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スタロヴァヤ ―それは名もなき館―  作者: 菅原やくも


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18/22

 壁にもたれかかって座ったまま、この小さな庭をぼんやりとみつめて、ただ時間が過ぎるのを眺めていた。

「ヘレン、これからどうする?」

「どうすればいいのかしらね……」

 会話が続かない。

 陽の光が斜めに壁を照らしていて、だんだんと色味がオレンジっぽくなってくる。日が暮れてきている。

 疲れた。へとへとだ。ヘレンもたぶん、ぼくと同じくらい疲れている。

 ほんとうなら、なにもかも半日ほどで終わっているはずだったのに。なのに、まだ屋敷のなかにいて、これからどうすればいいのか途方に暮れているなんて……なんで? 信じられない。

 ともかく、いつまでもこうしてはいられないや。

 ぼくは、ゆっくりと立ちあがった。

「ヘレン、とりあえず屋敷のなかへもどろうよ」

「そうね……」ヘレンもゆっくりと立ちあがる。「日が暮れるまえに、もう少し調べてみるのがいいかもしれないわ」

 それで厨房を通りぬけて玄関ホールへ、そこでヘレンは、廊下のほうへ向かった。

「どうしたの?」

「これ、きちんと片付けておきましょうよ」

 ヘレンが示す先には、あの女主人レッターが倒れて消えたあとに残った衣服があった。

 ああ、すっかり忘れてた。そのままだった。

 ヘレンはその場に膝をついて、服をきちんとたたむようにしてまとめた。

「敵だったとしても、魔物じゃなくて人間だったのだから。このくらいの誠意はみせるべきよ」

「うん、そうだね」

 気のせいかな? 床の血の染みが少し薄なっているような気がする。今はそんなことを気にかけてもしょうがない。

 小さくたたんだ服を手にして、ヘレンは立ち上がった。

「でもこれ、どこに置いておけばいいかしら?」

「とりあえず、広間のテーブルに置いておいて、あとで片付けようよ」

「そうね、そうしておきましょ」

 それで広間のテーブルにそっと置いてから玄関ホールに戻った。

「ハンク、これからどうするの? まだちゃんと調べられていない場所、ほかにどこがあると思う?」

「そうだね……」

 窓は、どこも出られないことは確かめた。それに部屋も、あの女主人レッターに案内されてかんたんにだけど見た。それと地下室も。

「あ、そうだ。書斎」

「書斎?」

「書斎の本棚。並んでいる本のなかに、もしかすると屋敷のことがなにか書いてあるかも」

「それなら、さっそく調べてみましょう」

 となれば決まりだ。階段を上がって書斎へ向かう。


***

 

 あらためて部屋をみると、壁の一面にある棚には本がたくさん並んでいる。ぜんぶ調べてみるのは時間がかかりそう。それで、窓の近くには、引き出しのついている重厚な感じの机と椅子がある。机の上にも本が一冊、置いてある。

 ぼくはそれを手にとってみようとした。

「ハンク、ちょっと待って!」

「え? どうしたの?」

「なにか罠があるかもしれないわ。軽はずみに触ろうとしちゃだめよ」

「そうかな」

 それからヘレンは、なにかつぶやいてから杖で軽く触れた。

「よかった。なんともなさそうね」

「触っても大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ」

 それで手にとってページをめくってみた。

 ヘレンといっしょに中身をみてみる。

「これって、日記かしら?」

「うん、そんな感じだね」

 これはあの女主人が書いていたものなのか、それとも別の人が書いたものなのか、それはよくわからない。達筆な文字のせいで読みにくい。まるで持ち主以外には読んでほしくないとでも思っているみたいな感じ。

 でもいくつか、読みとれるところで気になる文章がいくつもあった。


“討伐の依頼を受けることになった”

“森の中にある怪しい屋敷”

“目標は始末できた。ただし仲間を一人失うことになった。それと屋敷から出られない”

“私の魔法でも壁や窓を破ることが出来ず、完全に閉じ込められている”

“恐ろしい。ここでは、まともな食料が人の肉しかない”

“ここでの生活を余儀なくされることは想像もしていなかった”


 これはどういうことなんだろう。なにを意味するんだろうか?

「これ、ヘレンはどう思う?」

「なんだか、わたしたちと似ているような感じがするけど……」

 それから裏表紙に、“レッター”と小さな署名があるのをみつけた。

 やっぱり、あの女主人の持ち物だったんだ。

 なんてことなんだ。ぼくは気づいてしまった。あの三人は“前任者”と化したのだ。そして今、ぼくとヘレンがこの屋敷の……そんなこと、考えたくもない。

 それにここを訪れる人は、住人の食料になることもあれば、場合によっては次の主人となる可能性もあるということなのかな? そうだ。ぼくたちみたいに主人(あるじ)たちを打倒してしまったから!

 今、ぼくとヘレンは、この屋敷の“当事者”になってしまったのだろうか?

 もしもそうなのならば、ぼくたちはこの屋敷に囚われてしまった! 

「ヘレン、」

「どうしたの?」

「あの女主人たちも、じつはぼくたちみたいに、ただ仕事を受けて屋敷にやってきて、そのときの相手が人間か魔物か、あるいは獣人か魔族かとかまではわかんないけど、それで戦って倒して、それで屋敷に閉じ込められて、新しい住人にされてしまった……ヘレン、ぼくのこの考え、どう思う?」

「そうね。ありえない話じゃないかもしれないわ」

 それからヘレンは、少し考えてから続けた。

「でも、それなら、どうしてあの人たち、わたしたちと話し合おうとしなかったのかしら? あんな戦いをしなくてもよかったはずよね」

「わからない。だけど、仮にあのときに、そんな話を聞かされて、ぼくたちは素直に信じることができたのかな?」

 ヘレンの表情がくもった。

「そう……よね。きっと信じることなんて、むずかしかったかもしれないわね……」

 手にしたままだった日記帳を閉じて、机の上に戻した。

 窓の外からオレンジ色の光がさして本棚のほうを照らしてる。もうじきに夜だ。

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