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スタロヴァヤ ―それは名もなき館―  作者: 菅原やくも


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19/22

 俺はいったん部屋に戻ってレイピアを手にし、それから庭へ向かった。

 クリスティは井戸の近くで大きな桶を置いて洗濯物を洗ってる。

「あらカルバン、剣なんて持ってきて何をする気なの?」

「なんてことないさ。軽く振ってみて使い心地を確かめるだけだ。まあ身体の運動も兼ねてな」

「手の怪我は治っていないのに?」

「まあ、左手でも剣を使うのも悪くないだろうよ」

「それなら、お好きにどうぞ。でも私の近くで振り回さないでよ」

「気をつけるさ」

 それでクリスティが洗濯しているのと反対側の壁際に立ち、左手で鞘から抜いて構える。いくらか振りまわしてみるが、右手は相変わらずだし、なんだか格好がつかん。

「うーむ……」

 何度か構えたり、色々と試してみたが、いまいち調子が良くない。というより、やる気があまり出ない。やっぱり療養に専念すべきか。だがベッドの上でじっとして過ごすってのも、俺には苦手なことに違いない。

 刀身を見つめる。こいつは練習に使うような代物じゃない。ちゃんと刃がついてる。いざという時は実戦に使えそうだ。

 刃を研ぎ直すか。運動はやめにするとしよう。

 それで鞘に戻す。

「あら、もう終わりなの?」

「どうにもな、今日は調子が出らんようだ」

 あらためて庭を眺める。壁に囲まれて少し圧迫感があるような気もするが、それでもさほど狭いようには感じない。

 井戸はこじんまりとしてるが、屋根までついてるしっかりとした造りのものだ。壁近くの隅の方に小さな木があって、畑というには微妙な感じだが何かしら植物が茂ってる箇所もある。

「そういや、食事のスープに混ざってた豆は、そこで育ててるのか?」

「育てているなんて立派なことはしていないわ。自生しているとでも言うのかしらね。それになんていう豆なのかも私にはよくわからないし。でも食べるのに不都合はないみたいだけど」

「なるほど。それじゃ、あの木はどうなんだ?」

「あれは私でも知っているものよ。イチジクの木。そういえば実がなっているかしら? カルバン、さっき食事のときに果物が食べたいって言ってたわね。欲しかったら取ってもいいわよ」

「そうか」

 まあ今は、果物は後回しでもいい。 

「とこでクリスティ、砥石があるか?」

「え? 今度は何をするつもり?」

「こいつの刃を研ぎ直そうって思ってな。料理に使う包丁だって研ぐだろ?」

「まあ、そうね。どこに置いていたかしら……カルバン、自分で探してちょうだい」

「そうだな。そうするよ」

 どうにもこの感じだと、クリスティは洗濯掃除はやってるが、刃物の手入れまではやってないかもしれんな。まあいい、厨房のどこかにあるだろう。でなければ物置の地下室か。

 とりあえず中へ戻って棚や収納を見てみる。

 すると棚の下、木箱に入って置いてあった。蓋には薄っすら埃がついてた。んで、肝心の中身を見てみれば目的のものがあった。レンガよりひと回り大きいくらいの砥石で、だいぶ使い込まれて年季が入ってる代物だ。まあ使うのに不便はない。

 それと水を入れるのに使えそうな小さい桶と、砥石を置くのにちょうどよさげな板切れも隣に置いてある。

 さてと、この際ついでだ。調理用の包丁も軽く研いでやるとするか。雑巾も一枚拝借だ。

 道具をまとめて抱えて外へ出てみると、クリスティが井戸の屋根と木の間に紐を張って洗濯物を干そうとしてるとこだった。

 俺は手早く水を汲んで、クリスティの邪魔にならなん場所に陣取った。

 さてと、とりあえずレイピアを取りだしてみる。幸いなことに、欠けたりしてるようなところはない。大仕事にはならんだろうが、砥石が一種類だけじゃ、それなりの仕上げだけで済ますことになるな。

 いっぽうで包丁も欠けたりしてないな。刃を上向きにして光にかざしてみる。使い込まれてるが、まあさほど悪い状態じゃない。こっちも少し研げば充分だろう。

 砥石を濡らす。

 包丁から済ませるとしようじゃないか。

 砥石に当てる角度は指先の感覚が頼りだ。このくらいか? まあ、これさえ気を付ければなんてことはない。

 程よい力でもって砥石の上を滑らす。刃の曲線に沿って少しずつ動かす。それから左右もひっくり返して均等に研ぐ。

 この手の仕事を専門にする職人なんかと比べたら、俺のやることなんて屁みたいなレベルだろうが、ただこう黙々と作業してると、なんか気分が落ち着くような気がする。

 しばらく没頭し続け、包丁の研ぎは終わりだ。

 俺は包丁に軽く水をかけて雑巾で拭った。まあ、使うに不便はない仕上がりだろう。

 レイピアの方もさっさと研ぐとするか。剣と包丁じゃ、物がえらく違うようにも見えるが、やることの要領は一緒だ。

 作業を続け、ふと顔を上げて横を見るとクリスティが覗き込むようにして立ってた。

「俺のやってることが気になるか?」

「ねえそれより、研ぐのはいいかもしれないけど、右手の包帯が汚れちゃっているわよ」

「しょうがないだろ。じゃあ、後で替えてくれるか?」

「どうかしら?」

 クリスティはいたずらっぽいような、わざとらしい笑みを浮かべた。

「その仕事の出来次第で考えてあげる」

「まあ、いいさ」

 俺は横に置いてる包丁を示した。

「こっちは研ぎ終わってるぞ。使い心地を確かめたらどうだ?」

「ふーん、そうね」

 クリスティが片手に何か抱えるように持ってるのが目についた。

「その持ってるのはなんだ?」

「さっき言っていたイチジクよ。実が何個かできていたから採ったわ。それじゃあ、これで包丁の切れ味がどうなったか確かめることにしようかしら」

「ああ、好きにしてくれ」

 彼女は受け取ると屋敷の中へと戻っていった。

 やれやれ、残りもさっさと終わらせてしまうか。

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