありがとう。おかげでまだまだ長生きできそうかな」

「んで、お前さんの名前はなんてんだ?」

「ぼくはステットソン。ハンク・ステットソン。それと、猫耳の美少女じゃなくて申し訳ないね」

 言ってやった。

 するとエッジ・ショットが、しまった! とでもいうような顔をした。

「げっ! 聞かれてたのかよ」

「ほらな、エッジ。人様の前では、そう易々と軽口をたたくものじゃないと言っただろう」

 でもぼくには、そのくだらないようなやり取りが、どちらかというと微笑ましく思えた。

「ぼくはそんなに気にしないから、構わないよ」

 ぼくとしても、遭遇したこの三人組が悪人じゃなくて良かったと思う。

 それからヘレンカミンスキーという女性は、ぼくの身体的特徴を珍しそうに見ていた。というか観察しているような感じだった。

「ところで、その大きな耳と尻尾は、ほんものなの? 作り物や魔法じゃなくて? 獣人の血筋が入ってるの?」

 まあ、獣人を見かけるのは、特にここら辺では珍しいことじゃないだろうけど、ぼくみたいなのは、たしかに少数派だ。

「まあね。それと呪いの類とも違うよ。もしもなにか言いたいことががあれば、ぼくのご先祖様に言ってほしいな」

「いえ、そんな、べつに他意はないのよ」

「それよりも、君は施療師(ヒーラー)なの?」

「わたしは魔法使いなのよ。でもまあ、駆け出しで、いろいろと広く浅くって感じかしらね」

「ともかく命を助けてもらったことだから、君たちになにか礼をしなくちゃいけないかと思うんだけど」

 三人は顔を見合わせた。それからブリム・ショットが軽く肩をすくめて応えた。

「別に、こちらとしてもたんなる善意みたいなものだからね。お礼と言われても気にしないよ」

「貸しは作っておきたくないんだ。まあ、ぼくの気持の問題なんだけど」

 なんであれ他人に貸しをつくらない、というののがぼくなりの旅の流儀の一つのつもりだった。

「それならば、このパーティーのメンバーに加わってみるのはどうかな? 途中で抜けたければ抜けてもいいし。

「ほんじゃあよ、これからの旅で仕事手伝ってもらえると助かるかもな」


***


 ともかく三人との出会いはこんな感じで、これまでの旅のなかでは、ずいぶんと平和なほうだった。

 そしてほんの少しのつもりだったのが、ずいぶんと長い付き合いになっていた。

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